閑話:勧誘/ side Other
その日、フィーネは偶々その人を見つけた。
一緒にいるディオルグたちも気づいたのか、その視線の先には体格のいい、フードをかぶった男が、カウンターの隅で酒を傾けていた。
冒険者の多く利用するその酒場の中で、目立ちそうなその男は何故か目を離せば意識から外れそうになる雰囲気で、そこにいた。
「認識阻害か」
「だろうな。隠密(ステルス)のスキル持ちねぇ。そう言えば、街中うろついてもあんま注目集めてなかったな」
アドルフの推察に、ディオルグが思い出すように同意する。
それを聞きながら、フィーネは意を決して立ち上がった。
「あ、おい」
止めるべきかと迷ったディオルグは、せっかくだから玉砕特攻もありかと声を掛けるタイミングを計ることにした。
「あ、あの」
「…」
「あの、私、フィーネです。炎帝の剣の」
「…知っている」
「!!あの、隣いいですか?」
ダメだと言う前に座って、体を傾げてくるフィーネは、勢いそのままに言葉を続けた。
「あの、グランさん。私たち、もうすぐまた谷に行くんです。だから、あの・・・グランさんも同行してくれませんか?冒険者になって、私たち【炎帝の剣】 に」
「断る」
ノータイムの返事に、それでもどこか分かっていたフィーネはでもと食い下がった。
「分かってます。グランさんが訳ありだって。でも、その力は…貴方の力はみんなに必要とされる力です。ウォークの実の件、皆がすっごく噂してて。すっごく頼りになって。だから…ギルマスに頼めば、“毒ぅぐ・・・・カッハァ・・・」
瞬間、フィーネは喉を抑えて倒れた。
「御喋りが過ぎたな。お前、今何を言おうとした?詮索は不要だと、俺は言ったはずだ」
直ぐに駆け寄ってディオルグたちに鋭い一瞥をくれ、そこでようやく店中の注目が集まった。
「二度と近寄るな。お前たち全員だ」
それだけ吐き捨て、グランは席を立った。
「待ってくれ。俺たちは」
「マスターに近寄れば、警告なしで発動することになる。覚えておけ」
「・・・・・・うちのが、悪かったな」
ざわつく店内を後にしたグランは、有力情報の集まりそうな酒場は諦め、次の候補地へと向かった。
「ちっ。失敗したか。止めとくべきだった」
「仕方がない。フィーネ、大丈夫か」
「だ、いじょ、ぅぶ」
仲間の問いかけに、フィーネは震える声音でどうにか返した。
「お前は、もうあいつらのことは忘れろ。次は本気で発動するぞ」
残された男たちは、自身の失策に歯噛みしながらフィーネに注意した。
失念していた。噂とかけ離れたその空気に。
そして見誤った。話せば歩み寄れる存在なのだと。
アレは、あの男は、“死神”の異名を持つ、死を齎す者なのだ。誰となく、それを垣間見た者たちが畏怖し、恐怖して呼んだのだ。それは、死の形をした生き物だと。
フィーネが倒れた瞬間に見せた最後のあの目は、殺気などという生易しいものではなかった。魔物や賊を相手取る時の、それよりも尚無機質に、何の感慨なく屠る者の眼。
フィーネもあの瞬間、初めて相手を怖ろしいと思った。あの子供と一緒にいる時の凪いで美しい、あるいは慈しんでいる、愛情あふれる、フィーネが惹かれ欲っした眼とは掛け離れた抹殺物としか見られていない視線に、死にかけた事実以上に恐怖で震えが止まらずにいる。
手を伸ばしては、いけないものに手を伸ばしたのだと気づいた女は、深い後悔に、震える体を抱きしめた。
◇◆◇
side:V
ヴァンガードが店に入って来た男を目にした時、珍しく落ち込んでいる表情に老婆心ながら踏み込んで尋ねた。
「よぉ。如何した如何した、辛気臭ぇ顔しやがって。誰かへまったか?」
「あぁ・・・俺がな。・・・止めそびれた」
「何でぇ、マジで誰か土に帰ったか?」
ドワーフたちは死ぬと土に帰ると信じられており、死ぬことをそう例えられる。余りに悲壮な雰囲気に、ヴァンガードは店を閉めて酒を用意した。聞き出した内容に、呆れた。
「なるほどなぁ。だがよぉ、別に求愛ヘボってあの旦那怒らせたんなら、それでほっときゃ良いんじゃねぇか?」
目の前の男に連れられて来た、久しぶりに面白い客。あべこべで、謎で、ぶっ飛んでいる、訳ありの3人。
大人の獣人、あれは恐らくと予想のつくものだが、1番面白いのはあの大人のような子供のヒューマン。言動がまるで子供ではない。スラムの子供のような身なりで、金貨数枚はしそうな革ブーツを履き、貴族とも、商人とも、町人とも、スラムの子供とも違う得体の知れなさ。長く生きたヴァンガードでも底の見えない不思議な子供だった。
共に居る獣人の子供が年相応であるから尚のこと。
戦力は圧倒的にあの男であろうが、あのグループのリーダーでブレーンはヒューマンの幼女に間違いなさそうだった。
そして頗るスペックが高い男だろうとは同じ男でも分かったが、それに惚れる女の10人20人いてもおかしくなく、アタックの仕方を間違えたのなら、それはそれだろうと、ヴァンガードは思う。ディオルグがそうまで悲壮感を漂わせる理由が分からなかった。
「・・・不況を買っちまったら、この街は終わる」
「んな大袈裟だろ。確かにありゃ本気になれば国の2〜3は落としそうな男だったが、宝を抱えた竜は宝さえ傷つけなけりゃ暴れねぇよ」
財宝を抱える竜の伝説になぞらえた比喩に、ディオルグが息を呑む。
「あれは確かに力はある。が、あのお嬢ちゃんは力こそねぇが、深淵の知れねぇもんがある。理性も知性も、マグマより柔軟でヒヒイロカネより硬そうだったろ。うまぁく手綱も取っておったわ」
ドワーフにとって柔らかそうだと比喩するマグマと伝説に聞く世界一固いと言われる鉱物に例え、きっちり締めるところは締めて大の男を転がしていた子供を思い出し、クックックッと喉で笑った。
「ありゃ、良い女になるぞ?」
「じぃさんあんたまさか」
「ばぁか。んなわきゃあるか。兎に角、おめぇは心配しすぎなんだよ。そんなんだから、ハゲてんだぞ」
「なっ!これは剃ってんだよ!ハゲてんじゃねぇ」
邪推する若人を揶揄いながら、ヴァンガードは新たに酒を注ぐ。
「儂らにゃわからんが、獣人、中でも竜人種は、番いや主人への執着がすんげぇんだよ。代わりに、それ見つけたヤツは、何があってもそれを守るし、それに逆らえねぇんだと」
唯の伴侶や主人持ちと違う、“魂の”或いは“運命の”と獣人の畏敬と憧れを持って語られるものもあると、ヴァンガードは昔聞いたそれを語る。
「あの2人がそうだと?」
「ヒューマンのお嬢ちゃんは何も感じてなさそうだったが、あの旦那の執着は、多分な」
はっきりそうだとも分からないまでも、大事に大事に触れていた小さく弱い存在に、ヴァンガードは嘗て一度だけ会った竜人の飲み友から聞いたその話しを思い出したくらいだ。
「あの嬢ちゃんがうまぁくやんだろ。が、これ以上宝持ちを刺激すんなよ。殺されたってしかたねぇからな」
「・・・おぅ」
ヴァンガードは開いたグラスに新しい酒を注ぎ足してやり、さっさと忘れろと年若い後輩を叱咤した。
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