魔獣の絵本

 夏の植物の採取を無事に終える事が出来た。書付をまとめ、乾燥させた植物に札を付けてまとめる。ここに置き続けると邪魔になるので王都に送るそうだ。


「こっちの紙の束は、どうすればいいの?」


 植物の書き付けよりも大判の紙がまとめられている。気のせいかオズロが少し慌てた様子を見せた。


(珍しいわね)


 気にはなるけど触れて欲しくないものなのだろう。私は質問しなかったかのように、別の書き付けの束に向かった。


(少しだけ気になる)


 ちらっと紙の束に視線を向けたのが分かったのだろう、オズロがため息をついた。


「これは俺が趣味で描いたものだから、王都には送らない」

「趣味?」

「⋯⋯魔獣を描いた」

「ギード猫にゃん!」

「!」


(あれ? 否定しない)


 恐るおそる聞いてみる。


「もしかして、本当にギード猫にゃん?」


 さっきより大きなため息をついたオズロは紙の束をめくった。そこには子供に渡したはずの猫の顔をしたギードが描かれていた


「もしかして、もう一度描いたの?」


 オズロが少し恥ずかしそうに頷いた。


「俺の中ではもう、ギードの顔は猫になってしまった」

「いいじゃない。誰も本当の顔を見た事がないのよ。もしかしたら本当に猫のような顔をしているかもしれないわ」


 何だかとても不満そうだ。せっかくなので、ゆかいな猫にゃんの話をもう一度別の紙に書いてあげると驚くべきことに、ギード猫の絵と次の絵の間に挟んだ。


「こうすると、絵本みたいだな」


 面白くなってきた。私は他の絵も見せてもらって、それぞれに合う短いお話を書いてあげた。


「このウリオンの話はいいな」


 ウリオンの絵は気高い獣の王という様子だったので、それらしい物語を作った。ウリオンに憧れる若者が追い求めたあげくに、怒りを買ってしまい最後にはウリオンに命を絶たれるお話。


 オズロはウリオンの足元に力なく横たわる若者の絵を描き足した。


「こういう絵本があってもおかしくないわね」


 私たちは作業を放り出してああでもない、こうでもない、と言いながら絵本作りに熱中した。


「今は鉛筆で簡単に描いているけれど、本当は版画にしたいんだ」

「版画に?」


 板や石板に絵を刻み紙に刷る手法だったと思う。


「細かい部分の表現が難しい代わりに、勢いや迫力を表現しやすいんだ」

「ここでは作らないの?」


 少しだけ困った顔をした。


「さすがに調査で来ているんだ。そういう物を作っている場合ではない。鉛筆のスケッチを見ながら王都に戻ったら作ってみるつもりだ」


(見たかったな)


 その言葉は飲み込んだ。


「その時に物語を捨てたりしては駄目よ。ちゃんと取っておいてね」

「分かった」


 少しだけ目元を優しく緩ませてくれた。最近は分かるようになった。これは微笑んでくれている。私も嬉しくなった。


 そういえば、書き付けを見ていて思い出した事があった。


「ここにある図鑑は、簡易な情報しか書かれていない気がするんだけど不便ではない?」


 オズロが少し考える。


「もう少し詳しい物が欲しいけど、王都で使っていたような図鑑は本格的過ぎて持ち込めるような量じゃないんだ」

「私の実家には、これよりはもう少し詳しいけれど、それほど冊数が多くない物があったの。特にこの地方の動植物や地形について詳しく書かれていたと思う」


 確か父の趣味で図書室には、この地方について詳しい記述がある図鑑が一揃い並んでいたはずだ。王都の人には馴染みがない種類かもしれない。


「もし良ければ、試しに数冊借りてみましょうか。気に入ったら購入の手配が出来ると思う」


 ここは辺境なので街にも大きな本屋は無い。本が欲しい時には王都などから取り寄せる必要があるかもしれない。馬車で30日もかかるような場所だ。取り寄せてからやっぱり違うとなると時間がかかってしまう。


「見てみたいな。面倒じゃなければ、借りて頂けないだろうか」


 実家にはもう長く行っていない。両親と兄の墓参りにも本当は行きたかった。大手を振って実家に行く理由が出来た事は、私にとっても嬉しい。


「分かったわ。意地悪婆に許可を貰わないといけないから、少し時間を頂くかもしれないけど待っててね」



「仕方ないわね」


 お義母様はすぐ承知してくれたけど意外な事にジリアムが強く反対した。以前からジリアムは、私が実家と関わる事をひどく嫌がる。兄が亡くなった後に私を厄介者扱いした事を許せないと言っていた。


「なぜ、あいつに君がそこまで親切にする必要があるんだ。好きな本を自分で王都から取り寄せればいいじゃないか。わざわざ実家にまで行くな」


 珍しく怒っているかのように激しい口調で言う。彼が言っている事はもっともだ。最初から最低限の手助けしかしないという話をしていた。


「ジリアム、私は少しでも早く調査を成功させて、オズロ・ハインクライスに王都に帰ってもらいたいの」


 実際には全ての季節の植物の調査を終えないと彼は王都に戻れない。でも協力する事で、少しでも早く戻って欲しいと私が願っているように見えないだろうか。


 ジリアムは渋々といった様子で頷いた。


「分かった。そうだよね、一刻でも早くあいつには王都に戻って欲しいね」


 私はほっと息をついた。オズロに王都に戻って欲しくない、浮かんだ考えはすぐに頭から振り払った。


「でも本当に、あいつには必要以上の親切をする必要は無いよ。話をしたりする必要だって無いんだ。言われた事だけやればいいから」


 ジリアムはしつこいほどに言う。君が心配だから、そう言って真剣な顔で私を気遣ってくれる。


「ありがとう」


 私の心はまた、罪悪感で押しつぶされそうになる。

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