八尺バベル 肆


「ハァ、ハァ……ごめんなさい、見送りで遅れてしまって」


 八尺の里外れ、月灯りのない森の中で、数人の八尺バベルたちに里長・池野恋が合流した。自我不安の八尺バベルの見送り対応を行っている最中、突如外敵の気配を感じ、慌てて引き返してきたのである。


「池野さん、外をご覧ください」


 他の者に促され、池野が木々の合間から覗き見ると……そこには既に外敵と交戦している八尺バベルがいた。それは里に来てから1ヵ月しか経っていない、新米バベルであった。


「神戸くん!?」


「いけませんぞ、池野さま」


 彼女を制したのは、デッキビルダーの養老滝であった。


「神戸くんは八尺バベル歴が浅すぎる。あんな相手に敵うわけがないわ。みすみす封印されるのを黙って見ているわけには――」


「少年はあの退魔師と縁がある様子。さらに、この決闘には何かの兆しを感じまする。神戸少年にとって、壁を打ち破る切っ掛けになるやもしれぬ兆しが」


 養老滝は決して楽観的な人物ではない。それは八尺バベル以前からの付き合いである池野も把握している。その彼女が、ここまで言うのだ。この決闘には自分たちが手出しできないなにかがある。そう養老滝は語っていた。池野はいくつかの反論を思い付いたが、いずれも養老滝の意思を覆すほどではないと感じた。


「……わかったわ。しばらく様子を見ましょう。念のため、ここにいない八尺たちは避難させておいて」


「既に手配中です。池野さん」


 池野は決闘テーブルに座る神戸の後ろ姿を見た。かつて、自分を破った男の子。たとえ運勝ちだったとしても、たとえ己が八尺バベルとなって本来の力が出せない状況だったとしても、それでもあの少年に、池野自身もなにか特別なセンスを感じていた。


 願わくば、その力でこの決闘を逃れてほしい。池野はただ、神戸の戦う姿を見守ることしかできなかった……。




◇ ◇ ◇




 退魔師・烏江大が使うのは【陰陽獣】デッキだ。陰と陽、二種類の獣を各ターン交互に出すことで巴の状態になり、その間に強力な能力を発揮できるめちゃくちゃ強いデッキだ。いまは先行4ターン目。これまでのターンで、大は順調に生物を展開し続けていた。さらに。


「僕は《陰獣 烏帽子》を召喚!」


 大が新たな生物を召喚した。前のターンに陽獣を出しているので、このターンも巴状態が維持される。


「烏帽子の効果、巴を維持しながら召喚に成功したとき、自分の場の陰陽獣の数だけドローする!」


 展開で減っていた手札を、大はすぐに補充した。陰陽獣デッキの黄金パターンだ。これが強すぎて、陰陽獣は登場後すぐに制限規制され、一般ヴァリサガバトラーは使えなくなった。だが、大は上級退魔師であり、超法規的措置として大会出場禁止と引き換えに制限カードの取り扱いが許可されている。大本人のプレイングスキルと相まって、正直かなり強い。


 一方……俺こと神戸悪魔は、生物をなかなか展開できずにいた。いわゆる手札事故だ。むかしの俺なら下級悪魔をすぐ並べられたが、10000枚以上のデッキを強いられるようになった今、下級の悪魔だけでデッキを構築することができず、大きくデッキバランスを見直すことになった。そんでもって、この結果だ。手札にあるのはコストが払えないカードや、使用条件に合致しないカードばかり。順調に展開を伸ばす烏江に対し、俺は圧倒的に不利だった。


「僕は陰陽獣たちでおまえに攻撃!!」


 大の一斉攻撃から身を守ってくれる生物たちは一体もいない。よって当然……


「ポポポポォーッ!!」


 俺の結界障壁ポイントに直接ダメージが入った! 次に同じようにダメージを喰らえば、確実に俺は負ける。


「もう後がないぞ、八尺。僕はこれでターン終了だ」


『俺の……ターン』


 この決闘の敗北はつまり、大に封印されることを意味していた。あいつは俺が俺だと気づかずに友達に手をかけてしまう。そして呪いに目をつけられ、今度はあいつも八尺バベルになっちまう……! それを食い止めるには、ここで逆転するしかない。今の手札に有効札がない以上、次のドローに賭けるしかなかった。


 おそるおそる、山札から次のカードをめくり、確認する。今引き当てたカード……それはまさに今欲しかったカードだった!


『俺は《逆転特攻隊長》を召喚!』


 俺の場に上級悪魔が召喚される。相手の場にだけ、しかも大量展開されているときだけ召喚できるつよい悪魔だ。


「やっと生物を呼んだか。確かに強力なカードのようだけど、一撃で僕を倒すこともできないし、壁にしたところで僕のすべての陰陽獣を受け止める事はできないよ」


 大の指摘はもっともだ。特攻隊長一人では焼石に水だ。だが、ずっと使えず手札にくすぶっていたカードが、これでようやく使えるようになった。俺は続けてカードを発動した。


『《悪魔の襲撃》!』


「……!」


 俺が使ったカードは、悪魔がいる時だけ発動できる呪文カード。その効果は、悪魔以外すべての生物を攻撃する全体除去だ!


「僕の陰陽獣たちが……」


 大の生物たちは展開力に優れる分、耐久力が低い。よって悪魔が放つ火炎によって一掃することができた。さっきとは逆に、大の場ががら空きとなった。


『いけ、逆転特攻隊長!』

 

 この好機を逃すわけにはいかない。隊長の高火力によって、大の結界障壁ポイントが大きく削られた。もう一撃まともに食らわせることができれば、俺は、勝てる……大に身長を押し付けるのと引き換えに。


「……やるね。腐っても怪異、一筋縄ではいかないか。」


 残りポイントが減ったにも関わらず、大は平然としている。退魔師のふだんの仕事で、一体どれだけ過酷な戦いをしているんだ。あいつにとって、今日の俺はせいぜい活きのいい低級怪異とかなのかもしれない。それでも負けるわけにはいかない。


 次の展開次第では……この決闘を終わらせられるかもしれない。それに賭けるしかない。おれは覚悟を決め、宣言した。


『……ターンエンド』




◆ ◇ ◇




「僕のターン」


 大はデッキの横に置かれたカードを手に取った。間違いない……アヴァターのカードだ!


「化身解放――《白黒双面はっこくそうめん》」


 おどろおどろしい仮面の描かれたアヴァター・カードが戦場に現れた。常に巴状態を維持し続ける、大のデッキとあまりに相性のいいアヴァター。大がこいつを召喚した決闘で負けたところを俺は一度も見たことがない。


「白黒双面が場に出たことで、僕は任意の陰陽獣を手札に加えるよ」


 大が必殺のカードを手札に加える。あのカードで俺を倒すつもりだろう。……だが、ここまでは想定通りだ。このタイミングでしか使えないカードが、相手がアヴァターが召喚したときにしか使えないカードが俺の手札にある。俺は高らかに呪文カードを掲げ、唱えた。


『《竜虎想博》!』


 厳しい使用条件の代わりに、自分のアヴァターをコストなしで呼び出すことができる超上級呪文カードだ。小学生のときの俺には手が出ないほどの高額カードだったが、八尺バベルの共有資産の中にあり、たまたまデッキに入れることができた。それが巡り巡って、この展開に繋がった。


『来い……《地獄の掃者 ガントリング》!』


 俺は自分のアヴァターを呼び出した。はじめてヴァリサガに触れたときから、今日までずっと……八尺バベルになってからもずっと傍にいてくれた、俺の化身だ。


「な、なんで……お前がそのアヴァターを……?」


 大が今日はじめて驚きの表情を見せた。当然だ。アヴァターカードはヴァリサガプレイヤー1人1人に配られた運命の札だ。神戸悪魔のガントリングは、決して他の誰かが持っていることはありえないし、俺が譲ったり、誰かが俺から奪ったりすることもできない。アヴァターとはそういうものなのだ。小学校でも習うことだ。


「なんで……なぜお前がガントリングを持っているんだ!? それは悪魔くんのだ!」


『分かってくれ、大! 俺だ。俺が神戸悪魔なんだ!』


 俺は喉が張り裂けるばかりの声で叫んだ。多分この声は『ポポポ』としか聞こえない。でも、俺がガントリングを使うことそのものが、俺が悪魔だと証明できる最大にして唯一の方法なんだ。後はお互いが投了の意思を示せば、無効試合にすることができる。頼む、大。気づいてくれ……!





「…………わかったよ」


 大は俯き、呟いた。良かった……! あとは投了するだけだ。俺はデッキの上に手を――


「どうやったのか知らないけど、お前が悪魔くんからアヴァターを奪ったんだな!!」


 大が顔を上げた。その両目には、なにか取り憑かれたような迫力があった。まさか、大入道のやつが介入しているのか……!?


「白黒双面の効果! 僕はこのカードを手札に加える」


 大が決闘を続行した。まずい。俺のガントリングは防御的な能力は一切持ってない。このターンをしのがないと……!


「《陰陽獣 満照核まんてこあ》を召喚!」


 おどろおどろしい大虎が場に出現した。満照核。巴状態でしか場に出せない、大のデッキの決戦兵器だ。


「満照核の効果。手札を1枚捨てて、《ガントリング》を破壊!」


 早速、その強力な力が振るわれた。たった1枚のコストでアヴァターだろうと破壊することができる能力。しかも、この効果は手札が続く限り何度でも使える……!


『対抗して手札から《逃げ回るデコイ兵》を唱える! 俺の場にデコイ兵たち4体を召喚!』


 幸い、有効な防御札があった。たったいま場に現れたデコイ兵たちは、他の生物が対象に選ばれなくする効果がある。先にデコイ兵が呼び出されたことで、今放たれた破壊効果は対象不適正で立ち消え……不発となる。


「チッ……だが、僕は残る手札4枚を使い、デコイ兵たちを破壊する」


 満照核が4発の破壊効果を同時に放った。デコイ兵たちは、互いに守り合う効果は持たない。よって今度こそ破壊され、俺の場からいなくなった。


『くっ!』


「いけ、満照核! 八尺様に攻撃!」


 今度は、狂暴な攻撃力でもって満照核が迫りくる。まともに喰らったら負け、ガントリングで守ってもアヴァターが破壊されたことにより敗北……つまり……!


「特攻隊長でブロック!」


 隊長と満照核が互いに攻撃をぶつけ合う。互いに貫通効果を持たないので、俺と大、両プレイヤーにはダメージ0。戦った生物たちは互いに致命的なダメージを受けたが……満照核にはもう一つの恐るべき能力がある。破壊されないという、シンプルにして絶対的な防御能力が。これにより逆転特攻隊長のみが一方的に破壊されてしまった。

「《地獄の掃者 ガントリング》……自分の手札を捨ててダメージを与える起動能力を持つアヴァター」


 俺の場に残った唯一のカード、ガントリングを見ながら大が言った。


「潤沢な手札が残っていれば脅威だけど、お前の手札は0枚。たとえ次の1枚を捨てたところで僕の結界障壁を削り切ることはできない。悪魔くんの切札は、お前には過ぎた代物だよ」


 大の言う事は真実だ。攻めまくってるときは詰めの一名、劣勢でも手札が余ってるときは逆転の一手。それがガントリングの役割だった。劣勢かつ手札がないこの状況かで、ガントリングが活きる手段はない……10000分の1の、ある1枚を除いて。


「最後のターンを足掻いてみろ。ターンエンド」


『俺の、ターン……』


 アヴァターを見せて分かり合う選択肢が、完全に潰えてしまった。後はどちらかの敗北で終わるしかない。そして、それは俺の敗北になるだろう。失意のままに、俺はカードを引いた……そして驚愕した。それは唯一、勝ちに繋がるカードだった。




◆ ◆ ◇




 このカードを使えば、俺は勝負に勝てる。だが、わずかとはいえ、それは呪いを押し付ける行為だ。親友の大を相手に、そんなことをしていいのか……? だが、このまま何もせずに負ければ、特大の呪いそのものが大に降りかかってしまう。改めて選択肢が自分の手に委ねられた……俺はどっちを選べばいいんだ……?


「どうした……? 末期の祈りか? 怪異の分際で、人間の真似事か。早くカードをプレイしろ!」


 大の表情は歪み、どこか正気を失っているように思えた。勝負するだけで、八尺の呪いが大を蝕んでいるのか……? このまま勝ったとしても、大は身長が伸びる以外、果たして無事である保証はあるのか……? 池野さんの言葉を思い返しても、答えがない。分からない。もう何も考えられない。


 このまま負けて、大入道と大が決闘する……大入道は強敵だが、もしかしたら大なら勝てるかもしれない。このまま半端な呪いで苦しめてしまうよりも、そっちの方が幸せなんじゃ――




『諦めないで!』


 そのとき、思いがけない声が後ろから聞こえた。振り返ると、そこにはたくさんの八尺バベルたちがいた。その中心には池野さん。長髪に隠れているが、泣いているようであった。


『八尺バベルに負けたプレイヤーには身長が伸びる以外のペナルティは降りかからないわ。あなたが見たお友達の姿は、大入道が見せている幻覚よ。今まで私たちに負けた子たちは、今日も元気に学校に通ってる。神戸くん、私を信じて……!』


 池野さんの言葉で、俺は我に返ったような気分になった。決闘の進行はそのままだが、対戦テーブルの向こうの大は、さっきまでより落ち着いた表情に見える。そうか、大が狂ったんじゃなくて、そう見えるような幻覚かなにかが俺に働いてたんだ。


「ひい、ふう、み……やはり八尺様の集落はこの辺りにあったのか。お前を倒したら、次は後ろの連中だ」


 だが、冷静になった大は、決して穏やかないつもの大じゃなかった。当然だ。俺たちは八尺バベルで、あいつは退魔師なんだから。


『……分かった。もう大丈夫だよ、池野さん』


 大事なことが頭から抜けていた。俺が負けたら、他の八尺バベルたちも犠牲になってしまう。退魔師たちは知らないけれど、八尺たちは大入道によって虐げられた人たちなんだ。そんな人たちを、友達の手で更に虐げさせるなんてことはできない。


『ごめん、大。俺は前に進むよ! 俺は手札から呪文カード、《メモリーショット》を発動!」


「……!?」


 俺はガントリングに効果発動を宣言する。


「バカな。ガントリングの効果は手札を消費する。手札のないお前に、効果が使えるわけは――」

 

『メモリーショットの効果で、手札コストをデッキの一番上で代替する。俺のデッキは9500枚……この弾をすべてお前にぶつける!」


「なっ――!」


 これが俺の考えた八尺バベル活用術。池野さんのようなデッキ破壊コンボは俺には思いつかなかった。だからこの山のようなカードの束を、ぜんぶ弾丸にして撃ち尽くす。これが俺の、八尺バベル――!!


『ガントリングの効果発動!いっけェェェーっ!!』


「ぐわァァァァぁぁぁぁぁっ!!!」


 無数の弾丸が、大のすべての結界障壁を打ち破った。この日、俺ははじめて八尺バベルを使って勝利を手にしたのだった……。




◆ ◆ ◆




「退魔師と怪魔の決闘だ。あれだけのダメージをすべて生身で受ければ大変なことになるが……上手いこと分散させたな」


 決闘後、疲れてへたれこんだ俺を養老滝さんが介抱してくれていた。


「満照核は破壊不能の生物だから、いくら弾丸を浴びせても死なないからね。……大を守ってくれてありがとう、満照核」


 卓上のカードにお礼を言った。アニメみたいに実体化しているわけじゃない。それでも、一声かけてやりたくなった。おかげで、大は気絶する程度で済んでいるのだ。


「この少年は最寄りの村にでも送っておこう。ついでに一筆したためておくかね?」


「そっか、この身体でも文字書けるもんな」


 確かに、ライフ計算にはシートを使うこともある。だから筆談は可能なのだろう。今まで思いつかなかった。最初からその手を取っていたら、大と和解することもできたかもしれない。


「……でも、これはこれで、良かったかもな」


 今まで手にできなかった勝利の感覚。これを元に積み上げれば、いつか大入道に届くだろう……届かせなきゃいけない。


「俺、やるよ。あの大入道の奴をぶちのめして、みんなの八尺の呪いを解いてみせる」


「神戸くん」


 池野さんが俺のデッキを渡してくれた。


「私も力を貸す。いっしょに大入道をやっつけよう。そのために……強くなろう」


「うん。強くなる……絶対……!」


 池野さんから受け取った10000枚のデッキが、なんとなく今までより軽く感じた。打倒、大入道。決戦の日に向けて、俺は拳を握りしめた。




【決戦に続く!】




 



 





 


 





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