第43話 プレーンマゴレツ

 ふわっとオムレツが食べたい。もっと言えばオムライスが食べたい。

 ヴァンガルドさんのお店に到着すると、私を見てソフィアナさんが笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃい、カエデちゃん。グランさん。丁度昨日、配合が決まったみたいでね。あの人ったら今朝は早くからずっと工房に籠っているの」

「それは良い時に来ましたね。でも、ヴァンガルドさんちゃんと休めていますか?」

「こればっかりは、何を言ってもダメよ。職人は」

「確かに。なら、私が声を掛けた方がよさそうですね」


 身内より客扱いの私が声を掛けた方が、手を休めてくれそうだ。集中しているにしても、休憩取らないと効率は悪いだろう。

 奥に行けば、熱気と共に魔法陣に向かいピクリとも動かない背中が目に入った。こっちの鍛冶は大きな炉って言うより、魔法陣に火魔法を注ぐと陣の中心に置かれたインゴットが鋳型に流し込まれその後細部の整形を経てものが出来上がる。インゴット錬成、型作り、鋳造、整形と言う工程すべてに魔力が必要で、魔力含有度の高い鉱石ほど扱いが難しく所要魔力も多い為に数日~数週間かかるのだそうだ。あと、武器は武器で工程が全く別物だともヴァンガードさんが言っていた。


「ヴァンガルドさ~ん」

「・・・・・・」

「ヴァンガルドさん!」

「・・・」


 声を掛けただけではやっぱりダメっぽい。私は魔法陣の中心に浮かぶマグマの様な光る鉄塊を見つめ、少し待つ。光が落ち着き、第一段階のインゴットの形になった段階で、私は再度注意を引こうとヴァンガルドさんの背中に近づく。そして、呼んでもダメだろうと見切りをつけて、徐に肩を叩いた。悪戯心に人差し指を立てて。


「!?ぁ、カエデちゃんか」


 が、私は亜人種の肌の固さを舐めていた。ヴァンガルドさんが条件反射で振り返ったことで、関節と逆方向に曲がった人差し指に、私は口を開いて声にならない声を上げる。


「%=&“A<*@」

「カエデ!!」

「か、カエデちゃん?!大丈夫かい?」


 人差し指を抑え悶える私に、グランが慌てて駆け寄って来て、ヴァンガルドさんは作業を中断させながら安否を確認してくる。


「だ、大丈夫、です。《ヒール》」


 治癒魔法をかければ、痛みは消えてくれるというシップ要らずだ。指を伸ばし、曲げしてコンディションを見ながら、私は2人に一応謝る。


「ふぅ。すみません。ちょっとしたお茶目のつもりが、とんだ惨劇に・・・」

「いや、大丈夫ならいいのだけれど」

「カエデ、危ないことはするな」

「これは明らかな(自損)事故だよ、グラン。危ない行為ではなかった」

「カエデの柔らかく繊細な指が折れ曲がってしまったら、俺は・・・・・・・この一帯を焦土と化していたかもしれない」


 私の指を壊れ物のように包み込み、暴虐恐ろしいことを宣うグランの肩に、私はそっと手を置いた。


「グラン、お前はどこの魔王だよ。いいか、子供はケガして大きくなるんだ。一々そんなことで一帯焼野原にしてたら子供は大きくなれません。骨は、折って強くするものです」


 いつもなら、どこの野蛮人の子育て持論だと言う迷言を然も当然だと言うように優しく言って聞かせると、私はここへ来た目的を振り返った。


「お騒がせしました。で、本題ですけど、ちょっと休憩にしません?」

「あ、あぁ。その・・・そうだね」


 ヴァンガルドさんも、作業に集中してたところへ急に始まった悲劇について来れなかったようだ。え?喜劇だ?悲劇だよ紛れもなく。それか惨劇。あわや魔王召喚が成されるところだった。危ない危ない。

 ソフィアナさんが用意してくれお茶を飲みながら、私は改めてヴァンガルドさんから進捗を聞いた。


「銅鍋と小物はできてるが、これでいいか見てもらえるかな」

「わぁー。流石、ホイッパーも完璧です」


 私はボウルとホイッパーでエアシャカシャカをする。いける。これはいける。


「ボウルは大 1つ・中3つ・小 1つの5つで良かったかい?」

「はい。大きさも丁度良いです」

「そうか。…それはどんな感じで使うものなんだい?」

「私も初めて見るわ。どう使うの?」


 興味深々というような2人に、私はふむと保管庫内を確認する。


「じゃ、キッチン借りても?」

「もちろんよ」


 私は案内されたキッチンで気付く。私、異世界で人様のキッチンに入ったの初めてだ。

 窯っぽいのと、キッチン台、蛇口っぽいものがあるけど、竈的なものは見当たらない。コンロがあるとか?


「あ、うちは魔導キッチンなんだけど。ヒューマンの子は魔力量が少ないから使えないかしら」

「大丈夫ですよ、多分」


 幸か不幸か、ドワーフサイズのおかげで高さは若干高いくらいだ。魔導キッチンって言うくらいだ、これはコンロであれは蛇口で間違いないと。

 私はグランを呼んで、ソフィアナさんにお皿とフライパンを用意してもらってる間、視線が外れたタイミングを伺いつつマジックバックから出してるふりをして食材を出す。

 使うのはマゴの実と塩とベージと有塩バター。そう、シンプルなオムレツを作ることにする。

 私は比較できるように自作の箸も取り出した。遅れてヴァンガルドさんもやって来たので、さっそく調理を開始する。


「これは・・・マゴの実、かな?」

「あら本当。これ、食べれるの?」

「食べれますよ。私好きなんです。さて、これで作るのはオムレツという料理です。せっかくなんで、ヴァンガルドさんやってみません?」

「儂が?・・・料理を作ったことがないけど。大丈夫かな?」

「まずそうなら食べないでいいですし、作る途中の工程、このボウルとホイッパーを使うところだけですよ。焼くんですけど、そこは私がするので。味付けも」

「そうだな・・・じゃぁ、やってみようかな」


 私の提案に戸惑いつつも、ヴァンガルドさんが近くへやって来た。 

 ホイッパーの性能を比較するとなると、同条件で箸とホイッパーを混ぜて比較した方がいいかな。


「まずはマゴの実を割って、塩とベージを入れます。比較があった方がいいと思うので、こっちはこの木の棒で、こっちはホイッパーで混ぜましょう」

「「“まぜる”?」」


 混ぜるという言葉を料理動作で使わないのか、2人は首を傾げている。私はまず動作を教えるところから、3つのボウルの内2つにマゴの実と調味料を入れ、からのボウルで混ぜるジェスチャーをする。


「こうして手首を使って、このマゴの透明なとこと黄色いとこをかき混ぜます」

「あぁ!かき混ぜる。なるほど」


 かき混ぜるは通じたようだ。


「同じ速さ、同じ回数で混ぜた時の状態を比較してみましょうか」

「あぁ。それがいいだろうな。そうだなぁ、5回でどうだろう?」

「いいんじゃないですかね。分かりにくければ、追加してみればいいですし」


 そうして試した結果を比較すれば、白身が残った箸で混ぜた方に対してホイッパーは比較的綺麗に混ざっている。


「なるほど。混ぜると言う動作をする場合、ホイッパーを使うと使わないとでは全く違うね」

「ほんとう。でも、混ぜてどうするの?」

「じゃ、こっから先は私が」


 選手交代で2つのボウルを1つにまとめて更に混ぜると、温めたフライパンにバターを伸ばす。


「まぁ、いい匂い。これは、なぁに?」

「これは、実らしいです」

「み?何のかしら?」

「知らんです。ダンジョンにある実らしくて、スラムの子供たちに貰いました。それに少し塩を加えたものです。興味があったら、前の道を真直ぐ行って屋台街に入る、空き地近くの路地あたりで、はずれの根を売ってる子供に聞くといいですよ。売ってくれると思います」

「実・・・そうね、機会があったら」


 話しながら、私はボウルの卵を流しいれ、身体強化で筋肉増強してフライパンと箸を駆使して整形する。


「器用ねぇ」

「ほぉ」


 箸を使う私にソフィアナさんとヴァンガルドさんが感心したように覗き込んでくるのに苦笑しながら、私はフライパンを火から上げて、用意してもらったお皿にのせる。


「はい、できた」


 1年の授業で作ったなぁ。火加減もフライパン遣いも、見るとやるとじゃ大違いで、家でもあの時期ずっとオムレツ作ってたっけ。


「無理はしなくてもいいですけど、まぁ興味があれば召し上がってみてください」


 私はそのまま残り半分の卵液を消費するために2つ目のオムレツも作ってしまうこととした。


「マゴの実って、焼くとこうなるのね」

「柔らかそうだね」

「・・・美味しいのかしら」

「美味しそうだね」

「「・・・・・・・・」」


 2人の躊躇いがちの好奇心が皿に向かっている。私は押すことも退くこともせず、2人の好きにさせることにして、できた2つ目をグランと分けることとした。


「・・・いただこう」

「えぇ。そうね。食べてみましょう。せっかく作ってくれたのだし」


 恐る恐るフォークを手に取る2人の様子が面白く、私は口に含んだ卵の甘さと塩コショウの味に、バターの香りのする久々のプレーンオムレツに、トマトを探そうと密かに決める。


「「おいしい!!!!」」


 感動したように叫び、ガツガツ食べだすのは、この世界のヒトのお約束なのか。なら何であの味付けにクーデターを起こさないのかと不思議に思いながら、半分手前まで食べすすめた。


「グラン、後食べていいよ」

「いいのか?」


 食べた時、縦長の瞳孔が少し細くなったのと丁寧な咀嚼でスピードが速かったのを見るに、口にあったらしいのは分かったから、小腹も満たせたし譲ることとした。


「と、こういう感じで使います」

「「・・・・・・・・」」


 ヴァンガルドさんとソフィアナさんに、私はチャンチャンと商品検証プレゼンを終えた。


「ねぇカエデちゃん。良ければ、この作り方を教えてくれないかしら」

「すみません。今の作り方とか材料をまねてもらうのは構いませんが、教えるのは。オリジナルレシピなんで、私からは」


 教えるのがめんどくさい。なんてことはない。なんてことは絶対ないけど。まぁ、そう言うことにしておく。


「そうなの・・・」

「先ほども言った通り、店に出すとか広めるとかじゃなければ、こっそりまねて作ってくれて全然大丈夫ですよ」

「!!本当?」

「家庭料理ってことで、練習してもどっかから訴えられることはないでしょう」

「じゃ、作ってみるわ」

「頑張ってください」


 私はとても美味しかったという称賛を賜りながら、作ってもらった調理器具をクリーンして商談に戻った。

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