第2話 死人を連ねる「死神騎士」
いつも不届き者は、フォンタール子爵家夫妻がエリーゼの元を離れる僅かな隙を見計らい、行動を起こす。今回も彼らが危惧した通りとなったのに気付き、夫妻は慌てて駆け戻って来たのだった。
2人がエリーゼの傍に立つと、騎士は怯んだガマーノ伯爵を確認してくるりと踵を返し、来た時と同じく、静かにその場を後にする。
「今の方は……」
人の波に見え隠れする、騎士の濡れ羽色の肩までの短髪を見詰めながら呟けば、父が「あぁ、エリーゼは初めてお会いしたかもしれないね」と、恩人の背中を満足げな笑顔で見送りながら答える。
「バレント・ミシェル、ミシェル辺境伯のご嫡男で、いつもは隣国マイセルに接する自領におられる方だ。今回は王都の騎士団との合同演習のためわざわざいらしていたんだよ」
「バレント様……」
そっと名前を繰り返せば、ほわりと心が温かくなる気がした。
「ちっ……死神騎士が」
忌々し気にガマーノ伯爵が呟いた聞き覚えのある言葉に、エリーゼは目を瞬かせる。
王都でも度々耳にする『死神騎士』の噂――死人を連ねる死神騎士。隣国マイセルとの小競り合いが続く領地トルネドロスで、獅子奮迅の働きを見せる剛の者。隣国の者からは死神として恐れられ、一度戦場に立てば何人もの敵を屠り、死者を両手にぶら下げて彼の地を闊歩すると云う。
(どんな恐ろし気な方かと思っていたけれど、正義感の強い優しい方だったわ)
けれど、エリーゼと同じく噂に信憑性があるのか、バレントの歩く先からはさっと人が引き、ひっそりと探る視線を送りながらも近付く者も居ないようだった。
「全く、うちの可愛いエリーゼに、なんて耳汚しな戯言を吹き込んでくれるんだ!」
「本当に、こんなに頑張り屋さんのエリーちゃんがどれだけ可愛いか、じっくりお話させていただきたいわ。貴族なら突然のアクシデントでエリーちゃんの世話になる可能性は充分にあるんですからね!」
「いや、お母様? もしそうなったら、その方はもうわたしの世話になってることに気付けませんから」
怒涛の言葉の嵐で娘
夫婦揃って格上のガマーノ伯爵に堂々と文句を言う姿は、普通の貴族では有り得ないことだろう。けれど、「癒し」を持たないエリーゼとは違い、2人は王家に厚遇されるフォンタール家の能力者で、爵位以上の権限を持っているのだ。
代々フォンタール子爵家に生まれた者は、大なり小なり差異はあれども聖なる癒しの能力を持って来た。それは、数多確認されている能力の中でも、他に類を見ないもので、故に家人は須らく王城お膝元の王都中央神殿に
どうやら遠い昔にこの地に住む「神」とフォンタールの祖先が結んだ契約に関係があるらしいが、詳しい話は当主となる者だけに代々伝えられるのみで、今代は直系である母親だけがその秘密を知る。
今代の「癒し」の継承者は、エリーゼの父母と兄、そして双子の妹の4人だ。
―――そう、双子なのにも関わらず能力が顕現したのは片方だけ。姉である今一人の片割れには、その能力が花開く兆候も見られない。それでもフォンタールに生まれた以上、王都中央神殿に住まなければならない。唯一、そこを出ることが許されるのは、国王の名の元に許された婚姻のみ。癒しの能力を、政策に利用して来た代々の国王によってフォンタールは保護という名の束縛を受けている。
「ちっ……。だが能力なしで嫁ぎ先も見つからん仕事をしているのは本当の話だろう。隣国から来たばかりのワシが知っているほどだ。現にさっきの男以外のまっとうな奴は、この状況を見て見ぬふりではないか」
自分こそが正しいと言わんばかりのガマーノ伯爵に、父母は視線を鋭くし、エリーゼは深いため息を吐く。
(そうなのよね。癒しの能力が使えない代わりに、わたしは出来ることを仕事にしていて、実際に関わった人達からは感謝の言葉も受けているはず。それなのに公衆の面前で侮辱されても、それを咎める人も居ないのは事実なのよね)
こんなことは、今に始まったことではない。実際近親者が彼女の世話になった者は、その仕事の有用性に気付いて、侮蔑の言葉を吐くことは無くなる。ただ、その手段が衝撃的である事実は変わらないので、表立って擁護する声も無い訳だ。
(未だに、ここまで面と向かって食い下がって来る者も珍しいわ。このガマーノ伯爵は隣国から渡って来たばかりの新興貴族……だからわたしの仕事の内容もよくは知らないんだろうけど)
周囲の貴族らも、授爵したばかりの急成長を遂げるガマーノ伯爵と要らぬいざこざは起こしたくないのだろう。ニッコリ笑顔を浮かべながらも怒気を膨らませて行く両親と、持論を展開して引こうとはしないガマーノ伯爵。このままでは堂々巡りだし、何より視界の端に再びバレントがこちらへ戻って来ようと動いたのが映った。
いつも以上に悪目立ちしているこの場に、あの二つ名とは違う優しい心根の騎士を引っ張り出したくはない――そう決心して、エリーゼはこの場を打ち切るセリフを口にする。
「後悔することになりますわよ? いずれ必ず」
不用意な発言だと思い知ったのは、それから間もなくのことだった。
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