第4話 誰とお話ししていたのですか?





 『アルス』という国は独特で、興国王が目指した後世に渡り国民が幸せになるための施策という政の中に、『信じる神は制限せず』というモノがある。


 アルスでは国が興る前まで色々な神を信仰する者たちが集まった土地でもあった。その為に時折信仰する神を巡る対立が起こったわけだが、そこに国を興した興国王が宣下する。


『如何なるものにも神が宿りて、日々感謝し生きる事こそが我ら国に生きるモノの命である。各々が信じる神は帰る事は無いし変わる必要もない。信じる神を強制・矯正することは国の法に依って禁ずるものとする』


 堅い言葉で仰られているが、簡単に説明すると、色々な神様がいてもいいよね? 何を信じるかは人それぞれだよね? だからそれを否定しないよ。そしてそれを強制的に変えろなんて言わないから安心してね!!


 という事なのであるが、確かにアルスという国では、今もなおその教えというか教義が生きていて、国民の大半はなにを神と崇めても罰せられることはまずない。


 そしてこれもまたこの国独特なのだが、『何も信じていない』という、所謂無宗教派の人達も多くいる。

 それでも国で暮らしている人達では争いが起こる事は無い。宗教論争は確かに有るのだけど、それはその教義を信じている偉い人達だけが関与しているモノに限られる。

 平民・庶民として暮らしている国民にとって、どれがいいかなんて優劣つける必要もないし、付けたとしても生活が変わるわけではないので、ほぼほぼ無関心なのである。


――こんな話をしたいわけじゃないんだけどな。

 目の前で起こってることを見ていると、そんな感想しか生まれてこない。



 


 俺はダニエラちゃんに誘導されて、知らずのうちにお屋敷前に着き、久しぶりに同期に会ったのだけど、そのお屋敷には既に『先客』が多数訪れていた。


「ケント……ちょっと面倒なときに来ましたわね……」

「と、いいますと?」

 俺は屋敷の中へリラに先導されながら入っていくと、大勢の使用人さんや働くメイドさん達が立ち止まり頭を下げる光景を見ながら、やっぱりお嬢様なんだなと感心する。


「……まずはその言葉遣いを何とかしてくれないかしら?」

「え?」

 先導していたリラが立ち止まって振り向きつつ、むすっとした表情をしながらそんな言葉をかけてくる。


「なんというか……同期なのですから、と同じように接していいのよ」

「あ、いやでも……ここは侯爵家のお屋敷の中だし……」

「……いいんですぅ!! 私が良いって言っているんですから!!」

「……変わらないね、リラ……」

 リラが言うあの時とは、たぶん机を並べて共に勉強に明け暮れていた、国立学校時代の事を言っているんだろうという事が理解できた。

 その時から上級貴族家のご息女という立場であるにもかかわらず、平民で庶民である俺に対してはいつも対等な立場で側にいてくれたのだ。


「……私は変わってないわよ? それはあなたもでしょ?」

「クスッ。まぁね……」

 お互いに顔を見合わせながら笑いあう。


――少し前まで一緒にいる時間が多かったというのに、こうして離れた期間が有ってから会うと、なんというか立場の違いがあって当たり前なのに、リラはそんな事を気にした素振りもない。気にしているのは俺だけなのかもしれないな……。


『ねぇ? お姉さまもお兄ちゃんも先に行かないの?』

「あ!?」

「ん?」

 向かい合いつつ笑いあう二人の周りには、いつの間にかもう一人の少女の姿が有って、俺達を見ながら不思議そうな顔をして伺っている。


「先に行かないのかって……」

「もしかしてダニエラかしら?」

「……うん」

「……そっか……」

 リラがちょっとだけ寂しそうな表情をしたけど、その姿を見せないようにするためか、すぐに廊下の先へと向きを変える。


「……そうね。では行きましょう」

「行くのは良いけど……どこへ向かってるのかな?」

「先ほども言ったのだけど、今少しメンド――ううん!! 大切なお客様がいらしているので、ケントにはちょっとの間応接室で待っててもらう事になるわ」

「大切な人達が来ているなら、俺はまた出直してもいいけど……」

「……いいのよ。どうせあの人たちには何もできないのですから……」

 先に歩き出したリラは俺に聞こえない小さな声で何かを呟いた。



 そのままリラについて廊下を歩き、しばらくすると大きな扉の前へと着いた。その中でしばらく休んでいて欲しいと言われたので、リラに促されるまま扉の先へと入っていく。


「うわぁ……」

 侯爵家の応接室には何度か入った事が有るけど、俺が入っていた事のある部屋は今リラに促されてはいっていた部屋よりもかなり質素な感じの部屋で、広さも今の部屋よりも半分ほどだったはず。

「どう? ここが本応接室よ」

「本応接室って?」

「簡単に言うと、お父様のお客様をお通ししてお相手する部屋ね」

「は? お父様って……」

――それは侯爵家ご当主様って事では?

 俺はリラの方を見ながら背中に冷たい物が流れるのを感じた。


「ちょっと待っててね!!」

「あ、ちょっ!! リラ!!」

 ニコッと俺に微笑むと、リラは部屋から廊下へと出てどこかへ行ってしまった。


『お兄ちゃん座ろ?』

「え? あ、うん……そうだね……」

 呆然と立ち尽くす俺にダニエラちゃんが声を掛けて来て、促されるまま部屋に設えてある大きなソファーへと移動し、下座の端っこへと小さく座った。


「お茶ございます」

「え?」

 座ると同時に俺の前へとお茶が静かに置かれ、そのままスッと離れていく人影を見る。


「あ、ありがとうございます」

「いえ。しばらくお待ちいただくよう、旦那様から言伝を頂きましたので、ケント様にお伝えに参りました。

「は、はい分かりました」

「何かございましたら、テーブルにございますベルをお鳴らしいただけますと、我々が対応させていただきます」

 そこまで流れがとてもスムーズで、扉の前で一礼するとお茶を置いてくれた人――若いメイドさんだった――が扉から廊下へと出て行った。


「ふぅ~……」

『どうしたの?』

「緊張してるんだよ……」

『気にしなくてもいいのに』

「そういうわけにはいかないんだよ」

 ふ~んと興味なさそうな返事を返すダニエラちゃん。そのまま俺の隣に座って足をぶらぶらとし始める。


『ね? 誰か来るまでお話ししててもいい?』

「いいよ。俺もその方が気が落ち着くしね」

『やったぁ!!』

 両手を上げて喜ぶダニエラちゃん。その姿にほっこりしながら、誰かが部屋に入って来るまで俺達二人は楽しく会話をして時間を過ごした。








コンコンコン


「はい!!」

「失礼いたします」

 暫くダニエラちゃんと楽しく話をしていると、扉をノックする音がして、返事を返すと男女二人が入ってきた。

 入ってきた瞬間に、二人が不思議そうなものを見るような顔をしながら俺の事を見ていた。


「お久しぶりでございますケント様」

「あ、お、お久しぶりですアーサー様」

「ほほほ。私の事はアーサーとお呼びくださってよろしいのですよ?」

「いえいえ!! 侯爵家筆頭執事の御方にそのような……」

 両手をばたつかせて俺に向かって笑いかける老紳士へ返事を返す。

 アーサーさんはこの侯爵家を取りまとめる執事たちの筆頭で、元々は王国騎士団にも所属していたという程の実力の持主であり、かつ現侯爵家ご当主様とは幼馴染。

 アーサーさん自体が伯爵家の出身であるが、上位貴族家出身という事をおくびにも出さず、この屋敷にリラと共に訪れる俺の事をしっかりと『お客様』として対応してくれえている。


「お久しぶりでございますケント様。リラお嬢様よりケント様のお世話を仰せつかりご挨拶に伺いました」

「よ、よろしくお願いしましゅ……」

 アーサーさんの後に挨拶してくれたのもまた顔見知りの一人で、リラ付きのメイドさんの一人エミリーさん。

 エミリーさんは小さい頃からリラ付きメイドとして一緒に過ごしている事もあって、リラの事を凄く理解しているし、庶民の俺にも親切に対応してくれるので、俺もエミリーさんには好感を持っていた。

 今も挨拶で噛んでしまった俺を見てもニコッと笑顔を見せるだけにとどまってくれている。



「大変申し訳ないのですが、もうしばらくここでお待ちいただくことになりますが、お時間の方は宜しいですか?」

「あ~……えぇっとですね、今日の宿を取りに行かないといけないのですが……」

「その事ならば心配いりません。デュラン様よりケント様がお越しになられた際には屋敷にお泊り頂くようにと仰せ使っておりますし、そのようにご用意もしておりますので」

「え? でもいつ来るかなんて言ってませんでしたよ?」

 既に用意されている事に安堵するとともに驚いた。


「アノの町からお戻りになられたデュラン様が、いつおいでになっても良いようにとご用意されておられました」

「そ、そんなに前から……」

 アーサーさんの話を聞いて、なんだか申し訳なくなってくる。

 あの時は『行く』とはいったけど、いつ行くとは明言していない。だからそんなに早くから容姿していただいているなんて想像していなかった。


――いや。それだけ早く解決してくれるって俺の事を買ってくれてるんだろうな……。

 隣で今も足をぶらぶらとさせながら微笑んでいる少女を見ながら、俺は改めてしっかりと頼まれた相談をこなそうと決めた。






 少しアーサーさんとエミリーさんと共に話をしていると、執事の一人であろう若い男性が部屋へと訪れ、アーサーさんを伴って部屋から出て行くと、そこからはエミリーさんが会話を継いでくれた。


 元々知っている間柄という事もあるけど、エミリーさんもリラと同様に俺に対しては『敬語』を使用することなく会話して欲しいと言われているので、そこまで気張る事もなく他愛のない世間話ではあるけど、会話をする事は安易にできる。


――でもこのエミリーさんも確か子爵家の御令嬢だったような……。

 侯爵家で働いているのだから、そこに集る方々もそれ相応の身分の方であるのは間違いない。

 しかもしっかりと教育されているのか、それともリラの影響なのか、このエミリーさんは意外と庶民的な思考が出来る人なのだ。

 思考もそうだけど、好みもまた貴族出身らしからぬ、ごてごてした煌びやかなものを好まず、質素であっても実用的な物を好む。



「……ところでケント様」

「はいなんでしょう?」

 最近この町に来る前はなにをしていたのか、学校を卒業してからの俺の生活の様子など一通り話していると、俺の事をジッと見つめて決心がついたかのような表情を見せる。


「先ほどは……どなたとお話しなされていたのですか?」

「え?」

「いえその……ここに来るまでにアーサー様とご一緒していたのですが、楽しそうなケント様のお声が聞こえていたものでして……」

「あぁ……」

 俺とダニエラちゃんが話をしていたのが、部屋の外まで漏れていたのだと、ちょっと盛り上がり過ぎたかと恥ずかしくなる。


「その……廊下に控えていたメイドにも聞いたのですけど、この部屋にはケント様しかご案内しなかったと言っていたので、どなたかが知らない間に入ったのではないかとちょっと問題になっておりまして……」

「え? そんな話になっていたのですか!? それは申し訳ないです!! メイドさんは何も悪くないのでエミリーさんの方から報告してもらえないでしょうか?」

「えぇ……それについては問題ありません。既にアーサー様からご報告がなされていると思いますし……」

「なるほど……それはありがたいですね」

 アーサーさんが部屋から出て行くときに、エミリーさんと一瞬だけ目配せしたのは気が付いていた。


「それで……どなたかがいらっしゃったのでしょうか? それとも誰かが今もご一緒に負えられるのですか?」

 エミリーさんは真剣な表情をして俺を見つめる。


――確かに心配にはなるよな。警備の関係もあるし……。もしも仮に不法侵入者ともなればそれこそ問題だ。最悪俺も共謀者という事になってしまう。


「えぇ~っと……」

「…………」

 俺の答えを待つエミリーさんは無言のままだ。


「エミリーさんは……俺の事をどこまで聞いていますか?」

「は? どこまで……とは?」

「リラ嬢……リラからどこまでの事を聞いていますか?」

 確かに俺達三人は仲が良い。仲が良いとはいえそれは俺とリラとの関係性があっての事で、エミリーさんが俺とこうして個人的に話をするというようなことはなかなかない。

 だからどこまでリラが俺の事を話しているかによって、これから俺が話す事を決める必要がある。


『‥‥……』

 俺の質問に黙るエミリーさんを側まで寄って行って見つめるダニエラちゃん。



「どこまで……という質問の意味的にですが、リラお嬢様の国立学校時代から同期であらせられ、気が合う友達? として今もなお仲良くしている……というお話は幾度となくされておられましたけど……」

「そうですか……では、それ以上はこの場では――」


「話してもいいでしょう。そうでなければこれから先の事をお願いしづらくなりますからね」

「え?」

「は?」

 俺がエミリーさんへ返答しようとしたところで、いつの間にか部屋へと入って来ていたデュランさんが笑顔をみせつつ会話へと混ざってきた。

 その姿を見ただけで俺とエミリーさんは慌てる。立ち上がろうとしたところでデュランさんに制止され、そのままソファーへと腰を下ろすと、デュランさんと共に一緒に来られたのであろうご婦人とリラも俺の方へと近づいてきて、ご夫妻は俺の正面に、リラは何故か俺の隣に腰を下ろした。


「お待たせして申し訳ない……」

「あ、頭をお上げください!!」

 俺に対して頭を下げるご夫妻を慌てて止める。


「そうか……。では本題に入ろう」

 スッと手を上げるデュランさん。すると俺の他のさんにはお茶がスッとテーブルに用意され、俺には新たに入れられたお茶が置かれた。そのままメイドの方数人が一礼して部屋から出て行くと、そこに残された人達を見回してデュランさんが口を開く。


「ケント君と呼んでもいいかな?」

「も、もちろんです」

「ありがとう。話しはリラから聞いている。既にケント君は知っているとは思うけど、今回君を読んで相談したいのは……」

「ダニエラ嬢のこと……ですよね?」


 俺が間もおかずにその名を出したことに、その場に止まる様に言われたエミリーさんが驚愕の表情をする。



「ダニエラ嬢……ダニエラちゃんが俺をここに連れて来てくれましたからなんとなく……」

「そうか……ダニエラが……」



 俺はダニエラちゃんがデュランさんへ甘えて側に座っている様子を、微笑ましいと思いつつ見ながら、デュランさんへと答えた。




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学校の先生というお仕事にゴースト対応は含まれますか?  ~ 先生は今日も見えざる者の声を聞く ~ 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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