八尺バベル 参


<前回までのあらすじ>


 超強いヴァリサガバトラーを自称する小学四年生、神戸悪魔(でびる)。八尺バベルに取り憑かれた彼は、夏休みの帰省を利用し除霊を試みた。だが、彼に取り憑いていたのはとてつもなく強い悪霊、大入道であった! 彼との決闘に敗れ、《尺》を押し付けられた悪魔は、身長2メートルを超える巨女、すなわち八尺バベルになってしまったのであった――。


 意気消沈の悪魔の下に、かつて戦った八尺バベルが現れる。果たして、これから悪魔はどうなってしまうのだろうか……?





◆ ◇ ◇





 遠くから聞こえる鐘の音で、いつもどおり俺は目が覚めた。枕元に目覚まし時計のない生活にもそろそろ慣れてきた頃だ。代わりに置かれていた2メートル超のデッキを収め、長さ3メートル弱の布団を畳む。ふと見上げると、そこには見慣れてしまった木造の天井。高さは4メートル以上あるので、幸いにも頭をぶつける心配はない。俺はデッキケースを懐に収め、家を出た。


「おはよう、悪魔くん」


「おはようだぜ、室さん」


 お隣の八尺バベルと挨拶を交わす。見渡すと、他の家からもぞろぞろと八尺バベルたちが出てきた頃であった。ドアもちょうど4メートルあるので、八尺バベルたちが頭をぶつける心配はない。八尺バベルの他に誰もいない。動物の一匹もいない。ここは知られざる八尺バベルたちの集落、八尺の里。大入道に敗れた者たちが住まう敗残者たちの隠れ家であった。


「全員集まりましたね」


 一人の八尺バベルが皆を見渡し、手に持っていた奇妙な鐘を傍に置いた。その八尺バベルの名は池野恋。かつては俺以上に名の知れたヴァリサガバトラーだった。1年前から表舞台で名前を聞かなくなっていたが、その時から八尺バベルになってしまっていたのだという。そして、あの日戦ったあの八尺バベルもまた池野であり、敗北に打ちひしがれていた俺をこの里に誘ってくれたのもまた彼女だった。


 池野の合図で、八尺バベルたちが里の中心にある長方テーブルに集まった。俺もまた遅れずに集合し、座った。卓上には料理などはない。八尺バベルの身体は食事も排泄も必要としないのだ。代わりに、みな各々のデッキを自分の傍に置いていく。


「皆さん。神戸悪魔さんがこの里に来てから、ちょうど1ヵ月が過ぎました。それ以来、あの憎き大入道は目撃されていません。打倒大入道を目指し、次の決闘に備えるため……互いに研鑽し、ヴァリサガの実力を高め合いましょう」


 池野の合図で、みな対面する八尺バベルと向き合った。この長方形状のテーブルは、当然対戦テーブルなのだ。おれの相手は、お隣の室さんであった。互いのバベルデッキをシャッフルし、手札のマリガン(注:手札入れ替えのこと。レギュレーションによってあったりなかったりする)確認まで行い、一旦静止する。


「それでは……はじめ!」


 池野の宣言の後、みな一斉に決闘をはじめる。


「「「「衝突コンフリクト!!」」」」


 これが、八尺の里の朝であった。





◆ ◆ ◇





「おんしのデッキは、まだ嗜好と戦略の境界があいまいじゃな」


 午後の時間は、デッキ構築の時間だ。診てくれるのは、去年まで有名だった小学生デッキビルダー、養老滝昇子。その古風な喋り口調は、白いワンピースという外見からはギャップがあるが、不思議と納得させられる貫禄があった。


「悪魔ばっかり揃えすぎってことかな?」


「拘りがあるのは悪いことではない。が、それがデッキの目的に沿ってないのじゃ。ただでさえ、八尺バベルのデッキは10000枚になってしまうのじゃから、勝利に沿った構築に極めなければ、ただただ意味のないカードを集めた紙束になってしまうじゃろう」


「うーん、難しいな……」


 養老滝さんの話は真実だ。あの日以来、俺はデッキを崩せなくなった。正確には、10000枚のデッキからカードを抜こうとすると、その度雑魚コモンカードである《尺の悪魔》で補充され、また10000枚に戻ってしまうのだ。八尺バベルとは、姿かたちが2メートルのワンピース女子に固定化されるだけではない。そのデッキさえ10000枚になってしまう恐るべき呪いであった。


「幸い、カードプールは潤沢にある。悪魔のシナジーで揃えることもできよう。あとは10000枚という条件で、どのように戦い、勝利するか……その絵を自分の中で描くことじゃ。なに、まだおんしはここにきて日が浅い。いつか必ず見出す日が来るじゃろ」


「絵……勝利のビジョンか。ありがとう、養老滝さん」


 彼女との話を終え、テーブルに戻る。そこには、同じようにデッキ構築に悩む八尺バベルたちが数人いた。彼・彼女たちも、元は強者と言われた小学生たちだ。みな大入道の呪いにかかり、八尺バベルになってしまった……そして、10000枚というデッキ枚数は、予想以上に回すのが難しい難題だったのだ。


 彼らと話し、決闘し、結局その日中に答えは出なかった。こんな日が、あの敗北から1ヵ月続いていた。超強いヴァリサガバトラーという自尊心が、日毎に錆びていくのを感じていた……。





◆ ◆ ◆





 夜。布団を敷き直し、そこに横たわりながら、まだ俺は眠れずにいた。外からはぞろぞろと歩く音。おそらく、自我の限界が来た八尺バベルたちだろう。何か月か経つと、八尺バベルは自我が不安定になってくるらしい。そうなる前に、小学生を相手に決闘を申し込みにいくのが八尺バベルに設定された宿命なのだそうだ。


 八尺バベルが小学生に勝つと、わずかに身長が縮み、かわりに負かされた小学生の背が伸びるらしい。そうして、身長が元の高さまで下がれば、元の姿に戻れる……そう言い伝えられている。池野さんに聞いたところでは、急に身長が伸びる全国の小学生たちは、実はみな八尺バベルに負けているのだそうだ。高身長に憧れていた俺は、願望を打ち砕かれた思いだった。だが、身長が伸びただけで済んだ彼らはまだ幸せだ。問題は、八尺バベルに勝ってしまった小学生だ。


 あの日、池野さんに勝ってしまった俺みたいな小学生は、大入道に目をつけられ、いずれ決闘を挑まれる運命にあるらしい。そうして、《八尺詛呪》によって敗北した小学生が八尺バベルになるのだ。いわば、八尺バベルに勝った小学生は己自身が八尺バベルになる運命にあるのだ。


 恐ろしさに震える夜は、今夜ばかりではない。いずれ俺も外の八尺バベルみたいに、誰かに戦いを挑まなければならない日がくるのだろう。誰かに身長を分けたり……または誰かを八尺バベルにしなければ生きられない。そんな人生を送りたかったんじゃない。でも、そうしなければなってしまう……十六尺バベルに。


「ポ……ポ……」


「ポポポ……ポアアァァ……」


 里外れの、ドアの封じられた小屋から、ガリガリと爪を立てる音と共に、この呻き声が聞こえてくる。彼らは自我を失った者たち、または果敢にも大入道に再戦を挑み、敗れ去った者たちだ。身長は倍の4メートル超、デッキ枚数20000枚を超え、ついにその精神は崩壊してしまった。中には、池野さんの前の長……はじめにこの集落を作った者も含まれているのだという。彼らは夜な夜な目覚めては、なにかを訴えるように扉を出たがる。外に出ても、自我を失った彼らに何ができるわけでもないのに。


 ああ、なんで八尺バベルになってしまったのだろう。俺はただ、ヴァリサガを楽しんでいただけだったのに。枕元に佇む八尺のバベルデッキは、無言で俺を見下ろしている。自分のものなのに、まるで自分のデッキではない、恐ろしいものになってしまったかのようだ。それが己の未来を暗示しているかのようで、余計に不気味だった。


 余計なことを考えず、目を閉じよう。そうすれば、いずれ眠気が迎えに来てくれるのだから。そうやって、無理矢理布団を被ろうとした、その時――。




 

 突如、なにかの気配を外に感じた。邪悪なものではなかったが、むしろこの八尺バベルの身体には有害ななにかが。そして、何よりその感覚は、どこか懐かしさを覚えるものだったのだ。おれはデッキをケースに収め、家を飛び出した。


 気配はまだ遠いが、どんどん迫ってくる。なんとなく、この村に入れるのは絶対に避けなきゃいけないと思った。そう思ったら、自然と身体が動き出す。八尺の身体は意外と機動力が高く、体力も結構あった。村を離れ、木々を抜け、月明りが差し込む場所に出た。


「やっぱりいた。八尺様」


 一人の小学生がいた。カジュアルな服装に見えて、それは簡略化された退魔師の礼服だ。そして白を基調とした礼服の色が、そのまま少年の実力を表していた。


 『白火』……それは退魔師において第三位の序列だ。小学四年生、十の齢で白火に至った人物は限られる。以前、そんな話を聞いた。当然、神仏とか妖怪とかそういうことに詳しくない俺ではあるが、一人だけ、該当するヤツを知っていた。


「神戸くんがいなくなって一ヶ月。おまえたちだよね?」


 小学生がデッキを構えた。一般の大会に参加するようなデッキじゃない。怪異と戦い、封じるために構築されたルール無用の本気デッキだ!


「神戸くんをどこにやったのか……吐け」


『やめてくれ。俺はおまえと戦いたくない……大!』


 俺は友達の名前を呼んだ。「ポ、ポ」。口から出たのは、その言葉だけだった。




【続く】








 





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