さみしい

株式会社太陽

さみしい

 「8時44分…」

 朝、ゆっくりと窓から入る光を浴びながら目を覚ましてスマホのロック画面を見るとこの時間が表記されていた。

 ゆっくりと妖精のように体を起こし気付いた。

 今日は木曜日、だけど学校は休み。昨日まで修学旅行だったんだ。いつもは24時を過ぎてもスマホを眺めてくちゃくちゃ笑っている僕も疲れとか興奮とかで昨夜は22時前に部屋の明かりを消して寝たんだ。

 

 これが良いんだよな。この塩っぱい感覚が僕の体の中の眼を覚ましてくれる感じ。やっぱり卵かけご飯には大量の醤油と鰹節だよな。

 リビングのど真ん中に鎮座する机の端には僕が昨日までの修学旅行で買ってきた多量のお土産がどっしりと一二三段を超える何重の段にも及んで積まれている。少し思い出す。昨日までのこと。無茶苦茶楽しかったな。

 

 

 福岡のとある公立高校に通っている僕。二年生の僕らは新幹線で名古屋まで行って二泊三日の旅をした。五月の下旬。29、30、31日。福岡よりも暑いというより湿気が強かった。名古屋の人間はこんなところで過ごして倒れないのかと高層ビルの乱立する街の中を歩く人たちを見て思ったことは記憶に新しい。ちなみに僕をはじめとする5割の生徒は初めて九州を出る体験だったらしい。

 

 【一日目】

 29日月曜日の朝早く、福岡市より南の春日市に住んでいる僕は5時28分発のJR鹿児島本線の列車に春日駅から大きなキャリーケース引き摺りながら乗った。月曜日という名の憂鬱の代名詞の日に修学旅行初日という学校生活でも人生でも記憶の中に輝かしく残る行事が始まるのは、右手に吊り革で左手に鞄を持ち下の方を冴えない表情をしながら見つめるサラリーマン、いわゆる社畜の方々を見ていると物凄くうずうずしてしまった。一人でにっこりと笑いながらワイヤレスイヤホンでRADWIMPSの「夢灯籠」を聴きながら左から右へ流れていく景色を眺めていたのはそりゃ青春劇場の開幕のようですごくすごく優雅だったさ。生まれて間もない朝日に照らされた見慣れた景色が僕の旅立ちを満面の笑みで手を振って送ってくれているかのようだった。

 博多駅は出勤ラッシュの人で多くの企業戦士や制服を着た学生たちで溢れかえっていた。コロナの収束もありマスクは自由だというのに意外とこの駅では着用している人が多い。僕の学校だと既にみんな外しているんだけど…。きっと事情があるんだろう。口内炎ができているから、とか。集合場所の新幹線の改札付近に着くと既にみんな着いていた。学年全体で200人弱の5クラス。男女の人数はほぼほぼ均衡だけど文理で分かれているため僕のクラスは男が12人で女は27人。男が圧倒的に少数であるからか、俺のクラスの男たちは謎の団結力があった。派閥や組織が出来て対立が起こることはなく、12人で一つという感じだった。5人で嵐と同じ感覚。

 6時36分発の新幹線に乗り、DYDOの自販機で買ったMコーヒーを飲みながら隣のやつらと三人でババ抜きを何度も何度した。最後のカードが合計三枚になる時、あれほど盛り上がるところは無いと思う。老若男女を問わずあの場面は盛り上がりが1+1の答えが2になるのと同じくらい約束されているはず。途中で通りかかった車内販売の綺麗なお姉さんに三人でりんごジュースとバニラアイスを買って食べた。りんごのバニラの組み合わせがあそこまで美味だとは、かなり衝撃だったよ。にしても車内販売って非日常の代名詞の感じで好きだ。うずうずする。

 3時間余り乗って9時55分に名古屋へ着。さっきも言ったけど湿気がすごかった。新幹線を出た瞬間、むしっとした空気が体にへばりついてきた。女子はずっと湿気湿気と連呼していた。

 銀時計を遠目で見てから観光用の貸切大型バスに乗った僕らは最初に名古屋城へ行った。

 大きな大きな正門を下ってから自由行動。6人ぐらいの塊でだだっ広いところを歩いていくと大きな緑色の天守が見えた。うわっ、と思わず言った。圧巻だった。学校の授業で事前調査をしてはいたけどこんなに大きいとは…。やっぱり本物を見ないとわかんないもんだね。金のシャチホコが放つ存在感は唯一無二の雰囲気。金ピカの御殿を見てからお土産屋さんで「天守閣」という箱のお菓子を買った。名古屋城のポストカードも買ってしまった。そしてみんなで隣のお店のシャチホコ風の焼き菓子と小倉付きの抹茶アイスを買った。850円で普段だったら手を出さないほど高かったけど前日に母さんと父さんから合計六万円もらっていた僕にとってはスマホを持った状態で高校入試を受けるぐらい無敵だった。

 おもてなし武将隊と写真も一緒に撮ってから次にバスで向かったのは三重県にある長島スパーランド。大きいジェットコースターが何万本もの鉄骨に支えながら立っていた。最初は風で倒れないのかと幼稚な心配をしたもんだ。とにかくたくさんの箇所に行った。ジェットコースターにみんなで乗ってみんなで叫んだ。乗る時は「日本の技術は世界一、日本の技術は世界一」と教典のように念じていたけど途中で揺れのあまりにレバーを掴んでいた手と鼻をぶつけた時には既に念じていたことは忘れていた。お揃いの謎のストラップも買って独占禁止法違反に抵触してそうなほど高いポテトやアイスを食べて自販機の200円のジュースを飲んだ。ここでもたくさん長方形の箱のお菓子を買った。ファンタジアナガシマという子供っぽいお菓子も買っちゃった。いや、買っちゃうよ。むしろ買わないという選択肢は僕にはない。あっという間に一日は終わり陽が沈んで夜は近くのホテル。夕食はバイキング。名古屋名物の手羽先、味噌カツ、味噌煮込みうどんは初めて食べたけど頬が溶けそうなほど美味しかった。腹がはち切れそうなほど食ったけど。まあでも味噌煮込みうどんをわんこそばのように食べていたやつよりはきっときっとマシだと思う。俺なんかういろう14個止まりだし。

 大浴場で互いにあそこが大きい小さいだの見せあったり湯をかけたりサウナに入ったりしてからお土産屋さんで伊勢海老せんべいなどの長方形の箱のお菓子をまたたくさん買い、部屋でみんなで食べるためのお菓子も買っていざ準備満タンとした。なお、先生からあれほど最後の日に買えと言われたのに赤福を買ったあんぽんたんがいた。あの後どうしたんだろう。

 同じクラスの男全員が同じ部屋に集まった。ババ抜きをした。負けたやつは全裸で窓際に立つということにして何度も何度も戦いたくさんの犠牲者が生まれた(俺はなんとか回避成功したなりけり)。

 23時の就寝時間後は同じ部屋の四人で明かりを消して同じ布団に入って恋バナをした。

 中学の時、自転車に乗っていたら目の前に並列走行していた一つ上の学年の男女がいたからその真ん中を突っ切ってやったとか(ちなみにその男女はその勢いで雨上がりの田んぼの中に落ちたらしい)、自転車の籠の中に隣のクラスの女の子からの呼び出しの手紙があったからその手紙の内容に従ってゴミ焼却炉付近に行ったら自転車の籠を間違えたと言われたとか。そんなことを話していたらいつのまにか意識は沈んでいき、次に目を覚ましたら朝の6時前だった。

 

 【二日目】

 ホテルの部屋から朝日に照らされる伊吹山や養老山脈という初めて名前を聞く山々を見ながら起きた。朝食もバイキングで食パンに小倉をたっぷり付けて頬張った。いちじくはあまおうと同じくらい甘かった。なお前日の夜に味噌煮込みうどんをわんこ蕎麦のように食べていた輩はこの朝、八丁味噌を使った味噌汁でわんこそばみたいなことをしていた。

 バスで東山動植物園、自由行動でコアラやゴリラを見た。青いモノレールにも乗ったり、ボートで池の上に浮かんだりした。みんなで動物のぬいぐるみを買った。あるやつは両手で抱えるほどのぬいぐるみを買った。どうやって持って帰るねん。タワーは…登り忘れた。

 それから木曽川の近くで山がよく見えるところにある瀬戸で焼き物の見学。僕たちの地元の近くにある唐津の焼き物みたいなものかなーとか思った。そして体験学習で焼き物作り。お皿や箸置きをみんな作っていた。あるやつは雪だるまを作っていた。係の人が首を傾げながら見ていたけどまさにその通り。雪だるまってなんだよ、今5月だぞ。そして高速道路で2時間ほどかけて一気に岐阜の高山へ。バス内ではカラオケ大会、流行りの曲をみんなで歌った。YOASOBIの「群青」の合唱部分でみんな歌ったり、GReeeeNの「キセキ」のサビ部分で全員で手を振ったりした。まるで夏フェスに行っているかのよう気分だった(行ったことないけど)。高山では旅館のようなところで宿泊。夕飯は大広間での御膳で高山ラーメンがついてきたのは衝撃だった。博多ラーメンとは違う落ち着いたラーメン、初めて食べたけどあれはあれで美味しかった。自販機は相変わらず高かったけど高揚と興奮と盛り上がりでコカ・コーラのココアを三本も買ってしまった。あれ好きなんだよ。ついでに富山県の水を使ったいろはすも買った。福岡では熊本県の水のやつが主流だから違って良かった。違いはわかんなかったけど。

 昨日に引き続いてまた同じ部屋にクラスの男全員で集まって大騒ぎ。ハートのエースだけ無い!って全員で部屋中を探した。そして見つかった途端全員で万歳とおおはしゃぎ。先生からうるさいっ、と怒られた。さらにその勢いからか全員同じ部屋で寝た。就寝時間にさっきと同じ先生から自分の部屋で寝ろと怒られ、眠い目を擦りながら自分の部屋に戻ってすぐ布団に倒れて寝た。

 

 【三日目】

 朝起きて部屋の窓から山々を眺めていると「今日で終わり」という事実に気が付いた。でもまだ一日あるもん、長いよきっと。そう信じてた。

 高山を散策、山に四方が囲まれた古い街並みは情緒溢れて素敵だった。九州にこんな場所あるのかな。お土産屋さんの前にあった100円の恋みくじをみんなで引いた。大吉だの小吉だのやラッキーアイテムがセロハンテープだのスマホスタンドだので今からセロテープ買ってあいつに告れよ、なんて坊主頭のあいつに言ってやった。

 昼前に食堂で鮎や鶏ちゃんを食べた。係りの人が「鶏ちゃんの鍋はちんちんなので気をつけてくださいね」と言った時には男子も女子もみんな疲れに知らん顔するように笑った。そりゃちんちんが熱いという意味なんて誰も知らないよ。

 昼食後はバスで南下して岐阜羽島駅へ。名古屋駅より格別に人が少なくてびっくりした。新幹線の駅なのにこんなに少ないの?って。地元の博多南駅より少なかったはず。お土産屋さんでまたまた長方形の箱のお菓子を買った。みんな産まれる前から決まっていたかのように赤福を買った。ちなみに僕は12個入りと8個入りの赤福を二つずつ買った。そして、名古屋限定の300円のガチャをここ名古屋じゃないよね、って思いながら回した。よくわかんないストラップが出た。誰がいるんだろうこれ。

 14時58分発の岐阜羽島駅から新幹線で京都駅まで行って京都から早い新幹線に乗り換え18時30分に博多駅に着いた。みんなが疲れて寝ている間に新幹線が関門海峡を渡るところを見た時、自然と「あ、終わりなんだ」という事実が頭の中に入ってきた。夕陽に照らされる海が僕らの修学旅行の色付けをしているかのようだった。博多駅に着いてから全体で流れ解散。修学旅行の余韻を引きずりたいからか、理系クラスの友達と二人で博多ラーメンのお店に行った。「地元に帰ってきた」という感覚を一口目のスープで浴びた。麺もスープも全て腹の中に入れて博多駅を出た。JR鹿児島本線の笹原駅にて下車した友人と別れた後、春日駅に20時14分に着いて徒歩7分のところにある二階建ての一軒家に帰った。

 家で待ち侘びていた母に大量の長方形の箱のお菓子や雑貨を見せてからやっぱり日本三大都市は「東京、大阪、福岡」だよと言ってお風呂に入って流れるように寝た。

 

 

 

 

 

 

 赤福は賞味期限が早いから早めに食べよう。8個入りの方の箱を開けた。5月31日の紙が入っていた。これ毎日分入ってるの?って食べる前に疑問に思った。けどすぐ忘れて赤福を口いっぱいに頬張った。今日は学校は休みだからな、とことん楽しもう。仕事や勉強に憂鬱にも立ち向かっている人たちと違って贅沢だなーと赤福を食べながら微笑んだ。修学旅行の間、見ずに溜めたネットの動画を見ている。すると母が職場から帰ってきた。近くに働いている母はよく家に帰ってくる。

 「あんた、昼ごはんは食べたと?」

 まだ、と答えた。え、もう昼なの?時計を見ると13時前。

 「用事であそこ行くんだけど付いてきてご飯食べたら?」

 

 車で10分の市内のショッピングモールへやってきた。よくくるんだここは。地元民にとっては必要不可欠の施設。中学生のデートスポットといえばここだ。

 「じゃああんた一人でフードコートでなんか食べとって」と言われてフードコートへ行った。なおお金は修学旅行の前に渡したやつで賄えと言われた。余っていることに気付かれたか。悔し。

 ミスタードーナツでドーナツを食べることにした。木曜日の昼過ぎ。広大なフードコートに人はまばらで空席が九割以上を占めている。さらにその空間は静かだった。人が歩く姿、麺を啜る姿、調理する姿、暇を持て余したアルバイト同士が小声で話す姿。何もかもが静かというより、静かさを物語っていた。修学旅行の夜ご飯、畳敷きの大広間で二百人弱の同級生。男女合わせて60人くらいの知り合い。十数人の教員。数名の旅行会社やバスガイドさんが集まって同級生の一人一人は近くの人とわいわいと「青春」という名のきらきらとした光沢を放ちながら会話をして食べた。大人たちも生徒を見守る大役に神経を尖らせながらも修学旅行という一大行事へ興奮しながら食事をしていた。

 それから数日いや、40時間ほどしか経っていない今。一人でぽつんと黙って食べている僕。修学旅行を果たしてきた青と春の海の中を縦横無尽に泳いでいる一人とは一寸たりとも想像できない背中がここにある。

 味覚を神様の元に放り投げたかのようにドーナツを食べた後は食品売り場のお菓子が陳列しているところへ向かった。二足が勝手にその方向に進んでいた。何段にも並ぶお菓子。ハイチュウ、カントリーマアム、ブラックサンダー。名古屋のお土産屋さんにそれらの商品が東海地方限定商品と銘打って東海地方ならではの味で販売されていた。それをみんな買っていた。気付けば棚からその商品がみんな無くなっていてまるでニュースの生中継でよく見る災害の時のスーパーの棚みたいだった。

 歩いて道の中央部に設置されているベンチに座った。目の前に自販機がぽつりと一台鎮座している。まるでやる気のない若い男のコンビニ店員のようだ。修学旅行のホテルにあった自販機はたしか中央の段のお茶、水、コーラが完売していた。供給が需要に鬼ごっこで負けた瞬間だった。ここの自販機は平和だな。

 もうすぐ母との集合時間だと外の駐車場に停めてある車へ行こうと入り口に向かった。

 「えっ、」と思わず呟いた。

 一人の女性とすれ違った。俺より数センチ短い身長、後頭部で結んで優しくふっくらしながら背中の上三分の一まで垂れ下がっている光沢のある黒の髪の毛。もしかして…と思ったが違った。その人はさっきすれ違ったあんな軽佻浮薄さを醸し出しているような人ではない。人違いか…。

 その人とといえば。

 その人の私服姿は博多駅で初めて見た。新幹線の車内へ入る時に見た。いつも学校の廊下ですれ違う時は制服姿、狭い狭い社会の規範の中の一人の存在の姿だったから彼女の私服姿を視野の中に入れた時はまるで世界の秘密の一つを知ったかのような衝撃を受けた。その衝撃は僕の世界観を広げてくれる、もっと言えば僕が見る景色の色の種類を増やしてくれるような種類だった。

 高山での散策中、ふと見るとその人は友人たちと五平餅を食べていた。香ばしい味噌の甘さが漂うその五平餅を食べていたその人は幼稚さと華奢を足して2で割ったかのような丸くて赤いほっぺに味噌を付けていた。それに気付かずに両手で棒を持ちながら微笑みと共に餅を食べていた。

 今思い出せばなんてなんて。その姿に体中の血管が反応して身が縮まりそうになる。


 


 その人は今、何をしているんだろう。

 一緒に散策したり、寝たり、食ったり、話したりした友人たちは何をしているんだろう。

 他の顔すら知らない同級生は何をしているんだろう。

 教員をはじめとする修学旅行に関わってくださった大人たちは何をしているんだろう。

 

 外に出てみると雨が降っていた。記憶の限り最後に見た雨はたしか二日前、東山動植物園を歩いていたときに少し降ったよな、ぱらぱらと。同じクラスの女子が雨で手が滑ってスマホを落として画面割り、『山月記』に出てくる李徴のように発狂していたっけな。

 

 

 さみしい。

 

 

 帰宅後、机の上に積んであるお土産の一つ一つを眺めた。高山で買った飛騨みそ味の堅あげポテト。東山動植物園で買ったおやつきしめん。長島スパーランドで買った長島温泉の栗金鍔。名古屋城で買った御城印。高山で買ったさるぼぼ。岐阜羽島駅で買った関の包丁。

 修学旅行のしおりに書いてある予定表を次は眺める。行きの新幹線内でやったトランプ。バス内でやったさ行限定のしりとり。ホテル内の自販機前で交わした副担任との会話。お風呂上がりの髪を下ろしたあの人と目が合って思わず照れたあの時。

 三日間の何もかもが次々と呼び起こされていく。「走馬灯が蘇る」という小説に書き殴られ続けてきたこの言葉はこういう時に使うのかと今なら身を丸めそうなほどわかる。

 僕は何を思ったか。自分の部屋の勉強机にある大学ノートにこの三日間のこと書き記し始めた。一行一行に隙間なくぎっしりと。奈良時代に『日本書紀』や『古事記』を書き記していた人の後ろ姿と修学旅行の三日間を書き記している僕は後ろ姿は瓜二つと言われてもおかしくはないだろう。

 書き終わった頃には夜の9時前で結局三時間かけて大学ノート10ページに及んでいた。僕はその10ページ、すなわち紙5枚を大学ノート本体から取り外し、財布の中にある修学旅行中にもらったレシートや折れ曲がったパンフレットと共に長島スパーランドで買ったジェットコースターのクリアファイルの中に入れた。そして教科書を並べている本棚の右端にこのわずかに膨らんだファイルをしまった。

 

 この時僕はわかった。

 この感情は、修学旅行が終わった後のこの感情は「さみしい」なんて四文字で片付けちゃいけないんだ、と。

 

 

 

 

 

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