少しだけ裕福なのんびりライフ

海月

第1話

暖かく心地よい太陽の光を、閉じた瞼に捉え目を覚ました。今日は何をしようかなどと考えながら、ベッドから体を起こす。ふわっと紅茶の香りが鼻をくすぐる。

「ケルタはもう起きてるのね...」

少し掠れた声が広くもなく狭くもない部屋に小さく響く。隣にあるもうひとつのベッドでは、ミラがすぅすぅと寝息を立てながら、気持ちよさそうに寝ている。ミラとは半年くらい前に家の近くで親に捨てられていたところを私が拾った6歳の少年だ。

ミラを起こさないように静かに扉を開け、リビングへ向かう。遠くから小鳥のさえずりや食器があたる音が聞こえる。おそらくケルタが紅茶を淹れているのだろう。リビングに着くと紅茶を用意しているケルタが居た。

「おはようございます!ミセル様」

「おはよう、ケルタ」

先程までの凛としたジト目だったとは微塵とも考えられないような、輝かしい笑顔で向かえられた。毎日のことでもやはり嬉しい。

そんなことを思いながら、近くにある椅子に腰掛ける。

「今、紅茶淹れますね」

ケルタが紅茶を淹れると心が落ち着くような香りが周りに漂う。

そして、カチャとティーカップが音を立てたと思えば、目の前に紅茶が置かれる。

「どうぞ」

「ありがとう」

「お茶菓子は昨日、ミラ様と作ったシフォンケーキがありますが、どうしますか?」

「今は結構よ。ミラが起きて朝食を食べてから頂くわ」

そんな会話をしたあと、調度良い温度になった紅茶を啜る。

「では、私は朝食の準備をしてきますね」

と一言だけ言ってケルタはキッチンの方へ行ってしまった。まだ、朝の7時前。ミラが起きてくる気配も無い。目も冴えてしまっているので読書でもしていようと、本棚へ向かい適当な本を手に取り元いた椅子へ再び腰掛けた。



あれから、どのくらい時間が経ったのだろうか。そんなことを気にしていると、ベッドがある部屋からドンッと鈍い音が聞こえる。

また、ミラがベッドから落ちたのか、それとも棚か何かにぶつけたのだろう。

ミラは本当に朝が弱い。よく起きる度にどこかしらぶつけるので、細い足や腕にはよく包帯が巻かれている。お陰で何回、虐待を疑われたことか。そんなことを考えベッドの方に大丈夫か様子を見に足を進めると、後ろの方からケルタが救急箱を持ちコツコツとブーツの音を立てながら、足早に過ぎていった。私も追いつくように少し早歩きで歩き、扉の前まで辿り着いた。

ケルタが音のした部屋の扉を開けると、痛そうにうずくまっているミラが見えた。

「大丈夫ですか?救急箱持ってきましたよ。」

「何処が痛いんですか?」

と言いながらケルタがミラに近づく。

「あし」

ミラが少し悲しそうな声で小さく言った。顔を下に向けているのでこちらから表情は読み取れなかったが、おそらく涙目なのだろう。

「足の何処ですか?手当するのでこっちに見せてください」

「ここ」

ミラが足を伸ばし太ももの辺りを指さす。

「わかりました。今、手当しますね」

とケルタがミラに伝え、救急箱の蓋を開け包帯と湿布を取り出し、手当を始める。

「今回は何があったんですか?」

慣れた手つきでミラの足に湿布を貼りながら尋ねる。

「おきようと思って、立ったら、ふらってしてあそこにぶつけた。」

指はベッドの横に置いてある背の低い机を指している。ふらってしたというのは、多分バランスを崩したのだろう。6歳ながらに言葉を考え伝えたのだろうと思うとなんと愛らしいことか。

「机の淵にバランスを崩してぶつけたんですね」

「ばらんす?」

「天秤を思い浮かべてください。片方が重くなると、傾きますよねらそれと同じです。いつもは同じ重さがあったから転ばなかったけど、今回はそれが崩れてしまったということです」

「ふーん」

確かにな、なんてこちらまで納得し関心していたら手当はもう終盤で、包帯が巻き終わっていた。

「手当、終わりましたよ。もう痛くないですか?」

「ん..まだ少しだけいたいけどさっきよりは大丈夫。」

そうかよかった。よくあることでも矢張り毎回、少しは不安になる。声もさっきよりは明るくなったような気もする。

「よかったです」

朝起きた時に見たようなケルタの明るい笑顔。愛くるしい空間だ。

「手当も済んだので朝食にしましょう」

「そうね。ミラ、怪我はもう大丈夫?」

「うん!」

よくある会話。

毎日見る顔。

安心する声。

全て、愛くるしい。

こんなこと思ってるのは自分だけかもしれないが、ずっとずっと続いて欲しい。



嗚呼、私は幸せ者だ。



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