一つになり、こぼれ落ちた愛情

 そして夜、城から帰ってきたアーロンに食事の後、自分の部屋に来て貰って相談すると──椅子に腰かけたアーロンからは「確かに、その方が合理的だな」と言われた。あまりにあっさりすぎて、エレーヌは夫への質問を続けた。


「それは、そうなのだけど……あの、そもそも貴族の妻がそういうことをして良いのかしら?」

「そういう?」

「お金を貰うつもりはないけど、何ていうか、仕事みたいな……妻だけではなく、これからは母親になるのに」


 自分の領地運営ならともかく、それ以外のことをする貴族夫人というのを、エレーヌは聞いたことがないし、知識の中にもない。一応、シルリーに確認もしたがやはり聞いたことがないと言われた。

 そうなると最近では無くなっていた、アーロンに捨てられるのではないかという不安が浮かび──今回、アーロンは簡単に頷いてくれたが、エレーヌとしては納得出来ず夫に聞かずにはいられなかった。

 そんなエレーヌに、表情は変わらないが安心させるようにか彼女の手を握って、アーロンが言う。


「元々、君は医療助手として働いていたから……エレーヌが、新しいことをやりたいと言った時、何らかの形で参加するのではないかと思っていた。母上には、事前に話してあるから大丈夫だ」

「そうなんですか!?」

「くれぐれも無理はしない、は絶対条件だが……やりたいことをやるのに、反対はしないから安心してほしい」

「あなた……」


 どこまでもよく出来た夫に、感激してエレーヌの目が潤む。

 ……過去にはすれ違いがあったが、考えてみればアーロンはずっと、エレーヌをあるがままに受け入れてくれている。そして出来る限り、エレーヌのわがままを叶えようとしてくれている。思い込みが激しすぎて、身を引こうとするような極端な夫ではあるが。


(ああ、好きだなぁ)


 結婚していて何だが、しみじみとエレーヌは思った。前世の記憶が戻る前も好きだったが、今の自分もアーロンのことが好きなのだとようやく自覚出来た。

 そんなエレーヌをしばし、じっと見つめて──おもむろに、アーロンが口を開く。


「名前を」

「えっ?」

「あなたや旦那さまも嬉しいが、たまには名前で呼んでほしい」

「アーロン様?」

「様はいい」

「……アーロン?」


 おずおずと名前を呼ぶと、アーロンはいつもの無表情から一転、ひどく嬉しそうな笑みを向けてきた。元々が美形なので、相当な破壊力だ。


「心臓に悪いので……本当に、たまにで」

「何だと!?」


 気持ちを自覚した今だと、何だか照れてしまう。

 だからそっと目を逸らして言うと、ひどくショックを受けたようなアーロンの声が聞こえて、エレーヌはつい笑ってしまった。

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