第25話 人の夢

 立派な石門が近づくと、ユニ〇のセットを思い出す。一種のファンタジー村か海外の観光施設に来た気分になる。周りに並ぶ人たちも、ケモ耳や尻尾、中世ヨーロッパの映画に出てくるエキストラを思わせる。映画の撮影であったらどんなに良かっただろう。


「次の者」


 呼ばれて、私たちは槍を以て鎖帷子と鎧を身に着けた衛兵さんの前に出ると、その横から声が掛かった。


「あんたらディオルグさんたちの知り合いの?」

「そうだ」

「一応、名前を聞いても」

「グラン」

「ウォルフだ」

「カエデ」

「話に聞いた通りだな。身分証の発行もしているが、如何する?」

「そのつもりはないし、長居もしない」

「そうか。じゃ、一人 2,000ユールだ」


 グランはマジックバックに入れているお金から6枚の小銀貨を取り出し、何も聞かれないまま無事通れた。

 ディオルグさんたちの口利きで日数制限もなくスムーズに入れたが、これはこれでどうなのだとも思わんでもない。ディオルグさんたちが闇落ちしたら、犯罪者天国になってしまう。恐ろしや。

 そんなバカなことを考えているうちに、門を越えて初の人類文明とご対面した。

 荷馬車が行き交い、人もまぁそこそこにいる。平日の夢の国程度には。あ、因みに馬車で通じてるけど、馬は馬じゃない。なんか強そうな馬だった。サーチで見たら、カウホースって言う魔獣らしい。

 石と土の土台に木造づくりの家々が建ち並び、少し据えた独特の匂いはするけど歌舞伎町よりましだと言うことは、日本より文明の劣ってそうなこの世界で下水処理は何か別の方法があるのだろう。

 迷子になる心配のいらない私は、遠慮なく街中を見渡す。視界が高いから観察しやすい。が、少なくない視線が寄せられることに気付き隠密の認識阻害を発動しておくことにする。


「ウォルフ、グランの服に捕まっといて」

「何でだよ。付いてけるし」

「認識阻害掛ける。少し目ぇ離しただけで終わるよ?」


 私の忠告に、すぐさまグランの外套に捕まった。


「グラン、このまま朝市を回ろう。品切れになる前に何が売ってるのか見ておきたい」

「分かった」


 そうして初めての市場に、ワクワクドキドキで見たそれに、私は顔を覆った。肉、肉、肉、肉。しかも衛生面で不安を抱くレベルで、生臭い。血抜きが十分でなさそうで、肉屋が5件密集している区画もある。それ以外は果物とよく分からない萎びた葉野菜。そしてニンニク[ガーリー] が屋台の日除け下に鈴なりに下がっている店もある。何と言うか、本当に異国情緒あふれる光景だが、鮮度のあるスーパーしか知らない現代っ子には衝撃的な感じだ。

 肉を買うことはないな。無理。お腹壊す。食品衛生がきっちり管理されたお家で大事に育てられた私の胃袋が死ぬ。クリーン魔法使ってどうこうなるレベルじゃねぇ。

 奥に進むと、肉の焼ける匂いが漂って来て、食材区画から軽食屋台区画に入ったらしい。そこもそこで、目に入るのは串焼きや丸焼きオンリー。肉しか食うもんねぇのか、この世界。

 そわそわするウォルフに、表情の変わらないグランを見て、屋台を見る。確かアドルフさんのおすすめは中央の方のオークの串焼き屋台だったはず。それらしい屋台を見つけ、グランに指示する。


「おっちゃん、1本いくら?」

「お!?いつの間に…嬢ちゃん、お目が高いね。うちのはうめぇぜ。1本500ユールだ」

「グランたちは?」

「食う!」

「俺はいい」

「了解。2本ちょうだい。炎帝のアドルフさんのおすすめでね」

「お!アドルフさんから紹介されたのか。なら、まけて700でいいぜ」

「あんがと。おっちゃん、この辺りで肉以外の屋台はないの?」

「ねぇな。食事処行きゃ、グヤージュやマッシュ煮込みが食えるぜ」

「そっか。ども~」


 グランは小銀貨1枚を出し大銅貨のお釣りを受け取り、ウォルフが現物を貰う間に、私は聞きたいことを尋ねる。


「どっか、端に寄って食べよう」


 料理は暖かいうちに食べるのが礼儀だ。屋台の途切れた壁際へ寄って一旦下ろしてもらうと、私とウォルフは手にクリーンをかけて串焼きを1本ずつ手に取った。

さぁ、運命の瞬間です!ついに、異世界初グルメ!!そのお味や、いかに――


「…………………………………」

「だから、あんまり期待すんなって言っただろ」


 一噛み目で、まず食い千切れなかった。懸命に噛み千切ろうとする私を見かねて、グランが鞘から抜いたナイフで私サイズに一口大に切ったそれを差し出してくれたので、遠慮なく今度こそ初グルメを口に入れた。あ、もちろんグランとウォルフは旅の間に私が厳しく教え込んで食べる前と寝る前にはちゃんとクリーンをする習慣を徹底させているからその点はバッチリだ。

 その時点で大分野性味帯びた臭いが鼻を抜けた。二噛み目する前に舌が塩辛さを訴えた。

 三噛み目で絶望的なまでの臭いと塩味のハーモニーが私を襲った。

 私は生理的な涙に口を抑えて滂沱する。まさか…まさかそんな…あって欲しくない予想が…まさか。


「カエデ、すぐに吐き出せ。水を出して口を漱げば楽になるぞ」


 心配そうに私の背をするグランに、私は泣きながら首を振った。口に入れた料理は、毒でない限り食べると決めている。例えそれが、毒相当の凶器だったとしても。泣くほど不味い料理であっても。

 嘔吐えずきながらも食い切った私に、さすがにウォルフも心配気だ。


「おい、マジ無理すんなよ。吐いていいんだぞ」

「カエデ、残りは俺が食べる。だからほら、手を放せ」

「うっうっうっうっ、まじゅい(T n T ) かめばかむほじょ、まじゅい」


 何とか飲み込んだ私は、水を流し込んだ。まさか、メシマズ系テンプレだなんて。そんな、テンプレいらねぇ!誰も求めちゃいねぇよ!何処需要だよ、それ?私が何かしたというのだろうか。何か恨みでもあるんだろうか。責任者呼んで。運営さん呼んで来て。

 口を抑えて尚も泣く私に、ウォルフは頭を撫で、グランが高い高いをし出した。

 私はあまりのショックに、なすがままになって脱力していた。


「大丈夫か?」


 ようやく双方落ち着きを取り戻し、私は涙をぬぐいウォルフを見る。泣き止んだ私の横で、ウォルフは手に持っていた串焼きの残りを食べている。


「ウォルフは食べれるんだね」

「…お前の飯とは比べもんになんねぇけどな。食えるか食えないかなら、食えるぜ。王都じゃ、本気で腐ってなけりゃ残飯漁って食ってたからな。むしろこれはまともだ。俺だって、屋台の串焼きなんて初めてだし」

「グランは?」


 反対側で、グランも私の食べ残しに平然と口にしていた。2人とも歯…いやこの場合顎か?丈夫だな。


「俺は基本食べ物に味を求めたことはない。奴隷に与えられるものなど、どんなものであっても不思議じゃないからな。食い物じゃないものを喰わせる主人も珍しくない。だから」


 グランは私を見下ろして目元を緩める。


「カエデに拾われて初めて、飯が美味いものだと知った。願わくば、詮無い奴隷の身である俺を、この先もずっと傍に侍らせてもらいたいものだが。捨てるときは、誰かにやるのではなく、お前の為に死ねる命令をくれると嬉しい」

「…奴隷ッテ、大変ナンダネ」


 結論として、この2人の味覚はやっぱり充てにならないのだと言うことだった。となると、獣人括りのアドルフさんの味覚もおかしいってことにはなるまいか?屋台はダメでも、食事処ならいけるんじゃないか?

 私の心に、小さな希望の灯がともった。


「おい、何か変なこと考えてるかもしれねぇけど、別に俺らは味覚がないわけじゃねぇかんな。美味いか美味くないかは分かるって言ってんだろ。他の食い物でもお前が不味いのは変わんねぇって」

「でも、ウォルフは食事処で食べたことないんでしょ」

「そりゃないけど、そう変わるかよ」

「分かんないよ。どっか奇跡的に美味しい店があるかもしれないじゃん」


 こうして意気揚々と門を叩いた、この街の住人・冒険者たちにリサーチしまくって確認した街一番の食事処兼宿屋『鉄の弓』で、私は部屋に戻って撃沈していた。此処をすすめてくれたクリスさん一押しも頼んでみたさ。でも駄目だった。全てが終わった。私のこの世界にいる意味はもう皆無と言って過言ではない。


「だから言ったろ、そう変わんねぇって」

「もしもの大どんでん返しがあることを願って何が悪い!人の夢と書いて、儚いと読むんだよ。誰だよこんな不吉なフラグ文字にした奴」

「いや、言ってる意味分かんねぇ。ヒューマンの夢って書いても、ヒューマンの夢だろう」


 漢字を知らぬ外国人に分かってもらえなっくても結構だ。今私は気が立ってる。


「大体、何でこんな塩っ辛いの?何、何か塩に恨みでもある訳?」

「塩は、一番手に入りやすい素材だからな」

「ベージ(コショウ)は?」

「あれは、魔物撃退の薬に使われる。カエデのように食材として使うヒューマンは初めて見た」


 ならどうしろと言うのか?テロを起こせと?飯テロを起こせと言ってんのか、責任者。私にパイオニアになれと!?


「………よし分かった。明日は布と金物屋さんに行って、少し色々見て歩く」


 ヒートした思考を深呼吸して落ちつけて、私は明日の予定を組んだ。テロリズムにしろ、パシフィズムにしろ、善悪関係なく世界を変えようって人間は、熱意と信念と気力がいる。


問:私に、熱意はあるか?

答:私の辞書に、そんなもんねぇ!


問:私に、信念はあるか?

答;それは、美味しいですか?


問:私に、気力はあるか?

答;(=^▽^)σウケる〜


結論:もう夢は見ず、食材を探そう。今こそ、専門学校1年ちょっと通った本領を発揮する時だ。眠れる才能を、呼び覚ます時が今!基礎の基礎がやっと終わったばかりの私だけど。もうほんと、全部どうでも良くなった。材料探して、どっかに引き篭もろう。


 私は体育座りして未来を描いた。ジメジメさせつつ心の進路志望を書いた。


「では、どこか住みやすい巣を作ろう。俺がずっとカエデの傍にいれば、食材に困らせることはないしな」


 ブツブツ口に出ていたらしい、私の未来計画に反対どころか前のめりに賛同するグランを見て、私は白紙撤回した。


「やっぱ、諦めずグルメ探しする」


 こんなのと2人っきりは嫌だ。顔はいいけど、なんかヤンでる男と2人っきりは嫌だ。巣って言ったもん。巣ってなんだよ。竜人だからか?本能竜に近いからか?なんか囲い込まれそうで、故郷の母ちゃんがその男は止めときなさいって言ってる気がする。


■ カエデ ヤマシナ (6) Lv.8 女 ヒューマン

 HP 90/90  MP ∞  SPEED 7

 ジョブ:チャイルド

魔法属性:全属性 『上級魔法 Lv.100』『身体強化魔法 Lv.3』『治癒魔法(ヒール)Lv.100』『回復魔法(キュア) Lv.100』『完全治癒(リディカルキュア) Lv.100』『付与魔法 Lv.10』『特級火魔法 Lv.1』『古代闇魔法 Lv.I』

 スキル:『探索(サーチ) Lv34』『審眼(ジャッジアイ)Lv.27』『隠密 Lv.3』『逃走 Lv.4』『狩人 Lv.10』『スルー Lv.999』『万能保管庫(マルチアーカイブ)Lv.1』『ユニーク:絶対防御』

 状態:『若返り』『闘神の加護』

 称号:『異世界人』『怠け者』『食道楽』『料理人』『破壊魔候補』『自己至上主義者』

 アイテム:奴隷[竜人:グラディオス]

      所持金 56,757,650ユール


■グラディオス (179) Lv.326 男 竜人

 HP 1,600/1,690  MP 2,180/2,690  SPEED 299

 ジョブ:戦闘奴隷〔契約主:カエデ・ヤマナシ〕

 魔法属性:闇・風・火属性 『古代闇魔法 Lv.X』 『上級風魔法 Lv.100』『特級火魔法 Lv.45』

 スキル:『隠密 Lv.89』『剣術 Lv.97』『体術 Lv.100』『暗殺術 Lv.60』『従僕スキル Lv.80』

 称号:『紫黒の死神』『始祖竜の末裔』


■ウォルフ:(9)Lv.13 男 獣人(狼属)

HP 120/125 MP 39/39 SPEED 194

ジョブ:孤児

魔法属性: 火・無属性『身体強化魔法Lv7』

スキル:『追跡術 Lv5』『噛千切 Lv5』『掻爬 Lv7』

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