声を聞く夜はおそろしい

目々

早く寝でまれもっこ来らね

 叔父さん怖い話ないのって、お盆にそういうこと聞いちゃうのかお前。風物詩ったらそうだけど、よくない方のやつじゃないかそれ。


 つうか寝なさいよ。もう十一時近いんだから、健全な高校生は寝る時間でしょうが。ご両親兄さんたちはもう二階上がっちゃったんじゃないの……あ、お前別部屋もらったのか。そりゃ高校生にもなって親と同じ部屋が嫌だってのは分かるから別にいいけどさ。だから夜更かしを誰も止めないってのはこう、駄目だろ。

 子供は早く寝た方がいいと思うよ、おじさんはさ。寝ないと背ぇ伸びないぞ。寝ても限度はあるけど。誰だって限界ってものがあるからね、しょうがない。

 子供扱いするなったって、実際未成年だもの。そこは事実だろ十七歳。どうせ年なんてどんな馬鹿でも生きてりゃ取るし、二十超えたら嫌でも全部自分のせいだ。未成年のうちくらいだぞ、色んなこと人のせいにできるの。成長期の特権だよ。成長できるって思ってもらえる時期なんて、人間そんなに長くないぞ。


 久々に会ったからまだ寝たくないって、そんなん言われてもな。

 そりゃお前と顔合わせんのこの時期ぐらいしかないからね、お前だってこっち来るの夏と冬ぐらいだし。俺だって普段は自分のアパートにいるけどさ。それでも県内だからお前よか頻度があるよ、季節ごとぐらいには顔見せてるし。一人暮らしの方がもう馴染んじゃってるから、こういうの正直言えば面倒ごとに割り振っちゃうしな。お前や兄さんに会えるのはあれだ、甲斐があるけど。


 怖い話ったってなあ。久々に会った甥っ子にそんなんねだられるのはな、考えてなかったよ。


 そういやお前小さい頃からそういうの好きだったね。それは覚えてるよ、地元の寺で地獄絵見られるって父さんに連れてけってせがんで、帰ってきたら夜寝るの怖いって駄々こねてさ。俺どうせ夜中まで起きてるからって面倒見たからよく覚えてる。嫌だよ俺また怖くて寝らんないとか言われんの。大丈夫ってそれ信じていいやつ? 俺も高校生ですって、年食ったぐらいで人間そうそう変わんないもんだけどな。


 じゃあ、あれだ。しばらく相手してやるから、十二時になったらもう何でも二階上がって寝なさい。約束できるな? 俺はあれだよ、映画観るからまだ起きてる。だって大人だもの。いいんだよちゃんと明日の朝起きられるんなら何時まで起きてても。個人の裁量だよ。


 とりあえずそういう話で俺が小さい頃聞いてたのってあれだな、ぶら下がるやつばっかりでさ。俺の父さんお前の爺ちゃんが教員だったからさ、色んなとこふらふらするし地域との交流がどうこう、みたいなのでそういう話聞いてくる機会が結構あったんだよ。本人そういうの全然信じてなかったけど。

 爺ちゃんからの話だとあれだな、が下がるから夜になったら通らない方がいい、みたいな道がね、勤め先の近くにあったのは聞いたな。

 いじこ、分かる? こう……子供をしまっておくやつ。藁のゆりかごだっけ。曾婆ちゃんあたりなら使ってたんじゃないかな。俺や兄さんは使ったことない。それがぶら下がってどうなるんですかったら、びっくりする。赤かったり赤ん坊の声がしたり呻き声がしたりするってのはあるけど、それだけ。でも夜道でそんなもんに行き遭ったらまあ、嫌だよな。俺は嫌だ。多分走って逃げる。


 あとはそうだな、学校の怖い話みたいなやつで、よく学校の元地が墓場って因縁が出てくるやつあるだろ。俺が聞いたのはあれだ、学校に幽霊とか生首とか結構出るから何でだろうって調べたら、学校周りの松の木に明治の頃まで罪人吊るして処刑してたって由来が出てきたやつがある。比較的独創性があるほうだと思わない? そんなとこで差つけてどうすんだって話だけど。

 処刑場って物騒ですねって言われたらそうなんだけど、処刑はほら、司法じゃん。そういうのなしでもなんか……そこそこ物騒な話が多いんだよ。

 飢饉ケガズで飯盗んだ女を蹴倒して散々立てないくらいに殴りつけてから、裏庭から竹伐り出してきて竹槍の要領でぶっすりとかさ。思い切りがいい。それ以外の感想がこう、俺には出せない。しかもそうやって刺してから池にも沈めてる。徹底してる。

 この辺はほら、地域研究みたいなやつで本読めば分かるんだよ。結構出てるよその手のやつ。俺の生まれる前だけど、暴動とか斬首刑とか。何かねえ、こんな僻地でも意外と派手なことが起きてるもんだよ。


 もうちょっと他にないかったら……民話かな。生々しくないやつってことだろ? 暴動と抗争だとベクトルが違うもんな。


 民話っていうとほのぼの感出るけど、コボレダジャーとか別にほのぼのしてないからな。

 コボレダジャーのバケモノはあれだ、雨の夜に変な声出しながら外うろうろしてるやつがいて、たまに人とか攫うんだよ。んで村の若者がなんだあれって追っかけて頭割ったら銭が沢山出てきたみたいな話。オチは幸せかもしれないけど普通に怖い話だと思うよ。雨じとじと降ってる夜に、コボレダジャーがヒコピカラみたいなこと言いながらうろつくやつがいるっての、嫌だろ。窓の外からそんなん聞こえてきてみろよ、普通なら頭割りになんていけないぞ。

 俺最近住んでるアパートで寝てたら、近くをうちのアパート名呼びながら歩いてるやつとかいて怖かったもん。何ですかそれって知らない。怖かった。警察呼んでいいかどうか分かんなかったから、部屋の鍵確認してずっと録画したドラマ見てた。一時間ぐらいしたら聞こえなくなったけど、嫌だったな。


 何、こんだけ話してまだ足りないの──あ?

 土地の誰かの話こういうのじゃなくて、が聞きたいのか。


 体験談ってさあ、俺そういうの分かんないぞ。心霊写真とか全然気づかないひとだし。大学行ってた時に住んでたアパートで三人ぐらい死んでたらしいけど、そっちも全然気づかなかったし。いやお化けとかじゃなくて、普通に死んでるってのに気づかなかった。別の階だったし、別に家賃も安くなんなかったしね。壁薄めのくせに駅近だからってそれなりに取られてたもの。どのくらい薄いかったらあれよ、隣の部屋からずーっと目覚ましの音聞こえたりさ。サークルの旅行から帰ってきたら静かになってた。死んだか引っ越したかのどっちかだと思う。今更どっちでもいいけど。


 じゃあ、まあ、あれだ。すごくシンプルな話でいいならあるけどさ。あるよ。三十年以上生きてんだから一つくらいはあるよ。一つしかないけど。


 俺が高校生のときの話。十二月ぐらいだったかな、冬の盛りの時期だったんだけど、文集とかの作業で学校に長居したら帰りが結構遅くなったことがあったの。

 学校出たのが七時過ぎだったかな。これ逃したらもう終電まで電車ないぞっていうやつになんとか間に合ったけど、最寄り駅に着いたときには八時回ってて、もう真っ暗だった。おまけに地吹雪でさ。電車も乗ってるやつ俺と四五人しかいなかったけど、駅前なのに人どころか車もいないの。駅前なのに。

 だけどまあ、親迎えに来てくれるわけもなくてね。しょうがないからいつもと同じように、歩いて帰ったんだよ。


 駅から国道に出るまでがさ、まっすぐだけどまっ暗い道でさ。なんせ周りに畑ばっかりなんだもの。たまに美容室とかスナックもあるけど、基本的には真っ暗。ひと気どころか照明が点いてない。田舎だもの。店なんか八時回ったらあらかた閉まるよ。地吹雪なら尚更ね。


 で、帰りたいからさ、歩道をざくざく歩くわけだ。お前が考えてるほどはしんどくない。雪道歩き慣れてはいるからね、たまに凍ったところに雪積もったのを踏んで滑るようなところもあったけど、それだって気をつけておけば派手に転ぶようなこともない。


 寒いとか暗いとかそういうこと考えないようにして、足元だけ見て歩いてた。

 びゅうびゅう風の吹くのと、俺が雪踏む音だけ聞こえてさ。顔上げらんないの、雪当たると痛いから。雪ったって氷の粒だもの、ばちばちって音立てて当たるよ。風も顔しばれてまるしね。


 そうやってしばらく歩いた。寒いし腹減ったしでつくづくこんなとこ住むもんじゃねえなとかそういうことを考えて、それでも歩かないと帰れないから足だけざくざく動かしてた。

 自分と雪以外の音がした気がして、ふっと前を見た。

 俺より少し背丈があるくらいの、真っ黒いダウンを着てるやつ。雪と夜のせいで、性別とかその辺は分かんなかった。そいつが、俺の少し前を歩いてた。


 いつの間にいたんだろう、とは思ったけどな。なんせ俺も下ばっかり見てたわけだし、途中でその辺の横道から出てきたんだろうなくらいに思ってた。周り畑とはいえ、たまに作業してる人とか様子見にくるような人もいるからね。あとはまあ、密度が低いけど民家もあるし。

 一瞬安心した。けどすぐ嫌だなって思った。

 そいつ、ぶつぶつ何か喋ってんだよね。最初は吹雪に紛れて聞こえなかったけど、俺が距離詰めたら違う音がしてるって気づいてさ。ぶつぶつぶつぶつ、延々と小声で何か言ってる。

 どうしようかな、ちょっとおかしいまいねんた人だったら最悪俺殺されるまであるかもしんないなとか考えた。すぐ逃げたかったけど、そんなんしたら勘づいたのに気づかれるなって踏み止まった。そういうのが逆上したら何されるかとか想像したくないじゃん。怖えなって。助けを求めるにも唯一の民家ポイント過ぎちゃってたから、もう畑と水路しかない。国道出ればなんとかなるけど、そのためにはこいつを追い抜かないといけない。無理だろ。背後を取られるの、最悪じゃん。


 そうやって、追い抜けないし逃げられないって状況で、どうにかぎくぎく歩いてたんだけど──後ろからもぽそぽそ声が聞こえてきたんだよね。


 泣きたくなったけど、それどころじゃないなって気づいた。これヤバいんじゃないかな、嫌な状況だなって。

 嫌の種類が変わった感じがした、って言ったほうが正確かね。さっきまではこう、変質者で物理的被害への恐怖だったけど、今回のはどっちかとういうとさ、お化けとかそういう方向のやつじゃないかって考えちゃったから。

 いつの間に、ってのもあるけど、この時間にこんな道を通るやつがこんなにいるわけないなってのが大きかった。晴れてる日だって夕方過ぎたら人を見ないのに、こんな地吹雪の夜に示し合わせたように二人も出てくるのはさ、偶然でも意図があっても嫌だろ。


 そう気づいた途端、足音が一気に増えた。前後どころじゃなくって、それこそ取り囲まれてるみたいな具合に、足音がざくざくざくざく聞こえてきた。

 ──運動会の行進みたいだな。

 そんな呑気なことを考えたとき、


なンもみぐせはんでみねでけろじゃ見苦しいから見ないでくれよ


 耳元のすぐ近くから声がして、べたっと頬に生温いものが触れた。手だと思った。


 わってなって足止めて、鞄ぶんぶん振り回してから周りを見た。

 人なんか誰もいなかった。あれだけ足音してたのに、俺の前を歩いてたのに、後ろをついてきてたのに、誰もどこにも見当たらなかった。

 ただただ雪が暗い夜にびゅうびゅう吹いてた。


 そんでまあ、できる限り走って家に帰った。二回転んだ。びしゃびしゃになってたからすぐ風呂入らされて、夕飯食べたよ。白子の味噌汁だったから嬉しかった。


 それからどうなったって、そんだけ。俺は無事に家に帰れたし、その後も吹雪の中で道歩いたりはしたけど、何もない。一回だけだったし、俺に心当たりもなかったしね。真面目に生きてるもの。恨みとかできるだけ買わないようにこう、地味に生きてるから、おじさん。


 理由っぽいものって言われてもな。一応ねえ、そこの溝で死んではいるよ。冬にね、落ちて。詳しくは聞いてないけど、凍死みたいなもんじゃないの。寒いと人って死んじゃうから。

 まあね、それで納得するかったら微妙な話だよな。そもそも数がさ、多いじゃん。俺が聞いた足音、結構な人数っぽかったし。さすがにそんなに溝で死んでない。じゃあ溝以外のやつ、あいつらどっから来たんだよみたいな話じゃん。


 あとさ、人死んだぐらいでそんなことになるかってのが分かんないだろ。


 因縁とか怨念ったってさ、そんなんになるほどこう……独自性がないんだよ。そもそも人死にってそんなに珍しくないから。大体の人それなりに恨みつらみって持ってない? 珍しくもない気がするんだよね。俺だって色々あるよ。俺が本を予約して、承りましたってんで発売日に行ったらそんな予約受付けてないって言った地元の本屋のことまだ恨んでる。潰れたけど許す気ないもの。元店主生きてるから尚更。

 それにさ、その辺でも人死んでるだろ。当たり前だけど、溝に落ちた以外でも人は死んでるじゃん。この辺の近所だってあれだ、うちの二軒横の婆様年末に溶けちゃってさ、でも普通に息子夫婦が越してきて住んでる。お前もその家見たろ、暇だってスーパーにアイス買いに行ったときに通りがかったから。そうあのバス停のすぐそばのデカい家。

 でもそこの婆様が化けて出たとかそういう話は聞かない。失礼じゃんそんなの。一応遠くで血が繋がってるしさ、うちと。この辺みんなそうだよ。名字三種類ぐらいしかない。


 だからまあ、あれだよな。位置情報っていうか、ってのはそんなに大事じゃなかったんだろうな。たまたまそういう溝が横にあったってだけで、どっちかといえば雪の方が本命なんじゃないかなって思ってる。つまり吹雪の中でならいつでもああいうのに遭うんだと思う。雪すごいから、ここ。


 とりあえず俺の話はこんなもんだ。ほら十一時半過ぎた、寝なさい。約束したろ。

 何でそういう顔をするんだ。知らないよ俺、一人で寝なさい。この暑いのに何が悲しくて高校生の甥と同じ部屋で寝なきゃなんないんだ。そもそもお前、家族と雑魚寝すんのが嫌だってあの和室割り振ってもらったんだろうに。別にあの部屋で人死んでないから安心しろよ。爺ちゃんぶっ倒れたの、そこの台所だから──何それも駄目なの? しょうがないだろ古い家なんだから。大体どっかしらで何かあるけど気にしてたらどうにもならないぞ。そもそも今更だろうに。


 夏なんだから大丈夫だよ。降ったって雨だ。コボレダジャーは出るかもしれないけどな、あれは外出なきゃ身の安全は確保されるから。かち割って銭取ってきてくれるってんなら止めないけどね。俺は嫌だよ。怖いもの。

 だから言ったろ、子供は早く寝なさいって。夜ってのは、怖いんだから。

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