第三章 拝啓 私の大好きなあなたへ

21.「けっこー本気だから」

 颯真の件もひと段落して、こまごました依頼をこなしているうちに、じりじり肌を焦がす夏の気配が近づいていた。


「ちょっとおしず、夏休みくるじゃーん!」

「やだ暑い無理」

「まだなにも言ってねーうちから拒否るな! 海いこーよ海」

「わたし、このまえ先輩と水着買っちゃった」

「はいはい、みなさんはお互いの好きピと行ってください。私は夏期講習があるんで」

「ぶーぶーぶぶぶーぶぶー」

 フグみたいにふくらんだサナのほっぺたをつまんでいると、私を呼ぶ声がした。なんと安藤結華あんどうゆいかだった。


「青木さん、今時間ある」

「げ、安藤結華」

 サナが聞こえないようにつぶやく。羽衣ちゃんも少しおびえた顔で私の肩に触れる。

 安藤結華は大人っぽくアレンジした髪を指先でもてあそんでいる。

 なんだっけこの巻き髪。韓国のやつ。とにかく、周りより一段階、垢ぬけてるってこと。


「なんでしょう」

 こういう時はびびったら負けだ。私は毅然と返す。

「ちょっと来て、二人で話そ」

 サナには目もくれず、ゆるく巻かれた横髪を手で払うと、安藤結華は颯爽と歩いていく。

「静葉ちゃん、大丈夫?」

 サナは威嚇する犬みたいな顔をしている。となりの家に住んでいたおばさんが抱っこしていたチワワを思い出す。

「うん、ありがと二人とも。ちょっくら行ってくるわ」

 安藤結華の取り巻きたちの刺さるような視線をスルーして、二人で教室を出た。


「聞いたけど、手紙書いてくれるんでしょ?」

 安藤結華は腕組みをしながら、ちょっと鼻につくような声で言った。

「そうだけど」

「それってすぐ書いてくれるの?」

 きっと手厚く扱われるのを慣れているのだろう。私が引き受ける前提みたいな言い方だ。

 隼人と同じくらい身長があるんじゃないだろうか。こうして面と向かっていると身長差で見下されているように感じてしまう。


「まあ、他にも頼まれてるから、すぐにとは言えないけど。まずは書きたい人とか内容を教えてくれたら考える。あと約束事もあるから、ちゃんと守ってくれるなら」

 とりあえず、こっちも商売なので一応検討はしているという姿勢で向かった。断る理由はないから。


「わかった。でも、できれば夏休みまでに書いてほしいかな。だめ?」

 ベリーみたいな色の瑞々しいくちびるが弧を描く。

 どこから見ても人形のように無駄がない美しいお顔だった。薄くだけど化粧もしているのだろう。顔には産毛一本見えない、陶器のような滑らかな肌。神様が仕上げにいたずらしたみたいな、泣きぼくろ。

 いけない、少し見惚れてしまった。

「とりあえず、内容だけ聞かせて。どうして急ぐのか、誰にどんなことを書きたいか」


 背中にじっとり汗がにじむ。

 颯真の言っていることが本当なら、嫌な予感がした。

 そんな私の胸の内を見透かすように、安藤結華は自信たっぷりに言ってのけた。


「んとね、二組の町屋隼人くんに。夏休み入る前に告白したいの。青木さんて町屋くんと仲良いんでしょ? きっとうまく書いてくれると思ったんだよね~」

 予感は的中。喉の奥がグ、とうなる。


「たぶんあいつだったら手紙じゃなくて、正面からいった方がいいと思うよ」

 何を私は敵に塩を送ることを言っているんだ。頭が混乱してきた。


 安藤結華は両手を組み合わせて、形の整ったアーチ状の眉を下げた。

 うわ、まつ毛長っ。

「え、無理だって~。なんか町屋くんは面と向かって話せないんだよね。ほかの男子は全然大丈夫なんだけど」

 うわ、さりげなくマウント。他の(大多数の)男なら仕留めてきましたけど? ってか。


「もし間に合わなかったらどうするの?」

 ちょっと保険をかけて、聞く。これは心理戦だ。一瞬たりともミスは許されない。

「そこは大丈夫。もう中身は書いてきたんだ~」

 安藤結華は、ふわりと香水の匂いがするルーズリーフを差し出した。

 中身をざっと確認すると、案外まともな内容で面食らった。

 いや、は失礼か。彼女なりに丁寧に書かれているのが伝わる文章だった。


「信じてなさそうだけど、けっこー本気だから。本人にも言ってあるんだ。町屋くん、私が本気で書いた手紙なら受け取ってくれるって」

「え、そんなこと言ってたの」

 私は衝撃のあまり、口を開けて固まった。


 安藤結華は口を小さくすぼめると、うなずいた。いちいち顔を作るな、撮影じゃないんだからっ。

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