第35話

「ダンジョン」監視小屋での業務を終わらせた江崎 零士は、

 この『世界線』での 勤務先である『日本探索者協会』へ向かっていた

 都心から少し離れた場所に建っているその建物は、ビルやコンビニが

 立ち並ぶ中に埋もれる様に存在している

 大通りに面しており周りはオフィスビルに銀行などの店舗が並ぶが、

 駅に近いという事もあり人通りは多く、歩道には様々な人が行き交っている

 彼がいた『世界線』では、そこには『手野グループ』のビルと

 手野デパート、その他3つほどの会社が林立していた


 だが、この『世界線』では『手野グループ』の『日本探索者協会』の

 建物しか見当たらない

 江崎は日本探索者協会の建物前に来ると、自動ドアを通り抜ける

 そこは広く天井が高い空間が広がっていた

 広い空間には受付や掲示板などが設置され、また、2階部分まで

 吹き抜けになっており 1階の様子が一望できる



 彼は『日本探索者協会社員証』を受付のカウンターにいる

 女性職員に 見せると、女性がパソコンを操作して、

『日本索者協会社員専用』と書かれた入館証を渡してくる

 江崎は軽く頭を下げつつ入館証を受け取るとそれを首に提げて、

 探索者協会二階のオフィスへ 向かうために階段を上がる

 1階の様子は、2階からでも十分に観察できる

 江崎はそのまま上がっていき、従業員用の扉を通り抜けて

 1つの部屋に入っていく

 2階にあるこのオフィスには、すでに出勤している社員達が

 忙しそうに働いている

 江崎は簡単に挨拶をすませると、自身のデスクへと腰掛けた

(・・・元の『世界線』の営業部でも、これほど活気がある

 オフィスは無かったな)

 江崎は、そう小さく呟いた

 彼はまだ20代後半の若輩者であり、キャリアも浅く

 営業成績がとても良いわけでも 悪いわけでもない


 そんな平凡な人物が、何の因果か別の『世界線』へと何の前触れもなく

『転移』した

 それからの現状は正直驚きの連続だ

 もし元の『世界線』に何の波乱もなければ、新卒から数年間は

 様々な部署で経験を積んでいた事だろうが、

 現在のいるこの『世界線』では状況が違っていた

 はっきり言ってこの『世界線』にいた彼と比べると雲泥の差である

 元の『世界線』の江崎にはキャリアもなく、現場経験もない

 だが、この『世界線』に元々いた『江崎』はどうやらかなり

 優秀な人物だった様なのだが、順風満帆な社会人生活・・・

 とはほど遠いまるでハリウッド映画やスパイ小説の様な 社会人生活を

 送っていた様だった


(・・・こんな『転移』なんて望んではいないんだが)

 江崎は改めてそう思いつつ、パソコンが起動しパスワードを入力する

 モニター画面が表示されたが、業務開始までもうあと数分だ

 1日の仕事内容の確認を行いつつ時計を見る

(この『世界線』では営業部の入っていたビルそのものが、ラノベなんかの

『探索協会』という名称に変わっているからなぁ)

 元の『世界線』では手野グループ系列のオフィスだったのが、

 この『世界線』では手野グループ系列の『日本探索者協会』本社ビル

 になっていた

 そして彼が務めている部署は、『日本探索者協会ダンジョン課』だ

 ぼんやりとそんな事を考えながら業務開始を待っていると、

 そのタイミングで オフィスの扉が開き、1人の上下共に黒のスーツ姿の

 男性社員が入ってきた


 同じ部署の先輩である男性社員、佐藤 正樹だ

 背丈は高く180センチほどで髪はやや長めで、

 年齢は三十代前半くらいで目鼻立ちは整っており、清潔感があり

 爽やかな印象ののイケメンだ

 少々痩せ型ではあるがスーツを着ると更に

 シュッと引き締まってみえる

 正樹はオフィスを見回し、江崎を見つけると

 笑顔を浮かべながら近づいてきた

(元の『世界線』の佐藤さんも営業関連については頼りにはなったけど、

 こちらの『世界線』の佐藤さんは、別の意味で頼りになったりするよなぁ)

 江崎は苦笑を漏らしつつ、そんな感想を持つ

 この『世界線』の佐藤は能力というか優秀さがエリートそのもので、

『日本探索者協会』の副協会長的な職に就いている



「何時もなら業務開始直前に滑り込み出勤なのに、

 最近は随分と早いじゃないか」

 佐藤が冗談混じりの口調で、そう江崎に話しかけた

「おはようございます(何時も・・・?)」

 佐藤の言葉に江崎は苦笑交じりに内心疑問を呟く

 その言葉の意味は、ここ数日の付き合いである

 江崎には何となく想像がつく

 この『世界線』にいた元々の『江崎 零士』は、どうやら主に

 ダンジョン関連で外回り営業をしていたらしく、

 日常的な業務は少々不慣れだった様子だ

 しかも、何かと先輩である佐藤 正樹や上司などには

 報連相などを怠っていたらしい

 それらの経験不足の状況を何とかする為なのか分からないが、

 日々新規開拓の営業活動にも赴いていた様なのだが・・・



「報告書は、分かっていると思うが包み隠さず全て提出する事だ」

 佐藤はそう江崎に念を押す様に伝えると、自身のデスクへと

 戻って行こうとする

「あ、佐藤さん

 何かあったのですか? 出勤したらいつも以上に活気というかなんというか」

 江崎はそんな佐藤に疑問を投げかける

 初めてこの『世界線』へ『転移』後に、勤務先へ出勤した時は

 淡々とダンジョン課の面々が業務を行っていた

 だが、今朝はなにやらあわただしく働いている

「〇〇市のダンジョン化している複数の『空き家』で、無許可の

 訪日観光探索者団体が侵入したと警察から報告が上がってきているんだ」

 佐藤は江崎に背を向けたままそう応えると、自分のデスクへと腰掛けた

 佐藤のデスクには大量の書類が積まれており、また資料と思しき書籍も

 何冊か 置かれている

 そんな山積みの書面等にさっと目を通し始めた

(何か、またさらっと新しい情報が入って来たな)

 江崎は内心でそんな事を思いつつ、パソコンのモニターに

 すかさず『空き家』と『ダンジョン』についての情報を検索する。

 その結果、江崎は嫌そうに眉を顰める事になった


 どうやら、ダンジョン化するのは草が生い茂っている放置田だけではなく、

 空き家や廃屋と言った人が住んでいない建物もダンジョン化する

 ケースがある様だった

 特に問題視されているのが、江崎がいた『世界線』でも

 社会問題になっている事でもある『空き家』だ

 江崎がいた『世界線』でも同じように、この『世界線』でも

 少子高齢化問題に代表されるように高齢化社会の影響で

 空き家率もあがっている

 この『世界線』では、いささか特殊で管理や修繕が困難な状況が進めば

 自然と『ダンジョン』化してしまう

 荒廃させダンジョン化にならないように法律と治安管理で

 対策がてられてはいるが、時間や手間、

 さらにはお金がかかりすぎるのでそのまま放置してダンジョン化になるのが

 現状の様だった

『それなら解体してしまえ』・・・そう考えたくなるが、この

『世界線』でダンジョン化した建物を取り壊して更地にした場合

 内部に棲み付くモンスターが暴走 する可能性があるらしく、解体撤去は

 不可能な様だった



 今のところダンジョン化している『空き家』や廃墟の周囲に柵を

 作って保護している様だ

『ダンジョン化進行中・『放置空き家』は全国で900万戸、その中で

『ダンジョン化・放置空き家』は37万戸にも及ぶらしい



(これも『日本探索者協会』が管理しているのか・・・。

 というよりこのダンジョン課の管轄なのか?)

 江崎はモニター画面でその情報を見て、思わず頭を抱えそうになる

 世界規模の流行り病の影響で訪日観光探索者規制を実施する以前では、

 都市部などにあるダンジョン化した空き家へ、無断に立ち入り侵入する

 訪日観光探索者が後を絶たなかったらしく、地元住民が不安を募らせて

 警察へ届け出た案件が幾つもあった様だ

 が、警察の人員や予算が足りない などの理由から軽微な事案として

 扱われていた様で半ば放置状態になっているらしい

 また市役所や各種役所も従来の業務が忙しく、訪日観光探索者の

 無断侵入対応などは後回しになっている様だ



(管理はダンジョン課が行っているみたいだが・・・

 このダンジョン課、人手足りているのか?)

 江崎はそんな事を思いつつも、業務開始まであと数分しかない事に気づいた

 パソコンのモニターに表示される業務開始時刻と、自身の時計を照らし合わせて席を立つと、朝の定時会議を行うために会議室へと移動する事にした

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