10・ハジマリ
みんなのマチからセンセイのところまで、ただ行くだけだったらそんなに時間はかからないはずだった。
けれどもみんなは、走る道から見える風景や、路肩に咲いているだろう花々や、もし運がよければ私たち以外のヒトがいる、もしくはいた痕跡が見つかるかもしれないとミユキは言った。
ミユキはセカイに対してうっすらとした疑問を持っている。
つまりこのセカイはなにか間違っている、言いかたを変えると、別の本当のセカイがある、というような考えかた、みたいなもの。
アキラはそのようなことは考えていないかわりに、このセカイとはどのようなものであるかを分析したがっている。
しかし、キカイをバラバラに分解しで、どんなふうにできているのか、みたいなところまで調べたり分析するのは、今のアキラの体力とか知力ではむずかしい。
そしてこのセカイで、キカイが4人に、行ってはいけないと定めているところを超えて行こうとするということはできない
キカイは4人の中でいちばん腕力があるナツミがバットで叩いても、へこみができるだけで、へこまされたキカイに代わってほぼ同じ形の、別のキカイが来るだけである。
*
ヒトにあるのは暖かさと匂いと、ヒトらしい食感だとミユキは言う。
たしかにミユキがコハルの体にさわったときには、その手は暖かく柔らかく、キカイとはちがう匂いがした。
キカイは冷たく硬く、ヒトに感じられるような匂いはしない。
コハルが家の家事用キカイにさわったら、キカイは一瞬止まって、どうしたんですか、と言った。
対ヒト用のキカイはしゃべれるし、さわれるし、その手は冷たくはないし、ちょっとゴムでできているような感じの柔らかさはある。
しかしたしかに匂いというものは、ヒトにとっては、ない、と言っていいかもしれない。
つまり目で見て、その働いている音や、歩き回る音はかすかに聞こえるし、さわることもできるから、キカイはキカイとして存在しているということは間違いがない。
それはコハルがネットだけで知っている携帯端末の集団通知相手や、ネット動画その他で見ることができるトウキョウや、あちこちの田舎の風景よりも実在感があると言っていいだろう。
*
しばらくの間、自転車は快調に進み、片耳イヤホンとスロートマイクの調子も上々だった。
雑談をしながら走っててもいいんだけど、それじゃ学校とあんまり変わらないから、とアキラは言う。
それで、風の音と鳥の鳴き声、それに遠くから聞こえる飛行キカイの音にも耳をすまし、誰かひとりが歌うと、それに耳をすませたり、鼻歌で合わせたりした。
ふたりで違う歌を歌うのは禁止、と、コハルは言った。
4人の中でいちばん歌がうまいのはミユキで、ナツミはそれに、ウォウウォウ、ワーオ、みたいな洋風の合いの手(?)みたいなものをアドリブで、とてもうまく入れてくるので、ソロではなく合唱みたいな感じになる。
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