第17話 決意の会話と家族の団欒

テーブル越しに詩乃と顔を合わせている。昨夜の出来事、その詳細を話すためだ。


「ということがあったので、大筋を整理したい」


「通信を切った後にそんなことがあったなんて……太郎先生を急いで呼んだ甲斐があったわ」


梅雨時期に差し掛かる季節の平日。今日も学校終わりに詩乃の部屋に寄った。勉強会目的ではない。差し迫っている課題が増えたからだ。彼女には大切な話があると伝えてあるので、事の重大さを理解してもらえるだろうと思った。


「……本題に入る前に、その、なんだ。今日は一段と華やかな服だね」


彼女はエナメル質のベビードールを身にまとっていた。このベビードールは光沢のある淡いピンク生地でできており、身体のラインをなぞるようにフィットしている。艶やかな輝きが彼女の胸元から腰までを美しく演出していた。


肌が透けて見える白羽織りは優雅であった。だが、それ以上に彼女の曲線美をあえて包むことで、男性の冒険心をくすぶり立たせる要素を備えていた。透明なシースルー素材で作られており、その上に繊細なレースが飾りつけられている。


彼女の恥ずかし気な笑顔と好奇心に揺れている瞳、そして彼女自身の魅力を最大限に引き立てるこの服装の選択は、僕に強烈な印象を与えた。


「ありがとう。私てっきり……大切な話があるって言うから……状況も状況だし、これから一生、二人で乗り越えていこうって流れかなと」


「伝え方がややこしかったかな」


僕は苦笑いを浮かべたが、少し間を置いて自分の心の声を伝えるように努めた。


「でも、そうだね。二人で乗り越えていこう。詩乃の器量と行動力、そして僕の経験と度胸があれば、乗り越えた先で普通の生活が待ってるよ」


「普通の生活……友達がいて、家族がいて、好きな人がいて。みんなで笑ってはしゃいで……そんな生活?」


「そうさ。そんな生活」


「不思議、特別なことに思えるわ。今にも手が届きそうな気がするけど、遠いわ」


「日常の大切さは無くなってはじめてわかるって言うよね。君の日常はまだなくなってはいない。その特別な気持ちに気づけたのは素敵なことだと思うよ」


彼女は真剣な眼差しで僕を見ながら言った。


「あなたはいなくならないでね、例え私の日常が壊されたとしても」


僕は彼女の内包に潜む怯えと情熱を真っ直ぐに受け止めた。


「約束する。君も僕と約束してほしい。君がいなくなったら、君の日常も消えるし、僕も心にぽっかりと穴が開いたまま、一生を過ごすことになりそうだ。だから、生きて欲しい。どんなことがあってもだ。約束だよ」


詩乃は笑って見せた。その様子にどうして儚さを感じたのだろう。自身の特別な愛に気づかぬまま、僕は出処の定かではない感情を振り払って当面のことを考えた。


「詩乃に危険がないか調べるためにも、刺客の可能性は追わなければならない。同時に、君のお父様と僕の得意先を守るにはウラ・ランキング4位の廚鼠を下す必要がある」


「刺客の捜索とランク上げが当分の目標ですね。前者は私がメインでやります」


「単独では危険だ。学園内の協力者が必須だ」


「めぐがいいわ。あの子は刺客じゃない」


「廚鼠は君のお父様と近しい人物から情報を得ている。桜蓮学園創立に関わる五家はその条件に当てはまる。一番ね」


「仮にそうだとして、高円宮家だったとして。めぐは除外します」


「僕と同じ幼馴染だから?」


彼女は口に手を当てて笑った。


「それもあるけど、彼女の私物に盗聴器を忍ばせたの。お家に帰ったあとはそれらしい話は聞こえなかったわ」


「お得意の工作だね。盗聴器を仕掛けてからどれくらい経つ?」


「今日でピッタリ一週間」


「あと三週は様子を見よう。その経過で協力者にするか決める」


その後も話し合いは続いた。今夜は彼女の家でごちそうになった。テーブルに並ぶ美味しそうなご飯は、その香りだけで食欲をそそるものであった。


特にアボカドハーフに盛りつけられた海鮮サラダは絶品だった。アボカドの実は宝石のように滑らかで、その中には新鮮なエビ、貝類、そして切り身のサーモンが繊細に盛り付けられている。全ての料理がアボカドのクリーム状の食感を引き立たせているようだった。


(なんていうのは、さすがにアボカド贔屓が過ぎるか。まさかこんなに美味しいなんて)


テーブルには彼女の父親も同席していた。僕の裏稼業を手伝っていることは知っている。詩乃の話によれば、一切の否定も入れず、快諾したそうだ。これは僕の予想だが、自身に万が一のことがあった場合、娘が食べていけるだけの術を僕から学ばせようとしているのではないか、と考えている。


目の前で笑い合いながら席を囲む親子は、この瞬間を本当に大切にしているように見えた。僕はこの家族を守ることができるのか。そんな不安が胸に押し寄せてきた。


(情けないぞ憐。やれることをやるしかないじゃないか!誰だってそう生きてるじゃないか!)


手に持ったフォークでアボカドとエビを突き刺し、口へ運ぶ。クリームとプリっとした食感が、その時は感じなかった。

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裏稼業で助けた女の子は同級生のマドンナだった ドンカラス @hakumokuren0125

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