第39話 カムバック

「やぁ、誠君。その指輪、なかなか似合ってるじゃないか。まるで既婚者のようだよ」

「茶化さないでくださいよ、真行寺さん。これ、ルカ師匠が作って嵌めてくれたんですけど、他の指に嵌め直そうとしも全然抜けないんですから」


 家族に反射の指輪を手渡した翌日、指示通りに午後から特務課のフロアに顔を出すと、真行寺さんに揶揄からかわれてしまった。


「ふはははは、誠君はルカルディアさんから愛されているみたいだね」

「うーん……愛されていないとは言いませんけど、これは遊ばれているだけですよ」


 真行寺さんは、いつにも増して明るい口調で話し掛けてくるが、顔色は悪いし目の下の隈も隠せていない。

 それに、今日はフロアに松永さんの姿が見えないかわりに、眉間に皺を寄せた蘭虎さんの姿がある。


 おそらく、昨日の摘発で何かがあったのだろうが、アルバイト待遇の僕が聞いて良いものなのか迷ってしまう。


「誠君、立っているついでにコーヒーを淹れてもらっても良いかな? 給湯室にインスタントのコーヒーがあるから、ミルクと砂糖多めで」

「蘭虎さんは?」

「あたしは要らない……いや、冷蔵庫にコーラのペットボトルがあるから持って来て」

「分かりました」


 真行寺さんと僕の分のコーヒーを淹れて、蘭虎さんのコーラを持って戻ったが、やはり松永さんと善杖さんの姿は無い。


「どうぞ……」

「ありがとう……うん、いいね、いい塩梅だよ」

「良かったです」


 コーヒー、ミルク砂糖の割合は、どうやら真行寺さんのお気に召したようだ。

 ちょっと気まずい沈黙の中で、僕もコーヒーを口にした。


「負けたよ」

「えっ……?」


 コーヒーを少し味わった後、真行寺さんがポツリと漏らした言葉の意味を一瞬理解できなかった。


「昨晩、黒帽子と対峙したが惨敗だった」

「まさか、松永さんと善杖さんは……」

「大丈夫、入院中ではあるが命に別状は無いよ」

「そんなに強かったんですか?」

「まるで大人と子供だったね。完全に遊ばれている感じだった」

「くそっ!」


 蘭虎さんは、拳で自分の太腿を殴りつけながら悔しさを吐き捨てた。

 真行寺さんが順を追って話してくれた摘発の様子は、まるでドラマか映画のような世界だった。


「私と松永は陰陽師の血を引く者で、善杖は素戔嗚尊スサノオノミコトの加護を得ている。蘭虎は身体強化魔法と必中のスキル持ちだが、黒帽子にはまるで通用しなかった」

「本当に通用しなかったんでしょうか?」

「いや、誠君、慰めなら要らないよ」

「いえ、そうではなくて……少なくとも結界術は効いていたんじゃないですか?」

「でも、結局は壊されて逃げられてしまったよ」

「そうですね。でも、壊されなければ逃げられなかったんじゃないですか?」

「えっ……?」


 話を聞いただけで、その場に立ち会っていないから何とも言えないし、あるいは黒帽子は簡単に結界を壊せたのかもしれないが、それでも壊さない限りは出られなかったのではないだろうか。

 その可能性を指摘すると、蘭虎さんの頬にパーッと血色が戻ってきた。


「そうですよ、鈴音さん! あいつ、結界壊すまで逃げられなかったじゃないですか」

「いや、蘭虎君、それはあくまで可能性であって、結界とか関係なく転移できたかもしれないし、あの程度の結界は簡単に壊せたかもしれないよ」

「それでも、それでも私たちの力が通用する可能性があるって事ですよね? 私は駄目かもしれないけど、鈴音さんならあの爺ぃをぶっ殺せるかもしれませんよ!」

「そう、だね……そうだ、可能性はゼロではないね」


 蘭虎さんの熱意に押されるように、俯いていた真行寺さんの背筋が少し伸びた。


「それに、あの爺ぃ、最後に鈴音さんが踏み込んだ時、一瞬ヤバいって顔してましたよ」

「あぁ、それは確かに私にもそう見えた」


 真行寺さんは、俗に縮地と呼ばれる距離限定、回数限定で短距離の転移ができるらしい。

 だとすると、黒帽子が姿を消す直前、転移魔法の発動が間に合っていなければ、真行寺さんの刃が届いていたかもしれない。


「黒帽子は、チュートリアルとか、次のステージとか、ゲーム用語と思われる言葉を使っていた。もしかすると、こちらの世界に来てから得たゲーム関連の情報を基に、自分をラスボスに設定したゲームをリアルの世界でやろうとしているのかもしれない」

「黒帽子は、次のステージで会おうって言い残していったんですよね?」

「そうだ、奴はまだ自分の世界に帰るつもりは無いらしい」

「厄介な奴ですね」

「まったく、頭の痛い相手だよ……」


 昨晩の戦闘の様子から考えると、黒帽子は魔物を呼び出す力も備えているように感じる。

 無限に魔物を召喚できるのか、それとも事前にテイムして準備しておかないといけなのかは分からないが、黒帽子だけでなく複数の相手をする必要がありそうだ。


「正直に言うと、誠君に現場に出て手伝ってもらいたいのだが、それは許されない行為だ」


 金子の記憶を探索したのも、厳密に言えばアウトな行為だそうだが、摘発や討伐の現場に出るのとは危険度が異なる。

 ぶっちゃけ、僕を傷付けられるような存在が現在の東京に居るとも思えないし、たぶん黒帽子が相手でも勝てると思う。


 だけど、そこまでの実力があると真行寺さんには明かしていないし、真行寺さんもそこまで僕が強いとは思っていないのだろう。


「黒帽子のような者を相手してもらうには、少なくとも準一級の討伐士としての資格を得てもらわければならない。だが、黒帽子の次のステージはもう始まっているのだろう」

「どうしてもの場合は、現場に出ても構いませんけど……」

「いやいや、一人の人間に頼るような状況は極力避けねばならない……のだが、誠君、魔族に人族が対抗する手段を仕入れて来てくれないか?」

「それは、知識や戦略、武器などを異世界に行って仕入れて来いってことですよね?」

「その通り。勿論、我々も我々に出来ることは何でも試してみるつもりだが、協力してくれないか?」


 日本古来の陰陽師や神道、密教などの力に加えて、『渋谷インパクト』以後に目覚めた魔法、スキルなどを総動員して、黒帽子に対抗するつもりらしい。

 僕の役目は、異世界で人族がいかにして魔族に対抗してきたのか、その歴史、知識、道具などを仕入れて真行寺さんに伝えることだ。


 ルカ師匠から貰った知識の中にも関係する情報があるが、魔族すら歯牙にもかけないルカ師匠にとっては魔族に対抗する方法は興味の対象からは少し外れているようだ。

 むしろ、エルダールのギルドあたりで聞き込んだ方が、最新の対抗策が手に入るかもしれない。


「いいですよ。真行寺さんの仕事を手伝うことは、東京の治安を守り、僕の家族の平穏を守ることでもあります。喜んで協力させてもらいます」

「ありがとう、報酬は弾ませてもらうよ」

「ありがとうございます」

「早速で悪いんだが、誠君。例の試薬を仕入れて来てほしい」

「もう無くなっちゃいました?」

「試薬としての効果が確認されたので、現場に検査キットにして投入したいそうだ。可能であるなら三本以上、前回の倍の価格で買い取らせてもらうよ」

「えっ……倍ですか?」

「あぁ、どうやら未知の成分が色々と入っているようで、ジェネリック化は難航しそうだ。だから、ガッチリ稼いでもらって構わないよ」

「では、とりあえず四本……」

「えっ、在庫があるのかい?」

「昨日、魔導具を作りに行ったついでに仕入れておきました」


 本当は前回仕入れて渡し損ねていた分なんだけど、倍の値段で引き取ってもらえるのだから結果オーライだよね。


「ふふっ、誠君は貿易商として大成しそうだね」

「いえいえ、それもジェネリック化するまでの話でしょう」

「はははは、ならば尚更今のうちに稼いでおくと良いよ」

「そうさせてもらいます」

「それじゃあ、ちょっと私はこいつを鑑識に届けてくるから待っていてくれたまえ」


 真行寺さんは、コンビニ袋に無造作に試薬を突っ込むと、エレベーターで鑑識のある階へと向かった。

 その結果として、特務課のフロアには僕と蘭虎さんの二人きりになってしまった。


 蘭虎さんは今日も胸元が大きく開いたゴスロリ風のドレスで、正直、ちょっと目のやり場に困るんですよね。


「ありがとね……」

「えっ、何がですか?」

「あんたのおかげで鈴音さんが元気になったから……だから、ありがとう」

「いえ、僕は思ったことを言っただけで、それは皆さんの力ですよ」

「はぁ……あたしは全然役に立たなかったし、この先、あの爺ぃ相手に何か出来る気がしない」

「そうなんですか?」

「そうよ、さっき聞いたでしょ。拳銃の弾を杖の先で弾いて、全部同じ場所に当てるなんて化け物よ。ただ普通の人よりも少し力が強くて、射的の腕が良いだけじゃ対抗できると思えない」

「そうですかねぇ……諦めちゃうのは勿体ないと思いますけど」

「あんたは異世界にいって色んな魔法が使えるようになったから、あたしの気持ちなんて分からないでしょ」

「そうでもないですよ。僕は異世界に召喚される前は、人生の半分以上を病院で過ごしていて、何度も、何度も、もう駄目かもって医者から言われてましたから。それでも、少しでも可能性のある治療にしがみついて、意地汚く生きてきましたからね」


 僕が生きてきた道程をザックリと話すと、蘭虎さんはポロポロと涙を零した。


「偉い! 誠は本当に偉い! あーっ、恥ずかしい、あんな爺ぃに一回負けたぐらいで凹んでた自分が恥ずかしい!」


 蘭虎さんは、両手でバンバンとテーブルを叩きながら叫んだ。

 そんなに激しく動いたら危ないですって、零れそうだから、ボルンって零れそうだから。


「やるわよ、意地汚くかじりついてでも、あの爺ぃに一泡吹かせてやる方法を見つけだしてやるから、誠、協力しなさい!」

「分かりました、僕も何か方法は無いか考えてみます」

「ホントに! ありがとう!」

「ちょ……ふぐぅ……」


 蘭虎さんは僕を抱き締めて、ぐいっと顔を胸の谷間に埋めさせた。


「前払いでサービスしてあげるんだから、じっとしてなさい」

「ふぐぅ……むぐぅ……」

「そこで喋らないでよ。あたしだって恥ずかしいんだからね」


 真っ赤になるくらいならやらなきゃいいのに……てか、ルカ師匠とは弾力というか柔らかさというか、結構違うもんなんですね。


「おやおや、随分と仲良くなったんだねぇ……」

「ひゃっ! す、鈴音さん、これは違くって……」

「蘭虎君、誠君は未成年者だからね。東京都の条例に引っ掛かるような行為は駄目だよ」

「いや、ホントにこれは……って、いつまで埋まってんのよ!」

「ぷはっ……って、蘭虎さんが離してくれなかったんじゃないですか」

「男は言い訳しないの、このエロガキ!」


 蘭虎さんが、ギュッとグッと拘束してたのに、その言い方は無いんじゃないかなぁ。


「分かりました! それじゃあ、こんなエロガキの協力なんて必要ないですよね?」

「えっ、うそうそ、冗談だって、ちょっとした言葉の綾ってやつ? これ以上のサービスは無理だけど、どうしてもって言うなら……」

「蘭虎君!」

「あーっ、そうじゃないんです鈴音さん、違うんです、ホントに違うんですぅぅぅ!」

「はははは、良いね、良いね、誠君が来てくれたおかげで特務課が明るくなったよ」


 そう言っている真行寺さんも、無理をして笑っている感じがすっかり消えて、初めて会った時のように背筋がシャンとしている。


「真行寺さん、松永さんも善杖さんも瀕死の重傷ではなかったんですよね?」

「そうだよ。考えてみると、我々は黒帽子に遊ばれてしまったが、それ故に命までは取られなかったのかもしれない」

「それじゃあ、黒帽子が遊んでいるうちに捕らえてしまう方法を考えましょう。本気で殺しにこられたら、たくさんの死傷者が出る気がします」

「そうだね、その通りだ。奴がゲームを楽しんでいるうちに捕まえて、下らないゲームを終わりにしてやろう」


 真行寺さんは、モニターを操作して黒帽子の画像を表示させた。

 それを見た蘭虎さんの表情が引き締まる。


「せいぜい調子に乗ってろ、次は捕まえて後悔させてやるからな!」


 真行寺さんはモニターの黒帽子を指差し、再度の宣戦布告を突き付けた。


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 これにて一章完結となります。

 続きが書け次第、連載を再開したいと思っております。


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魔改造されちゃいました! 篠浦 知螺 @shinoura-chira

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