十五夜さん

鷹見津さくら

十五夜さんの話

 僕の地元には、十五夜さんと呼ばれている行事があります。十五夜の夜、子供たちだけで、竹ザルに「十五夜さん」と書かれた紙が貼り付けられている家を回り、お菓子をもらうというだけの行事でした。今はもう子供が減ってしまって、やっていないそうです。

 ハロウィンみたいですね。最も僕の小さい頃は、ハロウィンはまだ日本に浸透していなかったのですが。

 大きくなってから調べたところ、他所の地域では「お月見どろぼう」と呼ばれたりしているみたいです。十五夜さん、と呼んでいたのは本当に一部の地区だけなのかもしれません。

 今回、カクヨムの公式自主企画「ご当地怪談」について考えてみた時に十五夜さんがどうして「十五夜さん」と呼ばれているのかを思い出しました。大して怖い話でもないのですが、夏の涼に貢献出来たらと考え筆を取った次第です。十五夜の話なので、少し季節が違いますけれど、お楽しみいただければ幸いです。



 その年の秋は、今と違ってとても涼しかったと記憶しています。学校が終わり、急いで家へと帰りました。十五夜さんの日は、何処の教室も担任の先生に宿題を無しにしてもらえたので、ランドセルを放って公民館へと走ります。宿題が無い上にお菓子まで沢山食べられる日なので、十五夜さんを楽しみにしている子供たちは多くいました。


 公民館に着くとみんな揃っています。事前に振り分けられている班ごとに分かれ、地図を渡されました。その年の僕は小学六年生、班の中で一番年上でしたので班長になりました。他の班と違って中学生がいない事が少し不安でしたが、地図を握りしめ、同じ班の子たちと一緒に公民館を出ます。今、考えてみると子供たちだけで夕方に歩くなんて危ないですね。最近では、十五夜さんをしていないのは寂しいですが、安全面では良いのかもしれません。


 僕は公民館から少し離れた地区の担当だったので、効率よく回らないといけないなと考えていました。十五夜さんでテンションの上がっている子供たちに危ないことをさせずに歩かせるのは一苦労なのです。もっとも、僕も小さい頃は、はしゃいで班長に迷惑をかけてしまったので偉そうなことは言えません。


「あっちに行こうよ」


 確か、公民館から一番遠い家から回ろうと考えた記憶があります。そうすれば、徐々に公民館に近付くにつれてお菓子が増えて行くことになるので、効率が良いのです。

 僕たちはぞろぞろと列になって歩きました。鹿児島の秋は関東などの秋に比べて、暗くなるのが遅いです。それでも、手のひらの皺も確認するのが難しいぐらい暗くなっていました。僕たちは当時流行っていたお笑い芸人の物真似をしながら、道を歩いていきます。喋っていると時間はあっという間に過ぎ、一番遠い家へと辿り着きました。

 竹のザルに十五夜さんと書かれた紙が貼ってあるのを確認して、僕はチャイムを押しました。中からはお婆ちゃんが出てきます。にっこり笑ったお婆ちゃんは、十五夜さんを用意してるよと言い、僕たちにおはぎを渡してくれました。スナック菓子ではないことが少し残念でしたが、おはぎも嬉しいので僕たちは元気よくお礼を言って去りました。


 そんな感じで何軒も回っていると、途中で班の子たちが、あっと叫びます。どうかしたのかと問うと、脇道に逸れたところの家に寄っていないと主張するのです。子供たちが、あっちの方と指差す先には確かに大きめの家が建っていました。煌々と灯りがついており、人がいそうな気配です。

 そこで僕は首を傾げました。あそこって、誰も住んでない家じゃなかったかな。

 疑問に思いながらも、班の子たちに手を引かれて僕はその家の近くまで行きました。この辺りでは珍しい、洋風の家です。ものすごく大きいお屋敷、という訳ではないのですが、三階建てでお金を持ってそうな雰囲気でした。雑草の生えていない庭には、花が咲いています。確かにこの家に寄ってないと子供たちが主張して行きたがるのも無理はありません。こういう家は、十五夜さんの時、たくさんのスナック菓子を用意してくれることが多いのです。


「十五夜さん、やってる!」


 班の子たちの声に、僕は玄関を確認しました。確かに綺麗に手入れのされた玄関先に竹ザルがありました。

 けれども、そこには「十五夜さん」とは書かれていないのです。「十五夜」と書かれていました。これは……どちらだろうと僕は悩みました。しかし、子供たちは僕の悩みなんか気にせずチャイムを押して欲しそうにしています。

 ええい、ままよと思いながら僕はチャイムを押しました。最近、引っ越してきた人が「十五夜さん」を知って見様見真似で挑戦したのかもしれません。もし、違ったとしても謝れば済む話です。


 ガチャリと玄関が開き、中からは女性が出てきました。知らない、人です。もしかすると違う公民館に所属しているお家なのかもしれません。僕は慌てて、口を開こうとして。


「〇×公民館の子たち? 十五夜で来たのね」


 女性から問いかけられてしまったので、何も言わずに頷いてしまいました。女性はにっこりと微笑んで、すっとお菓子を差し出してきました。それはスナック菓子の詰め合わせセットです。班の子たちが嬉しそうに礼を言います。僕も礼を言って、道路に戻りました。

 やっぱり最近、引っ越してきたばかりの人なのでしょう。この辺りの人間は、みんな十五夜ではなく「十五夜さん」と呼びます。


 僕たちはそのまま順調に家を回り、公民館へと戻ってきました。スナック菓子の詰め合わせセットはとても大きく、それを持って帰ってきた僕らはヒーローのような扱いを受けました。それぞれで持ってきたお菓子を集めて、それを全員分、分けていきます。

 僕はお菓子を袋に詰めているお母さんたちの手伝いをしていました。


「あっちの△△さんの家の近くの畑の奥にある、洋風の家に人が引っ越してきてたんだね。十五夜さんの用意をしてくれてた」


 僕の言葉にお母さんが首を傾げます。他の人たちもあそこに人なんて引っ越してきたかなと話していました。しばらく大人同士で話し合ってから、僕は質問を幾つかされました。質問の内容はあんまり覚えていませんが、ちょっとしたことだったと思います。女性の様子だったり、会話の内容だったり。多分、そんなことです。

 僕への質問が一通り終わった後、大人たちはにこにこと笑っていました。


「それは十五夜さんだね」


 僕がきょとんとした顔をしたのでしょう。大人たちが十五夜さんについて教えてくれました。


「十五夜さんがどうして十五夜さんって呼ばれているんだと思う?」

「分かんない」

「十五夜に十五夜さんがね、こっそり人に混じってお菓子を配ってるんだ。だから、この行事のことを十五夜さんって呼んでいるんだよ」


 なんとなく十五夜さんと呼んでいた行事にそんな理由があるなんて僕は知りませんでした。


「十五夜さんって誰なの?」

「みんなを見守ってくれる、神様だよ。十五夜にお菓子を配るのをそれはそれは楽しみにしているんだ」


 あの人、神様だったんだ。僕は少し疑いつつもそう思いました。だって、神様がスナック菓子を買って用意しているだなんて少し面白いじゃないですか。


「神様から貰ったお菓子、食べてもいいの?」


 仏壇にお供えをしたお菓子を食べようとしたら、止められたことを思い出しながら僕はそう尋ねました。

 大人たちは笑いながら、良いんだよと言います。


「お菓子を配るのが大好きなんだ。むしろ、食べてもらえなかったり、配ることが出来なかったら怒ってしまうんだよ」

「怒るの?」


 僕は少し怖くなりました。あの時、班の子たちが気が付いてくれなかったら、どうなっていたのでしょうか。


「ああ。怒る。怒って、家の近くに来た子供を食べようとするかもしれないね」


 大人たちは、そう言って笑います。笑い事じゃないよ、と僕は怒った記憶があります。大人たちはそれを見て、さらに笑いました。


 恐ろしく思った僕は振り分けられたお菓子を素直に食べました。スナック菓子は普通の味でした。神様から貰ったとは思えない、本当に普通の味でした。

 けれども、十五夜の次の日、女性の家に行くと誰もいなかったのです。それどころか、ぼうぼうと草が生い茂っていました。昨日は、綺麗に手入れされていたのに。だから、僕は考えを改めて、本当にあの人は十五夜さん、神様だったのだと信じることにしました。

 その後はずっと、神様に会うのは緊張するので十五夜さんの家には行かないようにしました。代わりに僕が十五夜さんに参加しなくなる中学三年生の年までずっと、十五夜の日には大きなスナック菓子の詰め合わせセットがありました。それを見て、今年も十五夜さんがお菓子を配っているんだなあと思いました。


 僕の知っているご当地怪談はこれだけです。特に恐ろしくもなく、少しだけ不思議だなあと時折思い出すだけの話です。

 もしかすると、大人に揶揄われただけなのもかもしれませんし、僕が家を勘違いしていたのかもしれません。

 けれども、少しは楽しんでもらえていたら、嬉しいです。


 十五夜さんは今もお菓子を用意して待っているのでしょうか? 十五夜に「十五夜さん」をやらなくなって久しいと聞いています。彼女が寂しがっていないといいのですが。

 今度、十五夜に帰省して、十五夜さんの家の様子を窺ってみたいと思います。

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十五夜さん 鷹見津さくら @takami84

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