助けた女の子がクラスのマドンナだった件

第9話 憐と詩乃の花園

詩乃の父親から依頼を受けた日の夜。僕は身支度を済ませて屋敷を出ることにした。一度家族に顔を見せたかった、というのはついでであり、大事な要件を伝えるためだ。入学が決まっている高校を辞退すること、そして彼女の入学先である【桜蓮学園】へ通うこと。


彼女自身、僕が入学することは父親から説明があるそうだ。しかし、護衛のためとは伝えないといった。賢明だ。これ以上、彼女を心配させたくはない。


彼の計らいで僕は裏口入学で学籍を確保できたという。彼と桜蓮学園の理事長はズブズブな関係なのだろう。学費もろもろは報酬から天引きしてもらうことにした。初めは向こうが別口でと言ったが、僕が却下した。なんとなく格好をつけたが、今になって少し後悔している。


僕は中央ホールまで続く廊下を歩きながら、この建物の特徴を観察していた。


(和室と洋室が混在しているな。配置も不規則でアンバランスだ。他の屋敷なら何回か侵入したことがあるけど、このパターンは初めてだ。そういえば)


「憐様」


僕は滑らかな動作で立ち止まった。感情の変化が身体にでない訓練をしてきたから、急な呼びかけに肩をびくつかせることはない。


中央ホールを何歩か進んだ先で声をかけられた。頭上のややうしろから聞こえた。僕は振り返り、声の主を確かめた。


「こんばんわ詩乃さん」


彼女は優雅に笑いながら手をひらひらさせた。ホールの真ん中に大人5人が並んで歩ける幅の階段があり、それが左右に伸びている。彼女は僕が出てきた場所、西側二階の末端にいた。


「そちらに行きますから、少し待っててくださる?」


「構いませんよ」


僕がそういうと彼女はパッと顔を輝かせた。先ほど見せた笑顔とは印象の違う、クシャリとはにかんだ表情を見せてくれた。


(お嬢様でもあんな顔するんだ。なんだが年相応って感じだな)


彼女は駆け足で階段へ向かった。まるで散歩を焦らされた飼い犬のように走った。

お出迎えしてあげようと思い、僕も中央階段の下へ移動した。滑り落ちるように階段を下るものだから、僕は安心して見ていられなかった。。


駆け下る階段のラスト一段を彼女は飛び越えた。思わず僕は両手を差し伸べ、彼女はその手に応えるように僕の手の平を掴んだ。着地の衝撃を逃がすために軽く手を握りしめて動きを誘導した。


「あら、お上手ですね」


「危ないですよ、お嬢様」


彼女はまた優雅に笑った。彼女が纏う品格と行動とのギャップに僕は自然と笑みがこぼれた。


「行かれるのですね、父様から聞いております。私、蓮様と少しお話がしたいの」


「喜んで」


「ホント!嬉しい」


彼女は口を塞ぐ仕草をした。思いのほかホールに声が反響したせいだろう。手を後ろに組みながら僕に近づき小声で言った。


「ここでは目立ちすぎるわ。お外へ行きましょう。お忍びですよ。めぐみさんに見つかったらうるさいんだから」


彼女はあどけなく笑いながら手招きをした。僕はうなずいて後ろをついていった。僕は自分の感情を確かめた。現実感がないというか、集中力がない、とも違うけど


(なんだか、ふわふわしてるな)


調子が狂ったのは彼女がジャンプをして僕の元へ来たとき。お風呂あがりなのかシャンプーの匂いがした。少し釣り目のまぶたと大きな瞳。それを際立たせる長いまつげ。小さな顔に沿った小鼻。もちもちしてたほっぺが健康的な赤みを帯びていて、表情豊かな口唇……


(それと、この髪。肩甲骨の下まで伸びたあざやかなブロンド。少し赤みが、いやピンクか?変わった色だ。変わった……素敵な色だ)


招かれた場所は玄関を出たところにある噴水だった。静かな河川際にいるような心地いい音を奏でている。噴水を円状に花が囲んでおり、それらの間には人が大勢で鑑賞できるようなスペースがある。


彼女は何個かあるベンチの一つに近づいた。


「ここがいいです。お気に入りの場所なの」


僕に「どうぞ」と言って座るよう勧めた。隣に彼女も座ったが、ベンチの幅が短い。彼女と僕のすきまは腰の位置で拳二つ分。肩に至っては身じろぎをしたら当たってしまう。僕は妙な緊張感のなか、あくまで自然体でリラックスすることに努めた。


満天の星空の下で僕らは話し合った。生い立ち、境遇、将来やりたいこと、そして僕たちが初めて会った日の話。


「憐様が助けてくださらなかったら、そんな未来はこなかったんです。

私、初めは祭りの騒ぎだと勘違いしちゃって。お屋敷の近くで祭りがあるとすぐにわかるの。太鼓の音がドンドンとここまで響くの。

目覚めてすぐに殿方の咆哮が聞こえたわ。怖くて、怯えてた。私は事件に巻き込まれてるって、気付いたから」


僕は黙って聞いた。お互いに湧き出る噴水をみながら、しかし明らかに互いを意識している。


「大丈夫って言われて安心したわ。とっても安心した。もう怖い人たちはいなくなったんだ、この人は優しい人なんだって。金庫を開けてもらって、帰れるんだって思って、それで……」


彼女はそこまで言うとうつむいてしまった。膝の上に綺麗に揃えてある手が震えていた。


「あなたの後ろに、怒った殿方の歪んだ顔があって……それで……」


彼女はむせび泣きをしていた。


(気高い人なんだろう。もっと大声で泣いたっていいのに)


そう思うと、隣の女の子が憐れで、愛おしく思えてくる。


「怖かったね、詩乃さんが襲われなくて本当に良かった」


「私……何もできなかった」


「それの何が悪い。僕が動けないとき、詩乃さんは看病をしてくれた。詩乃さんが動けないときは、僕が君を助けるよ」


彼女が身体を動かしたことは僕の肩を通して伝わった。彼女へ視線を向けると、目が合った。その瞳の中に熱っぽさと深い怯えが内在しているように感じた。


「憐様、私は命を狙われているの?」


夜風が僕らの熱をさらいに来たが、彼女の方は冷めぬ様子だった。僕はその問いに体温を抜かれ、春だというのに風が肌を刺すように冷たかった。

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