第22話(最終話) 科学的考察の及ばぬ秘密ノ誘惑

「ふむ――、君が見たのは毘藍婆びらんばと言った所だな」

 得心したように頷かれた。そう――、きっとそうなのだ。

 私が見たのは、世界の終わり、その時に吹き抜ける大暴風――毘藍婆びらんばなのだろう。


 京都伏見――、16D第十六師団の師団司令部に私はいた。

 明治年間に出来た煉瓦造りの司令部。京都を衛戍地えいじゅちとする16Dは、先年の南京攻略戦、徐州会戦、武漢作戦と激戦に参加してきた精鋭である。

 それでも、本部である師団司令部は今日も静かなもので、私はここの師団長閣下に面会していた。


 陸軍中将、石原莞爾いしわらかんじ――。


 現在、石原閣下は中央から左遷の体にあり、つい二、三ヶ月前に師団長に任じられた。

 落ち込んでいるかと思っていたが、私の報告を聞き、意気軒昂とした様子だ。


「それで、鈴木はこれから――?」

「はっ、新井氏を軟禁し、情報の独占と政治工作、近衛氏を総理に推薦する動きを加速させるようです」

「ふん――、やはりキツネよな。奴は、いつも体の良い所に居たがる風見鶏だ」

 石原が感情的に侮蔑した。

「いくら情報を独占しても、先行きが見えないようでは、これはただの駄文なのだ。んだろう?」

「ええ」


 ――嘘をついた。

 甲斐にも、鈴木閣下にも、嘘をついた。

 

 これは、私達が観たい鏡像ではない。

 この世を変えようとする、だ。


 甲斐は、神意が胸に写った時もを観なかった。

 声も、言葉も、聞かなかった。

 きっと新井君も観ていないだろう。


 だが、私は観た――、聞いた――。

 


「世界統一――。この欧州戦争のみではない。何れ来たる人類最大の課題解決は、畢竟あらゆる知力、科学力、精神力を総動員した大闘争に寄るしか途はないのだ。それこそが、世界最終戦争――」

 石原の独特の思想――。

 いや、『戦争を終わらせる戦争第一次欧州戦争』のように、恒久平和の実現に、最期の大戦争を設定する思想は、そう珍しくはない。石原の特徴は、今次戦争はいわば準決勝であり、最終決戦は日米による大殲滅戦としている所だろう。

 そこに宗教的装いが、強烈な印象となって彼の口から紡ぎ出される。

 感化される将軍、有志は多い――。


「何れ一発で都市を破壊する――、記事ではニュークと言ったな。君が見たのは、この世の見通しビジョンであり、人智を超えた文字通りの『神意』なのだろう」


 瞼に焼き付いて、耳に焦げ付いて離れない。

 身を焦がす塗炭の苦しみはあれど、光景を観て、音を声を聞いたのだ。

 世を覆う破滅の風。

 末法の世に相応しい叫喚の大地。

 天より下りし、神々しい光のさざめき。

 それは、地獄かユートピアか。


斯様かように姿形を伴って現出せらるるは、近代科学では説明の付かぬ、まさしく霊妙の力よ。だが、声は名乗っておらん」

 ――そう、それが全ての元凶。

 正体不明だからこそ、皆、懊悩し、振り回される。


「でも、私には分かります」

「ほぅ――、それは」

「これは、きっとでしょう」


 勝つのは我らぞ――。

 声は確かにそう言っていた。映し出す鏡像は、全てこの国に警鐘を鳴らし、あわよくば有利に働かせている。

 しているのだ。

 だが、この国の、国民の生存へ向けて――、という具合ではない。

 一時は英米と和平を結ぶ方向かも知れないが、私が見た見通しビジョンは、ニュークが空から降り注ぐような、まさしく全世界を焼き尽くすような破滅的光景である。

 きっと何れの時にか、この国を破滅という名の大暴風に晒し、その後に歓呼で迎えられる永久平和を実現しようとしているのだ。


「世界統一に失敗した、未来の怨恨――。俄に得心は出来ぬな」

 石原閣下としてはそうだろう。

 彼の宗教的に信ずるところと、私が見たところ、聞いたところ、感じたところは、必ずしも一致するものではない。


「今の宗教否定の風潮はあまりに強く、予言は世迷い言、無知蒙昧で非科学的なものと断ずる声が多い。だが、人間の脳細胞など質も量も限られており、あまねく宇宙を科学的に検討するなど限界があるに決まっている。宇宙森羅万象を理解出来るのはほんの一部に過ぎぬ。だから――」


 しかし、一致する所もある――。


「――宇宙には霊妙の力があるのだ。人間も宇宙霊妙の一部。つまり、この霊妙な力を使い、を解明しうるは、人類の特権よ」


 そうだ、――私は、神意を解明し、声に応えるのだ。

 嗚呼――、むべなるかな、世界最終戦争!


 紛うことなき、霊妙の由。

 きっと未来に絶望した神様か、お釈迦様が、今を変えろと告げているのだ。

 『未来』が『過去』である『今』を変えようとする――、言わば『逆因果律』のごうによりて。

 御業みわざの先鋒を務める――。


 この戦争はこのままでは負ける。だが、それは世界の統一も、永遠平和ももたらさぬ。

 真の理想郷が顕現するには、が必要だ。

 見通しビジョンと記事の行き先を、鈴木閣下だけでなく、石原閣下にもご助力を願おう。


 人智を超えた領域に、私は全てを委ねる――。

 宇宙霊妙の力は、私を、いや世界を何処いずこいざなうか。



 



 その先を――、私は観たい――。



 了

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科学的考察の及ばぬ秘密ノ誘惑 月見里清流 @yamanashiseiryu

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