第10話 譲れない気持ち

(誰から聞いたんだ……いや、詮索はよそう。事実、彼女は知っている。下手に濁すとあとが長いぞ)


僕は正直に答えた。


「断定はできない。可能性として、命を狙われることはある。君のお父様をよく思わない人にとって、一人娘は格好の的なんだ」


「私は……邪魔な子なのでしょうか。私がいなければ」


「なぜそう思うんだい」


「だって、私のためにお父様は必ず無理をなさるわ。もしも私が人質にとられたら、お父様は犯人の要求を受け入れる。それが死の形であっても。初めから足手まといになると分かっているなら」


彼女は僕から目をそらした。


「死んだほうがましよ」


「僕はそうは思わない」


思いつめた彼女が、それまで気丈にふるまっていた女の子が、扱いきれぬ問題を明かしている。傷心の女の子が目の前にいた時、他の人ならどう対応するのだろうか。僕は、優しくするつもりはない。


「まず、君が悩んで考えた結論であることは理解を示すよ。それは正しい選択かもしれない。確かに君の死により、犯人が父親につけ入る隙は一つ減る」


正しそうな道へ諭すつもりもない。


「しかし、それでは君に残るものは何もない」


「逆なら分かる。父親が自分の命の為に娘を手にかけたとしたら、それは父親にとっては価値のある行為だ」


「憐様は犯罪を肯定するの?」


「否定するさ。ただしこの場合は【その人の価値ある選択】については肯定する。別に否定したってかまわないと思う。人の価値観、なんて内面的なことはその人の主観でしか見つけられない」


「だから、自己犠牲の家族愛に価値を感じるならそうするといい。ただ、役に立ちたいだけなら他に選択肢はある。君の択は早計なように感じるんだ。それに君の選択の本質は別のところにある気もする」


「本質?」


「どうして父親のために死ねるのか、役に立ちたいと思うのか、その感情の始まりは何だったのか。わかりやすく動機といってもいい。どうしてそう思ったのか、考える時間が君には必要だ」


「……足手まといになりたくない」


「それの何が悪い」


「私のせいでお父様は最悪死んでしまうわ!」


「代わりに君は生き残る」


「なにも嬉しくないわ。ただ元気に生きてほしいと願ってるだけよ。それはいけないことなの?」


「いけないわけがない。君は元気な父親を見れなくなっても、一緒にいられなくなってもいいのかい?」


「見たいわ、一緒にいたいわよ……」


「もっと欲張っていいんだよ。もっと自分を、大切にしておくれ。僕を元気づけようと看病してくれた君は生き生きとしていた。完治した僕を二階から見つけた時の君は、自分の気持ちに正直な人だったと思うよ」


「……本当の気持ちは詩乃さんにしか分からない。ただ僕は、君の笑顔を見た時にそう感じたんだ」


僕はそれ以上言うべきことが見当たらなかった。。本心だった。一人の人として向き合ったつもりだ。彼女の選択が変わらなかったとしても、僕は受け入れる覚悟を決めていた。


「ここも寒くなってきた。屋敷へ戻ろう」


僕が立ち上がると片腕が引っ張られて、思わず彼女の方を見た。袖をつかむ彼女が僕を見上げている。声をからせて言った。


「あなたなら私と同じ状況でも死を選ばないのよね?どうして?」


僕は彼女をまっすぐに見つめていった。


「僕は生きたい」


満天の銀砂利を見上げながら感じることを語った。


「色んなものを見て、触って、知りたいんだ。夢さえ新しくなるような瞬間に、出会いたい」


ふたたび彼女の瞳の中へ戻ると、見上げた星空とは違う光を見た。それは淡く輝く、星の誕生が放つ光のようだった。


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