/// 6.はじめてのボス戦と中層突入

コボルトナイトは10階までに出てくるコボルトから進化した大型のコボルト。高い機動力を活かして突進しながら大剣を振り回して攻撃する。出会いがしらの事故率の高いボスという。私は今、そのコボルトナイトが3体いる10階のボス部屋へと踏み入れた。ラビさんから「アンジェちゃんなら大丈夫だと思うけど、気を抜いたらダメよ」という言葉を胸に、油断せず大剣の動きを観察しならが近づいていく。細かい動きを入れながら攪乱させることも忘れない。何度か首筋を切りつけているため、そのコボルトナイトも若干の血を流しながら迫ってくる。ちょっと怖い。


すばやさには自信のある私も、非力なためか首筋に何度も切り付けているがいまいち致命傷にはなっていない。それでも傷はでき、少しづつ流れ出している血液に向こうの攻撃に当たらなければいずれ倒せるだろう、と楽観的に考えていた。そしてそれは現実になる。何度か切り付けた後、一体のコボルトナイトが首筋を抑え前に倒れ込んだ。ようやく一体倒せたことに、緊張がすこしだけゆるんだ。


そのあと怒り狂った2体が怒りのオーラをほとばしらせ、統率の取れた連携攻撃に逃げ惑う私は一転大ピンチに!!!!・・・とはなず、地道に削ったことでもう1体が倒れ、あとは楽に最後の一隊が倒れるまで首筋を狙い続けた。とはいえ、途中何度かかすり傷を負うがそれほど苦戦した、という感想は持たなかった。最後の一体を倒し終るとほっと一息を付く。戦いのさなか、倒れたコボルトナイトが落とした大剣は素早く次元収納にしまってあるので、後に残った本体については、時期にダンジョンに吸収されるだろう。このボス戦で得られるものはこの打ち直しが必要なため銀貨1枚、1000エルザ程度にしかならない大剣のみだった。肉も毛皮も価値が低く、買い取れないとのこと。とはいえ、ボス戦は本来の目的ではない。その先の11階からがいよいよ冒険者としての本番!ということで大金を稼いで成り上がっていくという冒険譚への道はやっと始まるというところだ。


一息ついてステータスを確認すると、レベルこそ上がっていなかったが、力が一つ上がっており、小回復というアクティブスキルが増えていた。


◇◆◇ ステータス ◇◆◇

アンジェリカ 14才

レベル2 / 力 D / 体 S / 速 C / 知 C / 魔 F / 運 S

ジョブ 聖女

パッシブスキル 肉体強化 危険察知

アクティブスキル 隠密 次元収納 小回復

装備 ロングダガー 銀の軽鎧 罠感知の指輪

加護 女神ウィローズの加護



本当は10階層で地道に牙を集めつづければ、生活をするだけであれば十分。だけど短期間で大量にあってもいずれ買い取れなくなってきちゃうとのことなので、低層での活動はほどほどにしてボスに挑もうとやってきたのであった。ボスを倒した私は、入ってきた入り口とは反対側に空いた扉をくぐる?通り抜ける?扉に手をかけようとしたそのまますり抜けてしまった。扉にデザインされた結界のようなものなのか。すり抜けた先にはダンジョン外へ転移できる魔方陣と、11階へと続く下り階段があるというので、実はちょっとワクワクしていた・・・はずだったのだが。


小さな部屋の隅には男一人女二人の冒険者パーティと思われる人たちが、しゃがんで休憩していたのだろうか入ってきた私に視線を向けたのが見えた。ここまではあまり人に会わなかったことで、油断というか安心しきっていた上に、先ほどの扉すり抜けにびっくりしたところで、意図せず突然注(そそ)がれた視線。びっくりして対面の壁に移動し、椅子の替わりに使っていると思われる小さい岩の裏に隠れるように潜んだ。


「可愛(かわい)らしい冒険者ちゃんだな。ソロ狩りかい?」


冒険者パーティのリーダーと思われる大柄な男がこちらに声をかけてきたのでコクコクと頷いて肯定した。よく見ると座り込んで休んでいるようだが、額から少し血が流れている。


「あの・・・けが・・・」


勇気を出して話しかけてみる。


「ああ、ちょっと犬野郎の剣がかすっちまってな。教会に行くほどでもないしちょっと休んだら下に潜ろうと思ってな・・・そっちには出口の魔方陣だ。下ならこっちの階段を使うのさ。まあ知ってるんだったら余計なお世話だな」


私にそう話しかけながら出口の魔方陣と下への階段について教えてくれた。さっきと同じようにコクコクと頷き、お礼とばかりにその男に向かって手を前に突き出すと先ほど覚えた小回復を発動させる。ぺこりと頭を下げて足早に階段から下へと進んでいく。いよいよ中層と呼ばれる11階へと踏み入れた。階段を降りると、低層のブロック塀のような整頓されたものではなく、ゴツゴツとした岩肌の壁が広がる天然の洞窟といった空間が広がっている。すでに遠目で魔物が数匹確認できるが、どうやらこちらに気づいていないのかあまりこちらの関心がないのか、こちらへと向かってくる気配はまだなかった。


(思ったよりボスも苦戦したし・・・少し様子見したら帰ろうかな?)


そんなことを思いながら私は慎重にその群れに向かって、隠密を使いながら近づいた。


「あれが・・・オーク?ちょっときもちわるい・・・」


近づくとブタのような鼻をもつ人型の魔物、オークが何体か固まっていた。ボスの情報と共に中層と呼ばれる11階から20階までの情報は確認している。オークの他にオオカミのようなワーウルフという魔物、全身毛むくじゃらで大きいイノシシのようなワイルドボアという魔物が出るらしい。下の方に降りるにしたがって、ワーウルフ、ワイルドボアの順に多くエンカウントするようになるという。このダンジョン周辺を活動の場としている冒険者の大半が、この中層の下の方、15から20階を中心にワイルドボアを狩っているらしい。イノシシ肉、うまい!量が多い!が冒険者たちの合言葉らしい。


ちなみに、オークはお腹周りの一番良い部分の肉が少量取れるが銅貨3枚程度、ワーウルフは毛皮が銅貨2枚ほど。どちらも次元収納がないと厳しい。私は念のため入るだけ入れてしまおうとは思っている。今日は多分そこまで狩れないと思っているが、ワイルドボアはお肉がそれなりに取れるため銀貨1枚ほどになるという。毛皮が銅貨2枚ほどでおまけ程度だが。これならボアを狩れない場合はコボルトを狩ってた方が稼げるんだけどね。まずはレベルを上げてボアさんをぜひ狩りたい!私、頑張る!


・・・ということを考えつつ、私はオークに気づかれないように近づき、すでに慣れてしまった動作でその首筋を切りつけた。ぶにょりと微妙に柔らかい切り口にうわっと嫌悪感がでるが、これは魔物!いや家畜っ!と思ってその湧き出た思いを耐える。切りつけたオークの様子を伺うと、まだこちらを認識していないのかきょろきょろと周りを見渡し、自分を攻撃した敵の存在を探す。その首筋からは血がしたたり落ちていたが、あまり効いてはいないように見えた。やっぱり少し上がってDとなった力でも、一撃のもとに切り伏せる!というのは無理なようだ。もっと強い武器が必要なのかな?と思いつつも何度か切りつける。さすがにそのころになると私のことを認識して、手に持っているぼろぼろの長槍をブンブン振り回してくる。


(こわーーーっ!!!)


無造作に振り回す長槍に恐怖しながら、その動きが止まる瞬間に切りつけること数回。3体いたオークが1体、また1体とその動きを鈍くさせていく。致命傷は与えられなかったが、血を流しすぎたオークたちの動きが少しづつ鈍くなっていく。そのタイミングで3体のオークの首筋に、突き刺すように深く強くとどめを刺していく。安全のため一旦距離をとると、その3体のオークがガクリと膝をついたりしながら倒れ込んだ。ビクビクしながらも次元収納を発動した手を向けると吸い込まれているオーク。無事討伐できたのだと安堵してため息がもれた。


「あとでまとめてギルドに出せばいいんだよね」


そう独り言をいって次なるターゲットを見つけるため、適当に歩き出した。途中で下に降りる階段を見つけるが、まだ実力不足を思って降りたりはせずにうろうろ。何度か遭遇するオークの討伐と、ふいに遭遇した冒険者から逃げるということを繰り返した後、10階の小部屋に戻り帰りの魔方陣にのった。前回と同じようにビクビクしながらカウンターにいるラビさんに成果を報告すると、またやさしく抱きしめてくれた。ちょっと汗臭かったり血なまぐさかったりするんじゃないかな?と思ったら、恥ずかしくなって少しだけ逃げようと思ったけど、ラビさんはそんなこと気にしない天使様だから大丈夫だよね。と思ってそのまましばしその温もりを堪能した。


(次からはちゃんとお風呂に入ってから報告しよう!)


そんなことを思いながら、素材を提出して解体費用などを省くと、3枚ほどの金貨を手にしたので、足取りも軽くラビさんのスウィートホームへ戻り、シャワーを浴びて身なりを整えた。あとで仕事終わりのラビさんと一緒に夕食の約束を取り付けたのでそれまでの時間、そわそわしながらベットにすわって足をバタバタさせていた。ちなみにステータスを確認すると、途中で確認した時と同じで変化はなかった。残念。それからしばし夕食の時間をまだかまだかと待ちつづけるという穏やかな時間が過ぎていった。



◆10階ボス部屋後ろの待機室


俺はザンガス。D級冒険者パーティー、暴走戦斧(ぼうそうせんぷ)のリーダーだ。今日、やっとの思いでコボルトナイトを撃破してこの部屋までたどり着いた。自慢の戦斧を振り回し、パーティーの魔導士とバッファーの力を借りてなんとか討伐したが、何度かかわし切れなずに負傷してしまった。幸い大した傷ではないので、教会まで戻って治療なんてもったいなくてできなかった。しばらく休んでから初めての中層を少しだけでも体験してみたかったのもある。なーに、しばらく休んでいたら傷なんてふさがっちまうさ!


そんなことを思っていたら、ボス部屋からあらたな冒険者が・・・冒険者でいいんだよな?可愛(かわい)らしい少女じゃねーか。ほら、こんなにおびえて、隠れちまっているじゃねーか。こんな小さい子を連れてボス戦に挑むなんてどんな頭してやがる!まだ見ぬその子の他のパーティーメンバーを待った。・・・のだが一向にやってこない。基本ボス戦は討伐しなければここには入ってこれない。負傷しているのであればなおさらここからすぐに魔方陣に乗って教会行きになるだろう。まさかとは思ったのだが・・・


「可愛(かわい)らしい冒険者ちゃんだな。ソロ狩りかい?」


怖がらせないように冗談のようにやさしく話しかけると、その少女はコクコクと頷いて俺の質問を肯定した。あんな少女がコボルトナイトをソロ狩りできるのか・・・愕然として冒険者やめようかな?と自嘲気味にため息をはいた。


「あの・・・けが・・・」


その少女は俺のけがを気にしているようだ。


「ああ、ちょっと犬野郎の剣がかすっちまってな。教会に行くほどでもないしちょっと休んだら下に潜ろうと思ってな・・・そっちには出口の魔方陣だ。下ならこっちの階段を使うのさ。まあ知ってるんだったら余計なお世話だな」


本当は結構がっつり食らってはいるのだが、妙なプライドもあって変な受け答えになってしまった。そう思っているとその少女はこちらに手の平を向けると小回復とつぶやいて、その見知った魔法の名前を聞き、回復魔法?と認識した時にはもう、自分の傷がすべて癒えていることがわかった。突然のことにお礼を言うのが遅れてしまったが、そのお礼を口にしようとしたころには、少女はぺこりと小さくお辞儀をして消え入るように階段へと姿をけした・・・しばらく空いた口をふさぐことを忘れてしまった俺は、脳裏に昨日のことを思い出す。


昨日も俺たちパーティーは、低層を準備運動でもするようにうろうろとしていた。その時、突然目の前に現れては消える水色の髪をした冒険者?のような魔物?のような、よくわからないものと遭遇していた。その姿を完全に認識する前に姿を消したもんだから、てっきりゴーストかなにかのレア種なのかと思っていた。「あんなのがいるのなら、いつ背後からガブリとやられてもおかしくない、ダンジョンは低層でもこえーな」と思っていたんだが・・・ここに入ってきた時の身のこなしといい、今のといい・・・あれはあの子だったのかもな・・・


額の傷のあった部分を触るとすでに傷が全くない状態であることを確認して・・・まるで聖女様だな・・・そうつぶやいたが、そばにいた2人に「ロリコンダメ絶対」と笑われてしまった。「あの子のためなら死ねるな」と思ってしまう自分に、これは周りに言っちゃだめなやつだと自嘲する。傷も治ったし体力も回復した。まさに気力も体力も、といったところだ。


「よし!予定通り少し中層で腕試しをしたら帰んぞ!」


そういって仲間と一緒に階段まで進んでいった。



◆神界


「アンジェ・・・行くのね遂に!犬っころのボスに!負けちゃだめよ!!!」


いつになく真剣に下界を見つめフンスッ!としている変態駄女神は、10階ボスのコボルトナイトに挑むアンジェを見ていた。その顔には一筋のよだれが・・・今日も今日とて、凛々しく冒険を続けるアンジェにご執心である。


「あっ!危ない!きゃっ!でもかわしてる!大丈夫よアンジェ!・・・でも固いわねあの犬っころ・・・誰かしらあんなに固くしたの・・・」


あなたである。


「あっ・・・ぐぬぬぬ!アンジェの天使の肌に傷ががががが・・・・くの犬っころがーーー!!!アンジェぇぇぇ――痛くないーーー???痛いの痛いの飛んでけーーーえーーーい!!!」


女神がハアハアいっているのは真剣に応援して力が入っているからである。柔肌(やわはだ)にできる傷をみて何かいけない属性に目覚めたからではない。絶対にそうではないので安心してほしい。


今日はめずらしくちょっと時間に余裕があるため、危なっかしくもオーク狩りをするアンジェをハラハラハアハア見ていた女神。午後のお仕事タイムにはぷるんぷるんのハリツヤほっぺを携えて、従者たちの羨望の念を一心に受け止めるのだった。

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