飛び出し坊や

めへ

飛び出し坊や

クラスメイトの友人に、松井という奴がいる。別にこれといって変わった所は無いのだが…いや無かったのだが、ある日を境にかなり変わった奴として、俺の中では認識された。


俺たちがいつも通る通学路、商店街を抜けた角には、飛び出し坊やが設置されている。

飛び出し坊や、それは交通事故防止のために作られた看板であり、黒い髪に赤いシャツ、黄色のズボン、黒い靴の男の子の絵である。


松井はいつの頃からか、そこを通る度に飛び出し坊やに笑顔で手を振りながら「じゃあね」とか「おはよう」とか声をかけるようになったのだ。


因みに、他の場所に居る飛び出し坊やには、そんな事はしない。あの商店街を抜けた先の角にいる飛び出し坊やだけに、である。


松井が言うには、あのいつも自分が親しげに声をかける飛び出し坊やは、他の奴とは全然違って見えるのだとか。俺にはどれも同じにしか見えないのだけど…


ある休日、たまたまその飛び出し坊やのいる場所を通りかかった時の事、松井が飛び出し坊やの側にしゃがんで、楽しそうに飛び出し坊やに喋りかけているのを目撃した。

この時は、さすがに病院へ行く事をすすめようかと迷った。


そうこうしているうちに、松井は行方不明になった。今のところ手がかりは何も無いらしいが、松井の両親が捜索している様子は無い。

そういえば、松井は自分の親や家の事をあまり話したがらない奴だった。そして俺も他の友達も、松井の家に行った事が無い。色々と複雑な家庭環境だったのかもしれない、と思った。


そしてもう一つ不思議な事があった。松井が話しかけていた飛び出し坊やが消えたのだ。盗まれたのか、撤去されたのか俺には分からなかったが、そこに新しい飛び出し坊やが設置される事は無かった。


――家出したのだろうか?元気にしてるかな?などと、松井に関して思っていたある日の帰り道、その日は部活で遅くなり、辺りはすっかり暗くなっていた。


一人で歩いていると、前方から楽しそうに談笑する声が聞こえてきた。数メートル先に、2人分の影が見える。声から察するに、2人とも俺と歳の違わない男だ。そしてそのうちの1人の声は、聴き覚えのある声だった。


俺は歩を進め、2人との距離を縮めてその姿をよく見ようとした。

街灯に照らされた2人の少年、その内の1人は間違いなく松井である。2人共、赤いシャツに黄色のズボンで、親しげに談笑していた。


「松井!」


声を出した瞬間、松井たちとの間にある道路を一台の車が走り、その声はかき消された。

そして車が通り過ぎた後、そこにはもう2人はいなかったのだ。


「…まあ、元気にしてるなら良かった。」


俺はそう一人で呟くと、再び自宅に向かって歩き始めた。


その後、松井が好きな飛び出し坊やのいた場所には、間もなく新たな飛び出し坊やが設置された。

俺には相変わらず、どの飛び出し坊やも同じにしか見えない。

しかし、あれから飛び出し坊やを見る度、注視するようにはなった。もしかしたら、松井に似た奴がいるかもしれない、そんな事を思って。

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