第5話/弓使いの住む村

ヴィルヘルム王都を去ってから2人は次の街へ向かうまでの間、野宿が必須となった。

しかし王室育ちのウィリアムからすれば何もかもが未体験であり初めて。食事も今まではお抱えの料理人らが出してくれたがそれすら居ない事から不便も極まりない。

飲水や食料の確保もまた自分達で行わなくてはならないのだ。何も無い平原をただ只管に2人は歩いて行く。


「…お腹空いたな、食べ物位何処かで買えば良かったかな。」



「知ってるだろ、金なんか無い…。」



「せ、せめて水を…!」



「……川の水は止めろよ?死んでもしらないからな。」


そんなやり取りを続けながら2人は何も無い平野を進んだ先、離れた場所に屋根が点々と見えるのを知るとウィリアムは目を輝かせながら立ち止まって見ていた。


「村だ!!村だよ!」



「そんなに嬉しいのか?」



「当たり前だろ!?水と食料を分けてもらえるかもしれない!」


そんな都合の良い解釈で良いのかと思いながらクリスティアは歩みを進めると村の中へと入り、周囲を見回しながら歩いて行く。ヴィルヘルムの街とは全く異なっておりそこまでの活気は無い。

するとクリスティアが立ち止まり、ウィリアムの服の袖を引っ張った。


「……お前、そこに隠れてろ。」



「え…どういう事?」



「こういう事だッ!!」


途端に此方へ向けて何かが飛んで来るとクリスティアはそれを右手で掴んで彼の眼前で止める。それは1本の矢だった。


「な、何で!?」



「歓迎してないんだろう…余所者は。」


背中に背負っている鎌であるファルクスを下ろすと彼女は周囲を見回す。ウィリアムは慌てて近くの積まれた荷物の裏へと隠れた。


「…相手は1人?それとも…未だ居るのか……?」


辺りは複数の家の他に木々が生えている。

矢が飛んで来た方向は恐らく木の上なのは察しが着いたが悪魔でそれは憶測でしかない。

クリスティアが考えていると再び矢が放たれ、今度は木の方向では無い所から飛んで来た。


「ちぃッ!ふざけやがって…ッ!!」


彼女はそれを鎌で叩き落とすと左側へ飛び退いて避ける。拉致があかないと判断したクリスティアは

積まれていた藁の山を踏み台にし飛び上がった。

即座に飛んで来た1発目を同じ様に叩き落とした筈が矢が消えてしまう。


「矢が消えた…ッッ!? 」


直後に彼女の右肩、左足へ矢が突き刺さるとそのまま地面へ落下して倒れてしまう。

同時に持っていたファルクスも落としてしまった事から完全に無力化されてしまった。

右手を伸ばしてファルクスを掴もうとした時、その合間に矢が突き刺さる。再び顔を上げると1人の少女が此方へ矢を向けていた。彼女の緑色の髪が風に靡いている。彼女の服装はノースリーブの黒い服と短めのスカートに黒い革のブーツ、そして茶色のマントを身に付けていた。


「……動くな!!動けば次は急所を射抜く。」



「てめぇッ…!!」



「何者だ…ダラム兵か?それとも盗賊か?」



「あ?誰が…ッ!!」



「早く答えろッ!!」


彼女の薄緑色の瞳がクリスティアを睨み付けている。どうやら返答次第では本当に急所を射抜くつもりらしい。すると隠れていたウィリアムが姿を現し、2人の方へ近寄って来た。


「違う、僕達はヴィルヘルムから来た!ダラム兵でも盗賊でも無い!!」



「……証拠は?」


彼女はクリスティアへ矢を向けたまま振り返るとウィリアムを睨み付けた。ウィリアムは何とか訳を考えようとするが思い付かず、証拠を示そうにも示せないという状況となってしまった。


「……示せないのなら2人纏めて此処で死ぬ事になるぞ?」



「待った!…解った、証拠を出すよ。クリスティア…アレを!」



「アレ?……ほらよ。」


クリスティアは彼女の前へ剣を放り投げる。

彼女は不思議そうに剣の鞘を見つめると頷いた。


「…この紋章、ヴィルヘルムのモノだ。すると本当に…?」



「うん、僕達は旅の最中に立ち寄っただけで……。」


そのままウィリアムは、ばたりと倒れてしまう。

咄嗟に少女が駆け寄ると彼を見ていた。


「おいッ!?大丈夫か、おいッ…返事をしろ!」



するとクリスティアが矢を引き抜いて立ち上がり、2人の方へ近寄る。


「無理もない、2日も何も口にしてないんだからな…あたしは平気だが此奴は長旅自体が初めて。食い物と水を貰いに此処へ来た…それだけだ。」



「……解った、先ずは此奴を運ぶ。手を貸して欲しい。」


クリスティアは舌打ちし止むを得ず彼女へ手を貸す事に。そして歩いて向かった先の一軒家へとウィリアムを運び込むのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ウィリアムが次に目を覚ましたのは1時間後。

ベットの上で身体を起こすと辺りを見回していた。


「此処は…?」



「私の家だ。気が付いたか?」


いきなり部屋のドアが空いて入って来たのは先程の少女で手には食器を載せたトレイを持っていた。

それを持って彼へ近寄ると棚の上へ置いて椅子へ腰掛ける。


「…安心して良い。食事に毒は入っていない、勿論…水もだ。」


少女は水の入った容器を彼へ手渡すと受け取った彼は水を美味しそうに飲んだ。どうやら余程喉が渇いていたらしい。


「ありがとう…助かった。キミの名前は…?」



「ソフィア、ソフィア…バラデュール。」



「ソフィアか…僕はウィリアム・ヴィルヘルム。えっと立場とかは…その、何て言えば……。」



「気にするな、身分の事は聞かない…それよりあの連れは?随分と変わっているが……。」


ソフィアはクリスティアの事を話し出す。

それに対し彼女とは話せば長くなるとだけ伝えた。

気になるのは村に来てから人の気配が殆どしないという事。気になった彼は彼女へと尋ねる。


「…ソフィア、この村にキミ以外の人は?」



「人は居る…400人程この村に居るが、山賊による略奪を恐れてあまり出て来ない。家畜や金品類…その他金になるモノ全ては奴等が持ち去ってしまうからだ。此処もこうなる前は自然豊かな土地だった…森も空気が澄んでいて、川も水が透き通る位美しい。この村の名前の由来も川から取っている。」



「前にこの辺は確かヴィルヘルムの兵隊の管轄だってリーゼから聞いた事があるけど……。」



「兵士は1人残らず殺された。今、この村を守れるのは私しかいない…すまなかった、こんな話をしても何も解決しないのに。ゆっくり休むと良い…私はお前の連れを風呂に入れて来る。幾ら何でも血生臭い……。」


すっと立ち上がり、彼女はウィリアムを残して部屋を出る。そして居間へ戻るとソフィアはクリスティアへ声を掛けた。


「……服を脱げ、洗っておくから。」



「はぁ!?ッ…嫌だ、脱ぐ気は無い…偉そうに命令するなッ!!」


クリスティアは顔を背けるとソフィアが近寄って彼女の肩へ手を置く。


「…このリヴィエールを出れば次に街へ着くのは当分先になる。食料、金銭も野宿の道具も持た無いお前達がこのまま進めば確実に野垂れ死ぬ事になる…解っているのか?」



「ふん…お前には関係無いだろ?」



「…なら、明日の朝にでも直ぐヴィルヘルムへ引き返せ。それが彼の為だ。」



「アイツが勝手に着いて来たんだ、一国の王子様が何も出来ない癖に出しゃばって…!」


そう呟いた途端、彼女はクリスティアの胸倉を掴み上げて睨み付ける。そして彼女へ強く訴え掛けた。



「命を粗末にするなッ!!お前達の旅の理由は知らない、目的も解らない…だが、命を捨てる様な真似だけは絶対に許さない…この先も旅を続けたいならアイツの事も自分の事もしっかり考えろ…ッ!!」



「…はッ…偉そうにあたしにお説教か?傭兵の癖に。」



「ッッ…何故それを…!!」



「見れば解る…アンタの目は人殺しの目だ。手慣れた弓捌き…そして急所を狙った的確な一撃。しかもアレはあたしの持つ武器と同じ類…。」


2人は無言で睨み合うとソフィアは自ら手を離す。そしてクリスティアへ呟いた。


「…風呂に入りたいなら水のクリスタル3個、火のクリスタルが4つ有れば足りる。そこの突き当たりに有る部屋、そこが風呂場だ。クリスタルならそこの棚に有る。」



「おい、まだ話は…ッッ!!」



「血生臭い女と話す気は無い…そういう事だ。私と話をしたいなら先ずは服や身体を洗う事だな。」


そう言い返すとソフィアは壁に寄り掛かって見つめる。クリスティアは睨みつけると止むを得ず着ていた服と赤いボロ布の羽織を脱いで手渡す。

一糸纏わぬ姿になると舌打ちし、風呂場の方へと向かって行った。それからソフィアは彼女が向かった先の浴室で戸棚から持って来た青いクリスタルを木で出来た浴槽へ投げ込む。するとクリスティアの身体半分を覆う程の水へと変化する。


「…水が湧いたぞ!?」



「これがマナクリスタル…欠片1つ有ればそこの木製容器1杯分の水を湧かせられる。今のこれは欠片では無くしっかりとした物。だから3つ有ればお前の身体半分程の水を出す事が出来る…。」


そう告げると今度は赤いクリスタルを別の場所へ入れると水が温かいお湯へと変化する。彼女は不思議そうにお湯を触っていた。


「まさか…入浴は初めてか?」



「長い間…入った事なんて無かった。大体、容器に入った水をぶっかけられて終わりだから…それに気にしても仕方無いだろ。匂いなんて皆どいつもこいつも同じだ。」



「…いや…お前だけは違う、血の匂いが酷い。先にお前の事を洗ってやる。」



「おい、止めろってッ…あたしに触んな!話聞いてんのかよ!?」


クリスティアの制止を振り切ってソフィアは彼女の身体の隅々を布で擦って洗うと髪は手で水を付けて流していく。2人の今の姿はまるで駄々っ子の妹と、それを何とかして風呂に入れてる歳上の姉の様だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そしてその日の夜。

ソフィアによって洗われたクリスティアは不機嫌そうな顔で椅子へ腰掛けていた。ご丁寧に服も全て乾いた事から問題は無いものの、色々気に食わない事があった為だ。目の前のテーブルではウィリアムとソフィアの2人が向かい合って食事をしている。

メニューは固そうな見た目をしたパンと具の無いスープのみ。


「…どうした?お前は食べないのか?」



「あ?…勝手に食ってろ。」


そう彼女が呟くとウィリアムは目線で食べた方が良いと訴えて来た。食事をしないと言い張る彼女に対し意地でも食事させるのは彼らしい所。

すると外から物音が聞こえ、食事をするソフィアの手が止まった。


「…また懲りずに来たのか。此処に居ろ、私が何とかして来る。」



「1人で大丈夫?」



「…気にするな。」


そう言い残すと彼女は立て掛けていた弓と細長い布の袋に入った矢を手に取ると外へと駆け出して行く。松明を手にソフィアは歩みを進めると家を荒らして出て来た1人と目が合った。どう見ても住人ではないのは明らかだ。


「…誰かと思えば、またお前か?女の癖に毎日ご苦労だな?」



「貴様らに渡す物はもう何も無い。大人しく此処を去れ!!」



「そうは行かない…此処から金目の物と食料全てを奪う迄は毎日来てやるッ!!」


口元を隠した黒い服の男は懐から刃物を取り出してソフィアを威嚇する。すると今度は彼の後ろから似た様な格好をした5人が姿を現した。


「6人…。」



「流石のお前も数ならキツイだろ?それにお前中々良い身体してやがる…へへへ、さぞお頭も喜ぶだろうなぁ!!」



「下衆が…ッ!! 」


ギリっと彼女は歯を食い縛ると弓を取り出し、指先で矢羽根を持ちつつ矢をそこに添える。弦と合わせてギリギリと狙いを絞りながら様子を伺っていた。


「風よ…私に力を…ッッ!!」


すうっと深呼吸し、彼女が矢を解き放つ。

空を切る音と共に1発が盗賊の胸へ突き刺さると倒れてしまった。


「て、てめぇ…ッ!やっちまえ!! 」


下っ端の1人が叫ぶと一斉にソフィアへと襲い掛かる。刃物による攻撃を避けつつ、矢を放つと1人、また1人と命中し倒れていく。すると1人が何かを投擲しそれがソフィアの前で爆発する。

どうやらそれは目眩しの様で彼女は劣勢へ追い込まれてしまう。


「目が…ッッ…!!」



「ははッ、こうなりゃお前は戦えねぇ!やれぇッ!!」


リーダー格を除いた3人がソフィアへ襲い掛かる。

間違い無くこのままではやられてしまう。

彼女へ刃物が振り翳される瞬間、その中の1人へ何かが突き刺さっていた。それは銀色の刃物でドクドクと刺された傷口から血が滴り落ちる。

刺された下っ端はそのまま地面へ仰け反る様に倒れてしまう。2人も咄嗟に手を止めて飛んで来た方向を見るとそこには1人の少女の姿があり、よく見るとそれはクリスティア本人だった。


「…悪い…手元が狂った。」



「この野郎…ッ!!」


すると下っ端1人が彼女へ襲い掛かって来ると

クリスティアは躊躇う事無くファルクスを振り翳して下っ端の男の身体をばっさりと斬り捨ててしまった。


「……邪魔だ、退け。」


彼女は死体を蹴飛ばして歩き、ソフィアの横へ立つと連中を見据える。


「お前、何故出て来た!?」



「何しようとあたしの勝手だろ…それよりアイツらがそうなのか?」


クリスティアは前方に居る2人を見つめる。

1人は此方を見て驚き、もう1人は刃物を向けたまま睨み付けていた。


「…あぁ、そうだ。」



「…へぇ?見た目の割には大した事無さそうだな。」


クリスティアがニヤリと口角を吊り上げて笑う。

そしてファルクスを向けて首を傾げた。

するとリーダー格の男が突然叫び出す。


「おいそこのお前ッ!俺達の邪魔をする気か!?お前は誰なんだ!?」



「あたしの事知らないのか?…なら好都合だ。お前ら纏めて喰ってやるよ…それとも此奴で切り刻んでやろうか?」


パキパキと左手の関節を鳴らして挑発する。

お前が行けとリーダー格が下っ端へ命令すると彼はクリスティアへ刃物を振り翳し襲い掛かる。

彼の刃が彼女へ目掛けて突き出されるとクリスティアはファルクスを左手へ持ち替えて彼の頭を右手で鷲掴みにし動きを止める。

ナイフは刃先が到達する直前で止められてしまった。


「離せッ、離せ…貴様ぁ…ッッ!!」



「……貴様の命を我が糧とし彼の者の魂をも破壊し喰らい尽くせぇッ!!」


彼女がそう唱えると右手が紫色に光り輝き、更に力が込められると男は悲鳴を上げながら黒い煤の様な姿へ変わるとそのまま消滅してしまった。足元に刃物と着ていた服が落下する。


「……ご馳走さん。美味かったぜ?」


クリスティアが笑うとリーダー格の男はガタガタと震えて彼女を見つめている。何が起きたのかがそもそも解らない。自分の部下が刃物を向けて突き進んで行った所までは覚えている…しかし頭を掴まれた途端、悲鳴と共に彼はあらぬ姿と成り果てて最後は崩れ落ちてしまった。


「きッ、貴様…まさか魔法マギアを使ったのか!?」



「魔法かどうか…確かめてみたらどうだ?次いでにお前も糧にしてやる。」


クリスティアがゆっくり前へ歩みを進める。

リーダー格の男が逃げ出そうとした時、何の騒ぎだと見た目の強そうな男が声を荒げて別の家から出て来る。男は彼をお頭と呼んで後ろへ隠れた。


「お前は…ヴァルター!?やはり来ていたのか…ッ!!」



「へぇ、俺の事覚えててくれたのか?ソフィアちゃんよ?で…そこの変なガキは誰だ?」


彼女にヴァルターと呼ばれた男がクリスティアを指さす。


「…私の連れだ。」



「連れ?こんなガキがか…笑わせてくれるな、えぇ?」


ヴァルターは部下から松明を受け取るとその顔が火の明かりで明らかとなった。

スキンヘッドに対し左目には縦に傷が有り、人相も悪人のそれを物語っていた。

彼の首から下は皮で出来た上着を上裸の上に羽織っている他に茶色のズボンを身に付けている。そして唯一違うのは彼だけナイフでは無いという点で彼の持っている武器は大きめな斧だった。


「…流石のお前でもあのヴァルターには勝てない。私の矢も通じなかったんだぞ…!どうする気だ!?」



「やってみなきゃ解らねぇだろ…それにこの先もあんなのが道中に居るかもしれないんだ、今の内に戦っておけば後は何とかなる…それとあたしの名はお前じゃない…クリスティアだ。」


彼女はソフィアへ落ちていた弓を拾って投げ渡すと更に前へ前進した。


「ほぅ…?この俺とやる気か?」



「当たり前だろ?…あたしは他人の生死なんざ興味は無い。でもな、強い奴が弱い奴を甚振って良い気になるのは気に食わない…それだけだ。」



「偉そうに…ガキの分際で俺に楯突く気か?良いだろう、その身を持って思い知らせてやる!!」


ヴァルターは担いでいた大きめな斧をクリスティアヘ向けると先に仕掛けて来る。

力強く振り下ろされた一撃をヒラリと彼女は左へ避けると死体に刺さっていたファルクスの末端の刃物を引き抜いて本体へ戻すと距離を取った。


「俺の一撃を躱したか…やるな、ガキの癖に!」



「はッ、そんな重たいのであたしを殺せるのか?」



「ほぅ…その言葉、忘れるなよ?」


ニヤリと彼が笑うと斧の柄を両手で握り、引っ張ると長さが延長される。つまりリーチが長くなったという事だ。そしてそれを再びソフィアへ目掛けて振り下ろすと彼女はファルクスの柄でそれを受け止めた。


「ぐッ…重てぇ…ッッ!!」



「最初の威勢はどうしたぁ?おらおらぁッ!!」


彼女が無理に振り払うと彼がそれを何度も何度も彼女目掛けてそれを振り回す度に空を切る音が聞こえて来る。あんなのに斬られれば間違い無く首は飛ぶし身体だって裂ける。


「これはオマケだ…喰らいなぁッ!!」


するとヴァルターは左手を突然クリスティアへ向けて翳すとそこから火の玉を数発放つ。それを彼女はファルクスで斬り裂いていくと辺りの草が燃えて焦げる匂いが立ち込めて来た。


「ちッ…盗賊の癖に魔法なんて使いやがって!!」



「当たり前だろ…盗賊がこんな便利な力、ほっとく訳ねぇだろうがぁッ!!」


更に威力を増した火球がクリスティアへ襲い掛かるとそれに合わせて斧が振り下ろされる。

彼女の居た地面へ刃が大きく突き刺さるとそこだけ抉れてしまった。


「逃げてばかりじゃ話に成らねぇぞ…お嬢ちゃんッッ!!」


横薙ぎに彼の武器が振られるとクリスティアはそれを飛び上がって躱わす。そして彼女は空中で身体を捻るとそのままファルクスを振り翳した。

鈍い金属音と共にその刃が彼の武器により防がれるとヴァルターは笑いながら見ていた。


「はははッ、残念だったなぁ?」



「ッ…!!」


クリスティアが距離を取るとファルクスを回して再び構え直す。そして息を整えると再び襲い掛かった。


「未だやる気か?お前は俺には勝てねぇ!! 」



「…そう言ってられるのも今の内だ…おっさんッ!!」


力強く振り下ろされた長斧をクリスティアは飛び上がって裂ける。そして左手が向く瞬間にファルクスの末端を向けて射出すると穿つ様にヴァルターの左肩を射抜くと刃物が貫通し血が噴き出て来る。


「とッ…飛び道具だと!?ふざけやがって…ッ!!」



「…お得意の魔法はこれで使えない、このままバラバラに斬り裂いてやるッッ!!」


そのまま身体を空中で回転させると勢い任せで彼の身体を長斧の柄ごと大きく斬り裂いた。


「が…ぁ…ッッーー!?」



「…言ったろ?勝ち誇っていられるのも今の内だって。」


彼女がくるりと背を向けるとヴァルターは何も言わずに崩れ落ちた。ばっさりと身体を斜めに斬られたまま、力無く地面に横たわる。それを見たリーダー格の男は走って何処かへ逃げてしまった。


「終わったぜ…えーっと……。」



「…ソフィアだ。」



「借りは返した…あたしの風呂の件とアイツの飯の件もだ。それで良いか?」



「…あぁ…構わない。」


それだけ話すと彼女は家の中へと戻って行くと

ソフィアもそれに続いて戻るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

朝を迎え、クリスティアは1人で昨日の場所へ来ていた。斬り倒した筈のヴァルターは消えておりそこには刃物が突き刺さっている。それを拾うと彼女はファルクスの末端へ差し戻した。

すると突然後ろから話し掛けられる。


「……ヴィルヘルムでは王子様を攫って、オマケに兵士の坊ちゃんとその仲間3人を斬り殺し、そして此処リヴィエールでは盗賊の首領と仲間を殺した…久しぶりの外はどう?クリス。」


その声は物静かだが何処か冷たい少女の声。

振り返ると黒い長髪の少女が立っていた。

ゆっくりと目を開くと彼女の両目は宝石の様に青い色をしている。


「…ヴィアンナ。 」



「あら、名前は覚えていてくれたのね?光栄だわ。」



「何しに来た…お前と話す事なんて何も無い。」



「私には有るのよ。ヴィルヘルムとダラム…その双方による戦争が近い内に始まるわ…それを貴女に伝えに来ただけ…。」


クリスティアはヴィアンナを睨むが

彼女は更に話を続けていく。


「ッ…!」



「…ダラム側が魔法を欲しているのよ。彼らが扱うのは擬似魔法ファルト・マギア、言ってしまえば魔法の出来損ない……ダラムには魔法という概念が浸透していないから完全な魔法の元なる素材が欲しいのよ。」



「…つまり奴等が求めているのは魔導書か。」



「ええ、ヴィルヘルムの持つ禁断の魔導書…それが貴女。でも貴女が居なくても彼等は魔法を扱えるわ。偶像の神…女神アレスの加護が有るのだから。」



「…なぁ、そのアレスって何だ?詳しく教えろよ。」



「…簡単に言えばこの世界に住む者達にとって都合の良い神という事よ。マナや魔法を彼女からの授かり物という事にすれば大抵の都合の悪い事は全て掻き消せるもの。」


ヴィアンナはそう伝えるとクリスティアを見つめると擦れ違う際に呟いた。


「…貴女のお望み通り…マリアンヌを始めとした関係者は生かしてあるわよ。あの時と同じ姿のままで……それでどうするの?もし仮に全員殺したら貴女は何処へ向かう気なのかしら?」



「アイツらを全員殺して…最後にあたしも死ぬつもりだ。魔法さえ無ければ……それで良い。」



「……そう。それとマリアンヌには充分気を付ける事ね。彼女、女騎士を雇ったそうよ?それも3人…。」



「女騎士?」



「1人目はレイチェル…それもかなりの手練でオマケに聖騎士。2人目がティアーナ…そして3人目がレオノーラ…残りの2人もかなり面倒。」



「はッ…なら全員殺せば良いだけだ。当然、ただ殺すだけじゃ済まさない…ッ!!」


クリスティアがギリギリと歯を食い縛る。

その目は狂気に飢えている様にも見えた。


「表は美しく着飾った王女マリアンヌ…国民からも愛される立派なお方。でもその中身は列記としたサディストそのもの…自分が美しくないと判断すれば最後、何をされるか解らない。もし出向くならこの日を狙うと良いわ…国民の前をパレードして歩くそうよ?婚約者のアルノートと共にね。」



「……何故そこまであたしに教える。」



「ふふふッ、見てみたいのよ…貴女の旅の行き着く先をね。それじゃ、確かに伝えたわよ…クリス。」


そう言い残すと彼女は姿を消してしまった。

クリスティアはゆっくりとソフィアの家の方へ歩みを進める。未だ彼女の復讐の旅は始まったばかり…目指すのはディオール、マリアンヌという王女が居る国だ。

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