武者喰らい

 大倉磐城守高重、山中にて糞塗れの上で顔を馬に踏まれて絶命。

 この一報を受けた高重の子息、吉祥丸改め大倉磐城守森繁おおくらいわきのかみもりしげの判断は迅速にして冷酷だった。まず件の渦中において失態を犯した者と不届きな報告を上げた不忠者を士道不覚悟として斬首。その上で父高重は城に現れた人を喰う妖怪と武士らしく一騎打ちを行い壮絶な相打ちを遂げたと朝廷に報告。同時に町民にこのあやかしの噂を内外に広めるよう命じた。

 これにより珍事で傾きかけた磐城藩は一応の体裁を整え家名を保った。

 馬より愛されなかった息子は、父に対して何の思いも抱いていなかった。

 故に高重の乱行はその一切を闇に葬り、二度と顧みられることはなかった。

 暫くの間、磐城藩では人喰いの化け物『孤獣狼』の名がまことしやかに囁かれた。その名が轟く間は、落ち武者狩りの美少年がこの地に寄り付くこともない。全ては丸く収まったのだ。




 そのはずであった。



 ◇



 十年後。


 雲一つない、月と星が煌々と輝く夜のこと。

 磐城の城市から少し離れた山の奥に、一人の青年が立っていた。

身の丈は六尺ほど、黒く艷やかな長い髪を背中で束ね、どこで誂えたか武士の具足と獣の毛皮を撚り合わせた奇妙な甲冑を身に纏っている。太刀とも山刀ともつかぬ幅広のを掲げ月の光に照らすと、それを合図に山のあちこちから様々な男達が立ち上がった。

 寺を追われた破戒僧。

 盗みを働き追放された町人。

 仕える家を失った浪人。

 皆それぞれが元の居場所を追われたはぐれ、まがい、外道達であった。

 

 「お頭、準備整ってごぜえます」


 声を掛けてきた髭面の山賊の頭を、青年はペしんとはたく。


 「馬鹿者。大将と呼べと言ってるだろう」


 「へえすいやせん。どうにも癖なもので」


 まあ良い、と笑う青年の顔はかつてより更に磨きがかかり、妖の如き妖艶さを備えていた。

 人を超えた美しさを持ち、武士でも獣でもなくその全てを備える者。

 静かに、しかし遠く高らかに響く声で彼は宣言する。


 「これより、地に落ちたものを拾うことはない」


 青年がだんびらの切っ先を城の方に向けた。


 「これからは、我々が手ずからもぎ取り、奪い、ただ喰らいたいように喰らうのだ」 


 男達は夜の闇に乗じてただ静かに、叫びを上げることすらなく、山津波のように磐城の城市に向けて殺到した。


 これから数十年間、武家だけを襲い荒らして回る大山賊「武者喰らいの孤十郎」

旗揚げの一夜であった。

 

 

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武者喰らいの孤十郎 不死身バンシィ @f-tantei

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