生まれ変わった背中で、私達は大罪を背負う ~虚言~

七四六明

虚言

 初めて魔法を使った時、目の見えない私の魔眼は初めて魔力を見た。

 光を失った目にさえ見る事の出来る、宝石のような輝き。


 だが、その光が眼前に現れた生命の光たる魔力を絶った時、自身の手に今まで輝いていた光の怖さを知った。


 自分が手に入れた力は、容易く命を殺せてしまえるのだと。

 刃物も火も見えない自分には、唯一見える魔力という光が、全て殺し得る命と、殺してしまう武器に見えて、街中に入ってしまえば、私はあっという間に武器と命に囲まれた。


 何より怖かったのは、命に対する価値観の違いだった。


 幾ら害悪だからとはいえ、この世界の人々は容易く命を殺す。

 捕らえた動物を殺すのに許可を要し、鳥一羽を勝手に保護しただけでも罰せられるような法律で縛られてもない世界の人間達は、邪魔だと思えば容易く殺す。

 魔法でも剣でも何でも、とにかく命を殺すと言う事に躊躇いがない。


 そして何より怖いのは、彼らに罪悪感がない事だった。


 命を絶ってしまった事に、怯えがない。

 これから命を絶つという瞬間にさえ、躊躇いがない。

 やらなければやられると言うのは理解出来るが、だからといって欠片の情も湧くことなく、そうも簡単に殺せるものかと私は臆した。


 だから私は、十年近い特訓期間で一番、精神面を鍛えようとした。


 どれだけ多くの命を殺しても動じない心。

 どんな命をどう殺しても怖気付かない心。

 命を殺し続けても、何も思わぬ傀儡の様な心を持とうとして、無理だった。


 無理だった。無駄だった。無意味だった。

 費やした時間の分だけ自分は殺した数の命に呪われ、殺した命に呪い殺される夢を見た。


 だから私は、見えざる手から受け取ったチートの一つを変貌させた。

 どんな戦いにも臆さず動じず、静かに命を殺す狼の皮へと。曰く、虚栄の大罪つみ


「何故殺せる。何故躊躇わない。何故、皆が軽々と剣を振るえる……何故、そうも容易く手を汚せる。いやそもそも、命を絶つ行為に何故罪悪感を抱かない。断罪の名目があれば、そうも容易く命を絶てるものなのか? 害悪と断ずれば、命を絶てるものなのか? 大罪を名乗る前の私は、悩みに悩み続けた。虚栄……これが無ければ、私は人でなくなってしまう。そう、恐れているのは、私だけか?」


 独白。


 いや、目の前には一つの魔力。

 本来敵として対峙すべき、因縁の騎士。

 私は彼を殺さねばならないのに、私自身を美しいと宣う騎士に今、本性を曝け出してしまっている。殺せと言っている様なものだ。


「あぁそうだ! 私は戦争が怖い! 戦いが怖い! 喧嘩さえも怖い! この世界では、自分の半分も生きていない子供さえ魔法という暗器を隠し持ち、いつだって私を不意に殺せてしまう! そんな世界で光を失った恐怖を一体、誰に吐き出せと言うのだ! 盲目の戦士が強いなんて、妄想に過ぎない! それこそ、戦いから目を背け、戦いを見知らぬ者達の盲目な見解だ! 魔力が見える目も、七つの大罪も、何も、何も私が殺されない根拠にはならない! だが私は果たさねばならぬ……果たさねば蘇らぬ……果たさねば戻らぬ。だが、怖い……魔王だか何だか知らないが、そんな得体の知れない者を殺した一人と戦えなど、無理難題過ぎる!」


 この場以外にもう機会はないと、溜まりに溜まった毒を吐く。


 騎士はただずっと黙って聞いていて動きもしないから、彼女にとっては独白も同じだった。

 だから止まらない。止められない。言葉が枯渇するまで、心が枯渇するまで、涙が枯渇するまで、止まる事は出来ない。


 彼女は、アン・サタナエルは抱える恐怖。抱える畏怖。抱える負の感情の全てを嘔吐した。

 吐き尽くした時、胸の内で渦巻く感情によって溢れ出る涙とでもう何も言えなくなった時、彼女を騎士、アリステイン・ミラーガーデンが抱き締めた。


「貴女はやはり美しい。他人の命を慈しみ、命絶える瞬間を嘆き悲しみ、誰よりも命を大切に出来る。物語に出て来る姫君の様な、美しい心の持ち主だ」

「ただ、イカれているだけだ。命の重さを語りながら、命の美しさを語りながら、私は命を絶やす側に回った。イカれていよう? 私は、誰よりも命を絶やす瞬間が怖いと言うのに、誰よりも殺す事が、殺される事が怖いと言うのに……私は、殺されるのがイヤと言いながら、殺す側を選んだのだから」

「それでも、やはり貴女は美しい。私に出来る事は数少ないでしょうが……せめて、今だけは、命の光が絶える時間を、忘れさせましょう」


 そんな馬鹿なと思いながら、この時の彼女は、人が麻薬に陥る気持ちを悟った。


 恐怖ないし、苦しみから逃れるためなら、法の束縛など容易く穢せる。

 ただ、この世界に法外な麻薬なんてないし、まして倒壊寸前の旧アジトに物資なんてほとんど残っていないから、騎士の言う手段には用いる物なんてのはなかった。


 騎士は自らの武装たる剣を置き、鎧を脱ぎ捨て、彼女の軍服を脱がし、義手を外させた。

 七つの大罪を率いる憤怒の大罪つみ。憤怒を忘れ、虚栄を捨てた彼女が溺れたのは色欲、肉欲の大罪つみだった。


 何とも原始的な、何とも根源的大罪。

 人が後世に子孫を残すための行為の中導き出した、最も古典的快楽。

 だが、人が溺れる中では最も深く、最も単純な快楽だった。


 戦い以外で、殺す以外の目的で触れる、男の肌。

 見えはしないが、触れると感じられる。生きている人間の鼓動。熱。魔力。

 絶つ必要はない。奪う必要はない。ただ、力強く抱き締めていればいい。彼の腕に任せていればいい。


 彼の吐き出す熱を全身で受け止め、体の内側にとにかく溜め込む。

 互いに互いの体液でドロドロに溶けて、一つに混ぜ合ったような解放感。

 夜から朝まで、鳥のさえずりが聞こえるまで肉と肉を重ね合い、互いの体液に塗れて、死んだように眠った。


「アリステイン・ミラーガーデン。私の先までの言葉を忘れろ」

「はい」

「あれらは虚言だ。弱音ではない。私は憤怒の大罪つみ、アン・サタナエルだ。魔剣帝を殺すためにこの世界へ招かれた、世界最悪の大罪だ」

「はい」

「だから……おまえの体を借りるのも、今日が最後だ」

「はい」

「だが、最後に問う……私はそれでも、美しいのか」

「それは、もちろん」

「……そうか。そうか」


 そうして彼女は、自分の場所に戻って行った。

 騎士もまた、自分の居場所へと帰っていった。


 しかしその時から、終わりは始まっていたのだ。

 彼女の虚言と虚栄を抱き締めて、騎士は大罪に身を染める。

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生まれ変わった背中で、私達は大罪を背負う ~虚言~ 七四六明 @mumei

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