13.「書くしかないっしょ、今すぐ」

「手紙のことだよね?」

「うわ、よくわかったな」

「だってそれ以外で呼ばれる心当たり、ないし」

 『あまり見られるとよくない』というサナの助言をしぶしぶのんで、人気の少ない特別棟の階段の踊り場を選んだ。

 物陰では、サナと羽衣ちゃんが万が一のため待機している。


「誰に書くの? ちなみに今他にもいっぱい来てるから、すぐには書けないかもだけど」

「うーん……」

 中野颯真が頭をかく。

 眉と目の距離が近くて彫が深いから、目力が強い人だな、と思った。でも今は、何か決意できずに揺れている。


「手紙ってさ、みんな自分で内容考えてんの?」

「うん、まあ基本的に。要望があれば私が少し助言することもあるけど」

「俺、あんまり文章書くの得意じゃなくてさ、青木さんにできればお願いしたかったんだけど」

「私? 無理無理、私も書けない」

 私は激しく手を振る。今まで書けていたのは、他の人の文章があったからであって、いまだに手紙なんて絶対に書けない。


 中野颯真は申し訳なさそうに弱弱しく笑った。

「そっか……ごめんな、変なこと聞いて。自分でなんとかしなきゃだよな」

「自分の気持ちなんだから、自分で書いたほうがいいよ」

 私がそういうと、中野颯真はくちびるを噛んでうつむいた。


「いや、俺じゃなくて……。書いてほしいの、ある人からばあちゃんへの手紙なんだよな。つっても、ばあちゃん、認知症でいろいろ忘れてっけど」

「え?」

 その時、物陰から影がにゅっと伸びる。頭にしっぽが一つ伸びているのはサナだ。


「だって、サナ。どうする?」

 もうとっくにバレているとわかっていたので、私は声をかけた。

 サナが目線で彼に謝りながら現れる。

「それは、書くしかないっしょ、今すぐ」

「うん、書こう! わたしも、手伝うよ」

 羽衣ちゃんも眉をきりっと上げて、強くうなずいている。


「じゃあ、そういうことで。あ、左がサナで右が羽衣ちゃん。よろしく」

「え、てことは、いいの? うわ~助かる、本当にありがとう!」

 握手した中野颯真の手は大きくてあったかく、そして力強かった。

 この歳で男子の手を握ったのは初めてだったけど、なぜかドキドキしなくて、むしろ任せて! という気持ちであふれていた。

 


 その日、久しぶりに昔の夢をみた。

 きっと、颯真と握手をしたときの手の感触で、あの時のことを思い出したからだと思う。


 忘れもしない、小学校六年生の授業参観日。


 授業で、『家族や両親に感謝を伝えましょう』という課題が出た。しかも、その内容は、参観日当日にみんなの前で呼びあげるという地獄のような特典つき。

 最初みんなブーイングの嵐だった。でもそれはどちらかというと照れ隠しみたいなのがほとんどで、かなり深刻だったのは私みたいな一部の生徒だけだろう。


 家に原稿用紙を持ち帰って、鉛筆を持つ。

 私は何にも書けなかった。待っても待っても、何にも出てこない。便秘よりひどい。


 なぜならその頃、うちの両親は別れる・別れないで毎日もめていて、嫌気がさした私はどちらの肩も持たずに存在を消して過ごしていたからだ。

 勝手にくっついて、私をつくって、それで都合が悪くなったら別れる? 大人ってなんで自分勝手なんだろう。

 私には友達と喧嘩したら謝れというのに、二人は喧嘩しても次の日も、また次の日も持ち越し。


 結婚式の誓いの言葉、小さい頃幼稚園で友達が真似していた。

 二人も誓いあったんじゃないのか。長い人生、辛いときも悲しいときも、支えあって生きていくって。

 結局全部きれいごとじゃん。


 別に仲良くしろとは今更思わないけど、それに振り回されるこっちの事も考えてほしい。

 特に嫌なのは、どっちも私が真っすぐに自分を信じていると疑わずに「静葉、お母さんと一緒に暮らそうね」とか「父さんと一緒なら、引っ越さなくてすむ。環境が変わると大変だ」とかプレゼンをしてくるのだ。


 ばーか。どっちにもついていかねーよ。

 私はくすぶった気持ちを抱えていた。

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