森の相棒と森の隠れ家

「一つ確認させて欲しいの。この森での事は外に漏れないと思っていいかしら。平たく言うと、あなたが領主やその付近の人間に告げ口しないかって事よ」


 オズロは口調も態度も変えた私の言葉に、興味深げに少し片眉を上げた。


「内容による」

「まあ、そうよね⋯⋯」


 どうしたものか考える。そして決めた。


「これから、私の隠れ家にご招待するわ。疲れたからお茶を飲んで一休みしたいの。でも、その隠れ家の事は誰にも言わないで欲しい」

「なぜ?」


 私はまた、どこまで話すか考える。


「義母は私が楽をする事を嫌うの。だから私が森にいる間はずっと歩き通しでキノコや何か役に立つ物を集めて回っていると思っている」

「1日中ずっと?」

「そう。だから隠れ家でお茶を飲んで休憩するなんて、とんでもない怠慢だと思われてしまうの。この森には誰も来ないから、あなたが告げ口をしなければ秘密が漏れる事は無いわ」

「分かった。口外しない」

「良かった。それなら隠れ家を拠点に出来るわね」


 言葉に嘘が無い気がしたので、小屋に向かうことにした。途中で現在地点が森のどの辺りに位置するか、地形の特徴などを説明する。オズロは熱心に聞いていた。彼は獣の気配がするたびに魔獣かどうかを気にする。


「魔獣を恐れているのかと思ったけれど、あなたはもしかして魔獣が見たいの?」


 オズロは少しだけ目を見開いた。そして口ごもる。


「いや、その。⋯⋯実は少し見たいと思っている」


 なるほど。子供たちは成長過程で誰しも一時期は魔獣に夢中になるが、大抵はイタチくらいの小型の魔獣や、せいぜい巨大芋虫の魔獣くらいしか実際に見る事は出来ない。大型で強そうなウリオンやギードは、ほぼ想像上の生き物として人気を集めている。


(成長しきれていない男の子ってことね)


「残念だけど大きくて派手な魔獣は、ここでも危なくて観察出来ないわ。でもミューロやスティなどの珍しい魔獣はここで観察出来ると思う」

「ミューロやスティか!」


 少し嬉しそうだ。ミューロは小型の鹿に似た魔獣で、美しい緑色をしている。特に半透明の緑の角は美しく、抜け落ちた物には大変な価値がある。私も注意深く探して収穫している。


 スティは小型のうさぎに似た魔獣で、桃色の大きな耳をひらひらとさせる姿はとても愛らしい。見た目に反して攻撃的なので観察には注意が必要だ。


「スティはよく出没する場所を知っているから、今度行ってみましょう」

「ありがとう」


 森の中央付近にある小屋に着くと、オズロには中央にある大きめのテーブルに着いてもらい、お湯を沸かしてお茶をいれた。オズロは興味深げに小屋の中を見回している。


「魔力の研究をしていた老人が住んでいたらしいの。私が見つけた時にはかなり傷んでいたけれど、少しずつ直したわ」

「自分で直したのか?」

「そうよ」


 誰の協力も得られないのだから自分でやるしか無い。こっそり道具を借りてきて修理作業をしていた。


「でも、どうしても一人では難しい所もあるの。あ、奥の方は雨漏りするから雨の日には気を付けてね」


 屋根の上の作業は一度転げ落ちて諦めた。枯れ葉が多い時期じゃなければ、大けがを負っていたかもしれない。雨漏りは一部だけだし、ここで暮らすわけじゃないから不快だけど致命的ではない。


「これは、薬草のお茶か」


 一口飲んでオズロはふう、と息をついた。雰囲気が柔らかい。隠れ家とお茶を気に入ったようだ。


「ふふふ。持って帰ると義母が泣いて喜ぶほど希少な薬草よ。美味しいから渡さないでここで飲んでしまうの」

「君は、なかなか強かだな」


 自分でもそう思う。


「そのくらいの息抜きをしないと窒息してしまいそう。恐らくこの生活が生きている限りは続くんですもの。お義母様はきっと長生きするでしょうし」


 オズロが何か言いたいような顔をしているけれど、今の表情からは感情が読み取れない。私は気にせず、この小屋に残されていた大きな木箱を引っ張り出してテーブルの上に乗せた。元の老人が残した書き付けが詰まっている中に、地図も見かけた気がしたのだ。


 オズロも箱の中を覗き込んだ。


「これは!」


 やはり地図に興味を示した。自分の鞄からも地図を出して見比べている。


「すごいな。この森の奥の方はギードが多すぎて地形の調査も進んでいない。その付近の地形まで記されている」


 この森は隣国まで続いているが、国境は曖昧になっている。正確には曖昧にせざるを得ない。ギードなどの魔獣が多すぎて、正確な国境線を引くどころか正確な地形すら誰にも把握出来ていない。この森の中央辺りまでが我が国、その向こうが隣国、というのが両国の共通認識だ。今のところ隣国とは友好な関係を保てているので、これで問題は起こっていない。


「これを、城に持って帰って義母に渡しても宝の持ち腐れだと思っていたの。あなたなら活用出来るんじゃないかしら」


 オズロは他の書き付けにも熱心に目を通している。当然だ。図鑑などには載っていない薬草や草花、魔獣の事が書き付けてある。彼にとっては宝の山のはずだ。


「こんな貴重なものを。ありがとう」


 オズロはまっすぐに私を見て言った。価値を分かってもらえた事に安心する。この小屋を残してくれた老人の恩に報いる事が出来た気がした。地図も書き付けも誰かに残そうという想いで書かれている事が文面から窺えて、どうにかして価値が分かる人に渡したいと思っていた。


「私の自発的な協力のおかげで、得た物は大きかったでしょう?」


 確認するように言うと、オズロが警戒したような顔をする。


「だから、あなたは私がここで昼寝をしていても、うっかり義母のことを意地悪婆と呼んでしまっても、絶対に口外してはいけないわ。黙っているなら、ミューロやスティだけじゃなくて、ゴンドドの群れにも連れて行ってあげるから」


 ゴンドド。巨大な芋虫のような魔獣。群れでいると、それはもう圧倒される景色なのだ。


「ふっ」


 小さな息が漏れる音がして、オズロの切れ長の目が少しゆるんで優しくなった。


(笑った?)


「ゴンドドは、それほど見たくないな。⋯⋯意地悪婆の方は、今度観察してみよう」

「意地悪婆は魔獣じゃないわよ」

「ふっ」


 なぜだろうか、オズロを笑わせると何かに勝った気がする。何の勝負か分からないけれど。


 その日の午後はずっとオズロは書き付けに目を通した。昼食を取りに戻るのも面倒だったので、私は木の実を摘んできて小屋に置いてあったパンと一緒に出してあげた。固くなったパンは食べないかと思ったけれど、身分の高いお坊ちゃんのくせにオズロは何も言わずに口にしていた。


 その間に収穫物も探す。今日は魔獣鹿のミューロの角を1本見つけた。これだけで1日の成果としてはお義母様には満足してもらえる。


 木箱を抱えたオズロと、かごにミューロの角とキノコ、薬草を詰めた私、二人とも満足できる収穫を得て森を後にした。


 もちろん森を出る所から、私は表情を消して態度を改める。


(これは宿敵オズロ。森の相棒ではない、ジリアムの敵)


「それでは、失礼致します。明日も森に行かれますか?」


 オズロも態度を改めて固い口調で言う。


「明日は書き付けの整理をします。書き付けの分類にお力をお借りしたいが、お願い出来るでしょうか」


 確かに実際の植物を見ている私がいた方が整理が早く済みそうだ。


「承知致しました。では明日の午前中にお伺い致します」


 私は丁寧に礼をして立ち去った。


 そのまま収穫物をお義母様に渡してから急いで城の頂上階の鐘を鳴らし、塔の点灯に向かう。最後の塔の灯りを付けた時にはもう、日はすっかり落ちていた。


 この塔はオズロの家の横に立っている。見下ろすと当然のことだけど家には灯りが付いていた。


(思っていた人とは違ったな)


 思い切って砕けた調子で話してみても嫌な顔をしなかった。書き付けを手に入れるのを当然だと思わず、私に感謝してくれた。


(そういえば、お茶もパンも躊躇なく口にしてた)


 オズロにしてみたら得体のしれない小屋に案内され、怪しい薬草のお茶を出されて、口にするかどうか試されていると思ったかもしれない。木の実もパンも、意図しなかったけど美味しいかどうかではなく安全かどうか気になっていたかもしれない。


 本当に信頼関係を築こうとしていると思えた。私は既に、森の中のオズロを悪い人ではないと思ってしまっている。


(まだ、たった1日しか過ごしていないのに)


 本当にジリアムが言う通り、卑劣で腹黒い男なのだろうか。少し疑ってしまう気持ちを慌てて振り払い塔の階段を駆け降りた。

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