1-3 10000通りですよ10000通り

 郁野いくのは受け取った宝箱を全方位から見た後、軽く揺らしてみる。ガシャガシャと音がした――USB以外にも、紙や、粒状の物体が入っていそうだ。

 蓋のダイアルは4桁。左端の1桁を回してみると0~9の10種類であることがわかった。「場合の数」で考えれば取り得る数列の数は10000通り。総当たりでは絶対にやりたくないレベルだ。


 正解を突き止めるには、与えられた情報から類推しなければならない。

 4桁で連想するものと言えば――

「イタズラ坊やの誕生日はわかりますか?」郁野いくの芳川よしかわに尋ねる。


 と、芳川よしかわは首を横に振って答えた。「9月15日だけど、0915も9150も駄目だった」彼は更に続ける。「それを回収した時に、隠した子の御両親と、あと妹の誕生日も試したけど違った」


「そうですか。……じゃあ、その子の好きな子の誕生日とか?」

「あ~、いたのかな? そこまでは聞いてないな」

「ううん……1年生の男の子が好きな番号か」


 男子は1番になりたがるから、1111。違った。


「初期設定のままとかあるかな」

「初期設定って?」

「0000とか」

「ふむふむ」


 試しに0000、それから1111を飛ばして2222、3333と順番に9999まで入れて、1234もやってみたが不正解に終わる。

 やはり、何か意図を持って数字を設定したはずだ。


 そこで、

「あ、もしかして」探偵がひらめいた素振りをする。

「わかったんですか?」

 名答が出るのか? こんなに早く?


 胸が高鳴るのを自覚した頃、薄い唇が言葉を紡いだ。

「適当にダイアルを回して設定したとか」

「……そういうの、やめてください」

 中学生は糾弾も兼ねて否定する。期待して損した。


 確かにデタラメに決めた可能性もゼロではない――と言うより、小学1年生のイタズラっ子の仕業とあればじゅうぶんにあり得る。

 だがそれは郁野いくのが最も恐れているケースだ。


「総当たりするしかないんじゃない?」

「嫌ですよ! 10000通りですよ10000通り! 探偵なら考えて突き止めましょうよ」

「なんか、ムキになってない?」

「なってませんよ。何も考えずに総当たりっていうの、負けた気がするだけです」


「それ、ムキに――」芳川よしかわはそこで言葉を止め、言い直す。「何か語呂合わせあるかな」

 郁野いくのは彼がどのような思考から言い改めたのか疑問に思ったが追求しなかった。頬を膨らませることになりそうだ。


「その子の名前、聞いてもいいですか? 名前からの語呂合わせとか」

 児童の名字か名前、家族の名かも知れない。あと、好きな子とかキャラクター。候補が次々に出てきた。


 ところが芳川よしかわは「あ~」と言いながら目を逸らし、左手を後頭部にあてる。

「ごめんね、依頼人の家族の名前は教えられない。守秘義務ってやつ」


 折角、正解が見つかるかも知れないのに。水を差された郁野いくのは頬を膨らませた。

 意地悪探偵は苦笑まじりに「ごめんごめん」と言うだけで、本当に教えてくれなかった。


「えっとね、その子のおばあちゃんの家で飼ってる猫は、ヌクっていう名前だよ」

「ヌク、ですか」


 欲しかったものではないが、新情報である。

 ヌクか……素直に数字に置き換えようとすると、クは9だがヌは難しい。ひらがなも無理そう。ローマ字はどうだろう。


 試してみたが残念、不正解。

 ため息が出てしまった。


「なんて入れたの?」

「3131。ローマ字に変換するとNUKUの4文字なので、その画数です」

「よく思いつくね」

「でも、駄目でした」

 そもそもローマ字の画数とは小学1年生に似つかわしくない発想だ。切り口を変える必要があるかも知れない。


 何か、小学1年生が好きそうな語呂合わせはあるだろうか?

 2人で思案したが、やる気とは裏腹に正解には一向にたどり着けなかった。

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