第3話 囚われの身

 私は今、世知辛い世の条理について嘆いている。

 異世界トリップ、若返り、魔物と鬼ごっこ、と来て・・・拉致監禁。


――ムリゲーでしょ。何この豪華フルコース?お腹いっぱい胸いっぱいだよ。前菜からして既に消化不良で胸焼けだよ。


 実際、あれから小説の世界でしかないだろって思ってた袋詰め体験して、三半規管揺さぶられるわ、何日も風呂に入ってないだろうおっさんの体臭だわで、食い切った肉リバースしそうになったよ。

まだ胃にいたウサギちゃん召還しそうになったよ。もしそうなったら、ずた袋の中で私かわいそうなことになってたさ。下味される唐揚げの気持ちを理解する日が来るかと思ったわ、マジで。それだけは何が何でも避けたかったから頑張ったさ。乙女として失ってはいけないものを守り抜いた自分を、称賛したい。


――よくやった。私。


 気を失っていたらしく、固すぎて痛い石の上で目を覚まして横たわったまま、ぼぉっとする頭で回想した私は、まず絶賛自画自賛して少し冷静さを取り戻した。

 起き上がれる気がしない現状、視線だけで見える状況から言えば・・・むっちゃ牢屋だった。薄暗くてジメジメした洞窟に、鉄格子がはめ込まれている。そう、this is the ろうや‼


「ないわー。マジないわーこれ」


 弱弱しいながら声が出るけど、もうほんと泣きたい。が、私は何故か昔から泣くべきところで泣けない損な性格をしている。やせ我慢とかではなく。ほんと、何度自分で自分を嘆いたか・・・まぁ今はそんなことどうでもいい。


――ぬかった。食事中にこそ結界が必要だったじゃん、私。ご飯のことばっか考えて身の安全確保しないでどうするよ、私。


 自分の詰めの甘さが惜しまれる。目の前にぶら下げられたニンジン(飯)に気を取られ、その他を疎かにする悪い癖が嘆かれる。

 そして、まだ人間相手に攻撃魔法を繰り出せないヘタレが辿った道が今ここに・・・。


――まぁ、犯罪者相手に下手に抵抗するのも愚策か?


 気を取り直したところで、私の内心の啜り泣きが暗闇に響く。


 グスッ。グスッ。


 ほら、鼻水が・・・?

 鼻の穴を手で触れる。いや、鼻くそほじろうとか思ってないよ。鼻水出てないかの確認だからね。うん、ドライだね。ウェッティーな感じじゃないね。


 グスッ


 さっきの鼻をすする音は幻聴ではないらしい。しかも音は複数だ。

 そっと気配を探れば、すぐ近くの暗がりに何かいた。視線を投げれば、蹲る複数の影。ほぼ子供で、何故か一人だけ成人の男の人が倒れている。

 格子の外に気配がないところをみると、どうやらここは子供を攫って監禁しておく牢屋らしい。

 ゆっくり起き上がると、変な関節が痛むけど何とか起き上がれる。目を閉じて集中すれば、脈動とは違う何かが動いてじんわりと痛みが和らぐのを感じる。多分これが魔力というものなんだろうなと、感覚で理解する。



 ほっと息を吐いて周囲を見渡せば、松明の明かりがゆき届かない牢屋内には数人の虜囚がいた。起き上がった私の気配に目を向けたのは、3人。その他は膝を抱えて震えながら泣いている子が2人と・・・。


「ちょ!?大丈夫、君?」


 思わず声を出して急いで近寄り、反射的に込み上げる胃酸を抑えるように、口に手を当て絶句した

 壁に凭れて足を投げ出し気を失っているのかと思った一番長身の影は、暗がりでみても酷い有様だった。というか、物凄くグロかった。

 顔に殴られた痕とかそういうレベルではなく、顔の右半分が爛れて、左側面も刃物で切られているような傷があう上、右肘から下がない。そしてその顔色も、白いとか土気色とかではなく、毒々しい黒紫色で息が早い。生きているのが不思議な程の体に、無意識に後退る。


「なに・・・これ」


 平和ボケした純日本人には刺激が強すぎて、手当するとかそんな勇気は出ないレベルの怪我だった。


「静かにしろよ。あいつらが来ちまうだろ」


 傍で小さく呟く声に振り向くと、9歳くらいの男の子が座っていた。その頭には、ケモ耳がある。こんな状況じゃなかったら、触らせてくださいと直訴したいくらい可愛らしいそれも、今は恐怖でしかない。

 朝からの非現実も命の危機は確かにあったけど、現状のこれとはまた違った非現実性があった。でもこれは、何だか今更ここが命を脅かされる現実で、私の知らない世界なんだと突き付けられて、足元がぐらつくほどの怖さを覚えた。


「でも、これ・・・」


 あいつらと言うのは多分、あのくっさいおっさんだろうと分かるけど、“はいそうですね”と放って置くことができる程、非情になれない日本人の思いやり精神。

 戸惑う私に、囁くように男の子が続ける。


「呪い(バッド・スペル)だよ」


「バッド・スペル?」


 意味の呑み込めない私の問いに、子供は地面に向けていた視線を上げた。その目は、猫みたいに暗がりに光っている。


「何かの呪いでそうなってんだろ。もう助からない。死なないけど、ずっとそのままだぜ、きっと」


 抑揚のない呟きに、誰かが「ひぃっ」と声を殺して泣く声音が聞こえる。


「そんな・・・。でも呪いなら、解呪とかの魔法を使えば」


「奴隷にそんな手間かける物好きいねぇよ。まぁそいつは竜人族だから、ついてればお貴族様に買われて、新しい主人が解呪してやるかもしれねぇけど。戦闘奴隷じゃ、どっち道使い捨ての盾にされて死んじまうのが落ちさ」


「奴隷って・・・マジここほんとヤダ」


 今回は本気で泣きが入った声になる。だって・・・奴隷って。


「どうせお前も、奴隷として売られちまうけどな」


「・・・・・・・・・・・・・・マジか」


 言われて気づく。だよねぇってベタな展開だということに。

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