舞踏会で見えたもの

 タイラー・デクストンを歓迎する舞踏会は大々的に行われた。オズロも招待したけれど欠席の返事があったそうだ。


 容姿も人当たりも良く独身とあって、地域の令嬢達は皆タイラーに夢中になっていた。


「ユリア様のお相手として呼ばれたみたい」


 あながち、その噂も嘘では無さそうだ。手合わせをして敵わないと見るや、ユリアは頻繁に稽古を付けてもらっていた。どんな縁談も断り続けているユリアがもしかしたら、と義両親が密かに期待しているとジリアムから聞いた。


「もしもユリアとタイラーが婚約したら、俺達の結婚も認めてもらえるかもしれない。だって妹のユリアが俺より先に結婚するわけにはいかないだろう」


 お義母様の気持ちも動くかもしれない。そう思うと、私がユリアを応援する気持ちも強くなった。


 舞踏会では私も主催者側として多くの人と踊る。少し疲れたので休もうとテラスに向かった。人が多い所で堂々と休むのは気が咎めるので、奥のあまり人がいない方に進んだ。


「私なんかにお声がけ頂けるとは思わなかったので」


 恥ずかしそうな可愛い声が聞こえる。誰かが甘い時間を過ごしているようだ。私が別の場所に向かおうと振り返ると、そこにはタイラーが立っていた。優し気な顔に浮かぶ微笑みに少し悪意を感じるのは気のせいだろうか。


「ねえ、面白いものが見れるから立ち去るのはもう少し待ちなよ」


 テラスの恋人たちに聞こえないよう私に小声でささやく。


「悪趣味ですね。私は興味ありません」


 立ち去ろうとすると腕を掴まれた。抗議しようとして恋人たちの声が再び耳に入る。


「何度も言ったじゃないか。君は本当に魅力的だ。俺は君にすっかり夢中なんだ」

「だって、あなたにはリリイナ様がいらっしゃるじゃないですか」

「そんなのは、この想いには関係ない」


 地面がぐらりと揺れたようだった。


「おっと」


 腰を支えられてしまい慌てて身を離す。


「ね、面白いものが見れたでしょう。はは、あいつ全然変わらないな」


 心底面白いと言った顔をしてタイラーが笑う。学校でもずっと仲が良かったというジリアムの友人は、ジリアムのこの振る舞いを意外そうでもなく『全然変わらない』と言う。


「ごめんなさい、失礼します」


 私はタイラーの腕を振り払って外に駆け出した。一番近くにある塔に駆け上り、最上階の手前の階で階段に腰掛ける。今の私には塔の光は明るすぎる。


 しっかり泣いた後、塔を降りた私は手洗い場で顔を整えて鏡の自分に言い聞かせる。


「あなたは『凍てつく冬の花』と呼ばれているんでしょう? それらしく感情も何もかも凍らせてしっかり立ちなさい」


 何度も深呼吸をする。大丈夫。


 私は広間に戻った。呼びかけに応じて歓談の輪に入りユリアともダンスをする。


「リリイナ、探したよ。俺と踊ろう」


 ジリアムの誘いも普段と変わらぬ顔で受ける。彼からは、いつもとは違う香水の香りが漂ってくる。どれだけジリアムの青い美しい瞳を見上げても今は何も感じなかった。


 時折すれ違うタイラーの顔には、揶揄するような笑みが浮かんでいた。



「ずいぶん大きな荷物なのね」


 秋の植物の採取も無事に終わり、冬の植物の採取に向けてめぼしい場所の下見に行く予定だった。今日のオズロは随分と大きな荷物を抱えている。


「やっと届いた。先に小屋に行ってもいいだろうか」


 小屋で使う物なのだろうか。不思議に思いつつ小屋の前まで来ると、中には入らずに荷物を広げ始めた。私は邪魔をしないように見守る。


 荷物の包みを開くと水桶のような大きさの樽が出て来た。刷毛と木の板なども出て来る。


「屋根を修理しよう」

「雨漏りを直してくれるの?」


 小屋の雨漏りは少しずつ広がっていた。私は屋根から転げ落ちて以来、修理を諦めていた。


「もっと早くやりたかったんだけど、これを待っていた」


 オズロが樽を指す。聞けば王都ではこれを木の隙間に塗り付ける事で水を防ぐ方法が流行しているらしい。


「発明されて間が無いから、まだ遠くまでは広まっていないんだ」

「わあ! 王都の最新流行! 素敵ね!」


 さすが王都育ちは違う。私は器用に屋根に上るオズロを手伝って道具の受け渡しをしたり、必要な物を探しに行ったりした。オズロは大き目の隙間には木を打ち付け、屋根全体に最新流行の何やらを塗り付けている。


「乾燥するまで2日ほどかかる。多少の雨は大丈夫だから今の季節なら問題ないだろう」

「ありがとう!」


 濡れて困るものは雨漏りの雫が当たらない所に置いていたけれど、本当はとても不便だった。これで雨の心配が無くなったと思うと、とても嬉しい。


 作業が終わると私はとっておきの香草でお茶を入れた。しっかり体を動かしたオズロは少しくつろいだ様子でふう、と息をついてお茶を飲んでいる。


「このお茶は、王都まで届く頃には金と同じくらいの価値になっている。ここで気軽に飲めるのは贅沢な事だな」

「多くはないけど、探せばそれなりに生えてるけどね」


 少しだけ心配になる。


「森の恵みを、外に持ち出して売るのは禁止でしょう? 森の中でこうやって使ってしまうのは禁止されていない?」


 オズロは私をじっと見て黙った。禁止されている事だっただろうか。この香草以外にも何度もオズロに他の香草のお茶や木の実を振る舞っている気がする。不安になる私を見て、オズロは表情を緩めた。


「ふっ」


(あ! からかわれた!)


「森の中で使う程度なら問題視されないから大丈夫だ。毎日君が桶いっぱいの木の実を食べて香草のお茶を飲んでも大丈夫だ」

「良かった。なら、ここで暮らす事も出来るわね」


 私はぼんやりと窓から外を眺めた。口に出してみて改めて思う。城に戻りたくない。本当にずっとここにいようか。


「君は森が好きなのか? この森からずっと離れたくないと思っているのか?」


 オズロはお茶に視線を向けたまま静かに聞いてくる。


「森が特別好きだという事ではないの。城に比べて好きというだけ」

「もし、自由にどこにでも行けるとしたら、どこに行きたい?」


 私は想像してみる。城から出たら?森から出たら?でもどれだけ想像してみても、何も思い浮かばない。この森で収穫する自分しか思い浮かばない。


「想像の中ですら、私にはどこにも行けないみたい」

「魔力の強い人間が重宝される場は⋯⋯」


 オズロが宙を見上げて記憶を探るようにする。


「例えば魔道具を作る工房なんかだな。この地域では魔力が強い人間が生まれる割に、魔道具が普及していないみたいだな。でも、地域によっては誰もが使う日常品になっている」

「魔道具が?」

「そうだ。例えば、塔の灯りはかなり強い魔力が必要だが、こぶし位の大きさの光なら俺の魔力でも光らせる事が出来る」


 他の地域にはそんな魔道具もあるのか。


「工房では出来た製品の確認や作る途中に魔力を注ぐんだが、魔力が少ない人間しかいないと、すぐに魔力が尽きて眠ってしまうという問題が起こっている。だから出来るだけ魔力が多い人間を雇いたがる」

「そうなのね」


 魔力にそういう使い道があるとは知らなかった。


「他にも魔力を重宝される場所は多くある。それに君は面白い文章が書ける。あの魔獣に書いてくれた物語を面白いと感じるのは、俺だけではないはずだ。王都まで行かずとも、大きな街では物語や演劇のような娯楽も多く求められている。そういう場で活躍することもできる」


 私のあの物語を喜ぶ人もいるというのか。


「それに、君の植物に関する知識は、専門の教育を受けた俺にもひけを取らない。ある部分においては、俺よりもずっと優れている。王都には研究院と言って生活の心配をしなくて済む環境で研究が出来るような場所もある」


 オズロは熱のこもった口調で続ける。


「君は子供向けだと思っているみたいだが、魔獣についても立派な学者が研究をしているんだ。君ほど多くの種類の魔獣を実際に見ている人間はそう多くないはずだ」


 外には私の知らない世界が広がっている。私はどんどん、自分が小さな箱に押し込められていくような気分になる。


「だから、どこにも行けないなんて言うな」

「ありがとう」


 オズロが言おうとしている気持ちは、何となく分かる気がする。でも彼の広い世界と私の狭い世界との間には高い高い壁がある。


(広い世界に憧れる事だけは出来そうかな。でも、私はどこにも行けない)

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