閑話:誓い/ side W


 俺は冒険者をやっていた狼獣人の両親のもとに生まれて、各地を点々としてきた。俺が5つになるとき、トラヴァルタの王都でのクエストで、父さんたちは帰ってこなかった。何でかなんて、今よりガキの俺には分からなかった。預けられた孤児院は、スラムと変わんねぇ環境だったけど、雨風しのげるだけましってくらいだった。けど、ヒューマンが多いこの国では、身寄りのない獣人のガキは他の奴らより生きにくい環境だったのは間違いねぇ。メシを盗られるのは当たり前、残飯漁って泥水をすすって、いつ売られるとも分からねぇ毎日を送ってた。ま、他のヒューマンのガキどもも結局売られていくのは変わんねぇけど。

 同じ死ぬでも、トラヴェルタはねぇだろって何度死んだ父さんたちに恨言言ったことか。

 そして、ついにその日はやってきた。獣人差別が激しいくせに、外聞が悪いというへんちくりんな理由で、獣人を奴隷にする場合国外か辺境の奴隷商で登録するのだとかで、馬車に乗せられて王都から出た旅の途中。逃げようとチャンスを狙ってた俺はますます最悪なことに、山賊に襲われて捕まった。

 今度こそだめだなと諦めてた時、その変なヒューマンがやってきた。

 見た目ひ弱なガキで、殴ったら吹き飛びそうな女のくせに、泣きも喚きもしねぇで、そのくせ諦めきった絶望感もなく、何か違げぇことに落ち込んでやがった。状況分かってねぇバカなガキかとも思ってたけど、話してみたら年より大人びた受け答えが返って来て、とにかく変だった。魔法使えるくせに山賊なんかに捕まって、会った時からひょうひょうとして当たり前みたいに逃げ出すつもり満々で、それどころじゃないはずなのに心配すんのはまずメシのこと。

 頭が可笑しとしか思えない、変なガキ。…俺たち獣人にも、当たり前みてぇに他の奴らと変わらず手を差し伸べる、変なガキ。

 置いてかれるんだなと分かったときは、まぁそうだろうなと俺だって思った。だって、俺は獣人で、ガキで、弱くて、何の役にも立てねぇお荷物で。でも、何でか知んねぇけど、付いて行きてぇって諦めらんなくて。俺は魔物のうろつく森を走ってた。

 条件付きの同行に、それでもうれしくねぇ訳はなく。でも、礼を言うのも何かちがくて、何でか俺の我侭を当たり前みたいに受け入れてくれる母さんを思い出した。

 ただ、そいつはやっぱり変なヤツだった。俺は一応5つまでは冒険者の両親に同行していたから分かる。こいつは、異常だ。

普通、装備も何も揃えてない状況で街道を行かない旅なんて自殺行為だし、3人なんて少人数で長期で潜れるはずもない。3日ともたずに死ぬのが関の山だ。なのに、死神にだっこされて体力がないひ弱なそいつは、時々虚空を見たと思ったら平然と進路を逸れるし。鼻も耳も俺らより劣るヒューマンのくせに、魔物に一早く気づき誘導までしやがるし。異常な威力の魔法を平然と使うし。旅には普通必須品の水の魔石、水属性持ってねぇ奴等には言うまでもなく、属性持ちのヤツでも魔力温存のために携帯しとくのが当たり前のそれを持ってねぇのに、水辺が何処にあんのかも分からねぇ森の中、水魔法で水をどばどばと使う。飯もーー元々まともなもん食べたことはねぇけど、何か異常に美味いし、料理中も惜しみなく魔法使いやがる。夜は夜で、寒いはずの気温を調整して結界まで張る。その魔力量を考えると、本気で異常だった。


「お前、魔力枯渇しねぇの?」

「しないねぇ、今んとこ。だから、心配せずに2人ともさっさと寝な。これ壊されたとしても、グランなら攻撃防ぐか逃げるくらいの間は稼げるでしょ?」

「それはそうなんだが…。野外で見張りを置かずに寝るというのは…どうにも」


 当たり前に渋る俺たちに、そいつ――カエデはめんどくさそうに寝転がって半分閉じた目で睨んできた。


「四の五の言わない。男だろ。覚悟決めろよ。一度分かれば、楽んなるって。体力勝負だろうが、こういうんは」

「おっさん臭いこと言ってんなよ。常識的に考えろよ。どこの世界に、魔物のうろつく森の中で、見張りもなく寝れるヤツがいんだよ」

「ここ。大体この3日、寝惚けて結界切らしたことあった?強度弱くなった?魔物の襲撃、2度あった訳だけど破られたことはあったんか?」

「ねぇけど」

「いい加減、無駄に夜更かししてないで、君らも寝なさい。性能は分かったでしょ。私も死にたくはないから、無理だったら無理だって言うし。私を信用しろなんて言わない。寧ろ言えない。私は適当な人間だ。絶対言ったことを信用するな」

「どっちなんだよ」

「とにかく、こんなかっこ悪い見栄は張んないから。できないもんは、できんと言う!私は、気力も、やる気も、意欲もない!!」


 きっぱりと断言してる内容は、威張って言うことでもねぇだろと思わんでもない。でもまぁ、こいつは食に関すること以外は確かに、今まで怠惰だった。そんなやる気のないこいつが、できもしないことをできると言って頑張る姿が想像できず、それもそうだなった思ってしまった。


「しかし・・・」


 それでも渋る死神に、カエデはもうほぼ夢の中に入ってそうな顔で、手を伸ばした。


「寝れ!今なら、私の人間敷布団になることを許そう」

「すぐ寝よう」

「…」


 眠るときは基本接近禁止令が出ている死神が、その一言で俺の動体視力でも追えない速さでカエデを抱き込んだ。

 ちょっと、それでいいのかとも思わないでもなかったが、結局その日から夜は見張りなしで眠りにつくようになった。

 …伸ばされた手を、取りそうになった俺も如何なんだって思ったのは、死神にも黙ってよう。


「ウォルフと言ったな」

「…うっす」


 カエデが完全に寝静まったある夜、死神が唐突に話しかけてきた。


「カエデの魔力の件…いや、カエデについての全てにおいて、他人に話したら俺はお前を殺すと思え。カエデは優しく慈悲深いが年相応に不用心が過ぎる。奴隷契約もなされていないお前に、曝け出し過ぎているが、それは偏にカエデがお前の同行を許したからに過ぎない。お前の同行によってカエデが不自由を強いられるなど許されざる愚だからこそ、俺も何も言わない。だが、俺はお前を信用しないし、信頼しない。俺の主が望むからこそ許容しているのであり、お前の言動でカエデに害が及ぶのならば、俺はお前を躊躇いなく排除する」

「わ、分かってる」


 そんなことは分かってるし、俺だって誰にも言うつもりはないのに。今更なんだと、俺は顔を顰めた。


「お前に一つ、契約魔法を刻む」


 そう言って、訳分かんねぇ魔法詠唱を呟き現れた魔法陣が、俺の心臓に刻まれた。


「≪カエデの情報を故意に流さず、カエデの不利益を故意に望まず、カエデの望まぬことを為さないと、ここに誓え》。名に宣言しろ」

「俺は…原初の狼 ウォルファルゴの神に 俺ウォルフはカエデの情報を故意に流さず、カエデの不利益を故意に望まず、カエデの望まぬことを為さないと誓う」


熱も痛みもない光が消えると、模様が定着した。


「その誓いを破れば、お前の心臓は止まる」

「分かってる。別に、問題ねぇし」


 刻まれた魔法陣は、あれほど嫌だった奴隷紋より緻密で複雑で、でもどこか誇らしいと思った。だから、強くなろうと誓ったんだ。

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