1―24 関係ないでしょう

 ようやく一通りのヒアリングを終えた頃には、夜11時を回っていた。

 探偵 芳川よしかわは、最後に1つだけ尋ねる。

「つかぬことを伺いますが、マスコミのことで、悩みなどはありますか?」


「え……」たかしが疲弊した顔で答えた。「あぁ、まぁ」

 強いしょうすい具合は長時間のヒアリングに起因したものだろうが、「息子の死」以外にも、事故の日から今までこの依頼人を追い詰めてきた存在があることを探偵は知っていた――否、誰が見ても明らかなストレスが、今この瞬間も闇夜に潜んでいた。


「外で待ち伏せている記者が目に付いたもので」閉め切られたカーテンを見ながら質問の理由を述べ、更に聞く。「ずっと、ですか?」

「はい」たかしもカーテンの方を見た。「『やめてくれ』って言ってはいるんですが……」

 言葉の代わりにこぼれたため息が、憂鬱な心情をありありと感じさせる。


「警察に相談は?」

 続けた問い掛けにも、彼は弱々しく首を横に振る。

「いいえ。こんなことで、相談なんかして良いんですかね?」


「もちろん」芳川よしかわは即答した。「私から知り合いの警察に言っておきます。すぐに解決できますよ」

「そうなんですか? ……すいません、ありがとうございます」

 ようやくたかしの目に疲れ以外の感情が差す。


「お任せください」

 明確に告げると、探偵は速やかに帰ることにした。

 これ以上、浅野あさの夫妻に負担を掛ける訳にはいかない。


「あの、芳川よしかわさん!」

 しかし玄関を出ようとしたところでたかしに呼び止められた。

「はい」探偵は振り返る。


「今朝の話で、霊が見えるって言ってましたよね」疲れた顔の男は振り絞るようにしゃべった。「俺達にも、その……いてたり、してますか?」


 そんなことを聞いて、どうなるのだろうか。

 疲労困ぱいの身にムチ打って聞いてきた点から察するに、興味本位の質問ではなく、どうしても確認したいことのはずだ。


 依頼人の心理を推測しながら、事実を述べる。

「はい。

 初めに事務所へお越しいただいた時から、たかしさんの傍らに霊の気配はありました。調査が進んだので、今は少し明確になってきています」


 と、たかしは顔を強張らせた。

真仁まさとは、怒っていますか?」


 霊感探偵は首を横に振る。

「わかりません。まだ、顔は見えていない状態です」


「けど、リュックサックを捨てたんなら……」

 この依頼人は、ひとたびつじつまの合う結論を見つけると思考を固定してしまう嫌いがある。

「思い込みはいけません。丁寧に事実を確かめていけば、やがて

 思い込みに囚われた状態の人間を説得するのは時間がかかる上に、平行線をたどりがちで効果も薄い。時間を置いて、改めて話した方が良いだろう。

 芳川よしかわは「それでは」と残して撤退する。


 外に出ると、少し肌寒い夜風を正面から受けた。

 薄弱な街灯が怪しげに照らす深夜の路地に、動く影を捉える。


 野良猫やタヌキではない。

 スマートフォンでメールと着信の確認、そしてアプリケーション操作をしてから胸ポケットに差し込み、気配のする方へと歩き出した。

 数歩進んだところで声を掛ける。

「ここで待っていても無駄ですよ。ご遺族は、今日も明日も、外出される予定はありません」


 と、街灯と並んだ電柱の奥――塀の陰で身を縮ませていた男が2人、姿を現した。

 片方がバツの悪そうな表情でそそくさと前屈みで現れたのに対し、もう片方は肩に載せたカメラを担ぎ直すと、どこかぶ然とした態度で前に出てくる。


 細身な方が軽く会釈した。「テレビの者です。あなた、どなたですか? 長居していたようですが、被害者とはどういったご関係ですか?」

 夜中の住宅地であるにも関わらず、はきはきとした大きな声を周囲へ響かせる。

 彼の後方で、大柄な男がカメラをこちらに向けた。確実に顔の映る角度だ。


「関係ないでしょう」芳川よしかわは遠慮なく答えた。「テレビって、どちらの会社ですか?」

 記者はちゅうちょなく社名を告げる。

 聞いたことがあった。全国放送している局である。


 半ばため息を堪える心地になりながら、探偵は本来の目的である「お願い」を告げた。「ご遺族の迷惑になっているので、どうかご遠慮ください」

 深夜帯に誰とも知れない取材陣がうろつくなど、近隣住民の迷惑になるのは想像に容易い。「大手企業であれば、配慮ぐらいできるだろう」という淡い期待も抱いていた。


 しかし、

「アンタに関係ないだろ」カメラマンが強い語気で言い返す。大柄なたいくも相まって脅すような雰囲気があった。

 記者がすかさず片手で相棒を制す。

 ただし、それ以上の言葉はない。とがめることまではしないようだ。


 恐らく、編集で自在にことができるから、発言に配慮がないのだろう。そんな下品な本心が、行動にも表れている訳だ。


「そうですか。では、私からは話すことなどないですね」

 芳川よしかわはそれだけ返すと、その場を去った。

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