第4話/復讐の代行者

「…ウィリアムが攫われただと!?」


黒い髪の男、レナードは自身の部屋に来たリーゼからの報告を受けて思わず叫んでしまった。

ギリっと歯を食い縛ると彼は舌打ちする。


「…申し訳ございません。関与しているのは例の少女で間違い無いかと思われますが…仲間の報告によればウィリアム殿下が馬を用いて蹴散らしたと聞いておりますが……。」



「そんな話はどうでもいい!!今は早くアイツを連れ戻せッ!!それとこの件は決して父上に知られてはならんぞ…解ったなら早く行け!!」



「…はい…仰せのままに。」


リーゼは会釈し、彼の部屋を去った。

残されたレナードは城の窓から外を覗く。

未だ彼女の正体もロクに解っていない。彼の耳に入っているのはこの国ヴィルヘルムにおける厄介な存在である事…そしてあの時自分が見た憎悪に満ちた赤と金色の瞳と異様な右腕。


「父上は何故…あんな女を……。」


そしてもう1つ気掛かりな事がある。

それは山を1つ挟んだ向かいの国であるダラム帝国が攻め入って来る可能性があるという事。

停戦協定を破って進軍して来るかもしれないのだ。

目的は恐らくまた鉱山資源を巡る物か、それとも領土拡大の為か……未だ目的はハッキリとしていない。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ヴィルヘルム王都、そこは城から離れた場所にある土地でこの街に流通している通貨はベレスと呼ばれ、金銀銅と鉄といった物が支払い時にもちいられる。そして此処には約10万人近い市民が此処に暮らしており賑やかな街でもあった。

人々が生活に用いるのは自然発生したマナが固形化し鉱物となった青い石、マナクリスタル。

火を起こしたりする材料や水を発生させるといった効果を持つ特殊な鉱物を使用するのが主となる。


そして城から逃げた2人もこの街に居た。

馬を捨てて空き家へ逃げ込んでいたのだ。

街中には常にセブンス騎士団の兵士らが巡回を続けている。その様子を2階の窓からウィリアムが見つめていた。


「……ダメだ、やっぱり外には出られない。」



「これからどうすんだ?…ちょっと見て来たが何処もかしこもお前ん所の兵隊がウロウロしてる。オマケに街の出口もご丁寧に見張られてるけど。」


壁に寄り掛かりながらクリスティアが話す。

いつまでも此処に居る訳にはいかないのは2人とも解っている。だが具体的な策が思い付かず此処に留まっていた。


「そういえば…クリスティアはお金持ってる?」



「金?…少しなら有る。何する気だ?」



「食料買わないと…出来れば今日と明日分。」


ウィリアムは彼女へ近寄ると右手の平を差し出す。

そこにクリスティアは銀貨数枚と鉄貨数枚を小袋から出した。


「これは……。」



「リラだろ?あたしの記憶が正しければ通貨はリラの筈だ。」


ウィリアムは苦笑いしながら彼女の方を見つめ、事情を話し出した。彼の話を聞いたクリスティアは首を傾げて眉間にシワを寄せながら彼へと詰め寄る。


「通貨単位が変わっただぁ!?」



「う、うん。リラ…だから僕の父上の4つ前の6代目の王様の時の通貨単位がリラだよ。ベレスになったのは8代目からだね。」



「じゃあコレは唯のクズ鉄……。」



「何かの役立つかもしれないし…取り敢えず持ってたら?捨てるのは勿体無いだろうから。」


クリスティアが機嫌悪そうに彼から下がった時、彼女は何かを感じたのか周囲を見回し始める。

ウィリアムはその様子を見て彼女へ声を掛けた。


「どうかした?」



「…いや…気の所為だった。お前は此処を動くなよ?それとあたしが出たら鍵を掛けとけ。」



「わ、解った。気を付けてね。」


クリスティアはそう言い残すと建物の階段を降りて下へ。そして外へ出ると彼女は左側へ歩いた所で足を止めた。


「……魔法を使って覗き見とは良い趣味してる。出て来い、居るのは解ってんだ。」



「…バケモノでも魔法は探知出来るんだな。それとも野生の勘か?」


クリスティアの後ろからやや低めの女性の声がする。彼女が振り返るとそこに居たのは長い金髪を後ろに結んだの女性で首から下は甲冑を身に付けている。その青い瞳はクリスティアを睨み付けていた。


「答えろ…、ウィリアム殿下は何処だ!!返答次第では……!」



「あたしを斬る…ってか?はははッ、兄さんの次はアイツのお抱えの騎士さんのお出ましか…そんなにアイツが大事なのか?」



「当たり前だッ!!我が命に掛けて、生涯守り抜くと誓ったのだ…今一度貴様に問う…殿下は何処に居るッ!!」


彼女は左腰に有る鞘から出ている剣の柄を右手で握り締める。殺意に満ちた瞳がクリスティアを睨み付けていた。


「アイツなら生きてるよ…でも、返す訳にはいかない。アイツは利用させてもらう…あたしの復讐を果す為にッ!!」



「ほぅ…それが貴様の答えか。」



「あぁ……そうだ。」


そうクリスティアが呟いた途端、向こうは一瞬の内に間合いを詰めて来て彼女の剣が左下から右斜め上へと振り上げられる。パラパラとクリスティアの黒い髪が数歩舞い落ちた。クリスティアは咄嗟に間合いを取るとペロリと舌を出して唇を舐める。


「……紙一重で避けたか。反応は良いらしいな?」



「危ない危ない…下手したら首が飛んでた。おい、オッサン!これ借りるぞ…金ならアイツに払って貰え!!」


クリスティアは自身の左側に有った武器屋の前から剣を1つ手に取ると商人の静止を振り切って鞘から刃を引き抜く。そして右手にそれを握り締めると途端に刃が黒く禍々しい色へと変色した。


「物質変換!?見た事の無い魔法を使う……!」



「さぁ…コレでお互い武器を持った。お前はあたしの復讐相手とは関係無いが…邪魔するなら…お前も殺すッ!!」



「……良いだろう、受けて立つ!!我が名はリーゼアイリス、セブンス騎士団の騎士…。貴様の命、私が貰い受けるッ!!」


そうリーゼが名乗ると真正面かクリスティアとぶつかり合い、互いに刃が交錯する。

離れるとそこからも何度も何度も2人は刃を交わしていく。魔法など使わない正々堂々とした剣による勝負そのものだった。


「だぁあッッ!!」



「うぉっとッ!?ちぃッッ…!!」


リーゼは剣を瞬時に振り翳しながらクリスティアに反撃の隙を与えずに追い込んでいく。

何とか一撃を避け、クリスティアが反撃とし剣を振り翳したが彼女の剣により刃が弾かれると共に擦れ違う形で胸元をザックリと斬られてしまい血が噴き出した。


「ッッーー!!?」



「…死ぬ前に今一度聞かせて貰おう、ウィリアム王子は何処だ…ッッ!!」


振り返るとリーゼは彼女の喉元へ刃を突き付ける。

その青い目は鋭く、クリスティアを睨み付けていた。項垂れた彼女の口の端からつうっと血が滴り落ちる。周囲に居た野次馬達も何だ何だとその様子を次々と見に来た。


「……死ぬ?くくッ…冗談…あたしはな…死なないんだよ…いや…死ねない…の方が正しいかな?」


にぃっと歯を剥き出しにしたクリスティアが顔を上げて不気味に笑う。するとざっくり開いていた胸元の傷が瞬時に塞がり、元の身体へと戻ってしまった。


「なにッ…!!?」



「でも…痛みは感じる。そこはお前達と同じ…骨を折られれば悲鳴も上げる、今みたいに斬り裂かれても同じなんだよ……。」



「貴様…本当に人間か!?まさか黒魔術を…貴様は悪魔の化身か得体の知れない何かなのか!?」


クリスティアはペッと地面へ血を吐き捨てる。

周囲の野次馬らも今見た光景に対してどよめきが起きていた。


「…あたしはな…復讐者リヴェンジャーだッッ!!」


リーゼの剣が引いたのを見て咄嗟にクリスティアが走り出すと彼女の胸元へ右足で鋭い蹴りを放つ。

鎧から鈍い音がするとそこだけ大きく凹んでしまった。後退ったリーゼは再び構え直し、クリスティアへ挑み掛かる。


「ぐッッ…今度こそ確実に急所を…ッ!!」



「やれるもんならやってみな…今度はあたしがお前を斬ってやるッ!! 」


クリスティアは剣を逆手に握り締めるとその右手に力を込め、真正面から来たリーゼと再び刃を交わす。そしてクリスティアの握る剣の刃がリーゼの剣を砕くと彼女の首元でその刃を止めた。


「……あたしの勝ちだ。」



「ッッ…!!」


リーゼの喉元には黒い刃が突き付けられている。

だがクリスティアはトドメをさす事はせずに刃を引いた。


「貴様…何故殺さない!私は負けたのだぞ!?」



「…あたしが殺すのはこんな身体に変えた連中だけだ、他に興味なんて無い。勝手に生きて勝手に死んじまえばいい。」



「貴様…、自分が何を言っているのか…ッ!?」



「それにもう忘れた…何処で産まれ、何処で育ったのかも、何が好きで何が嫌いなのかも全て。」


するとリーゼは何も言わずに剣を収めた。

刃を交えて解ったのは彼女…クリスティアがバケモノと呼ばれる所以そのもの。

もう1つは武器の形状変化、そして高い自己再生能力を有しているという事だ。何より切り傷や擦り傷程度なら魔法で治せるが彼女は魔法を使わずに再生させたのが気掛かりだった。


「…此処に殿下は居なかった、レナード殿下にはそう伝えよう。」



「良いのか?バケモノを野放しにして。お前らはあたしが欲しいんだろ?」



「国王陛下や一部の貴族が何故、貴様に拘るのかは知らない…だが私は貴様に負けた。つまりそれ以上干渉する余地は無いという事だ。1人の騎士としてそれ以上の事は言わない。」



「…そうかよ……。」



「ところで貴様の名は何という?聞きそびれた。」



「…クリスティアだ。解ったならとっとと失せろ。」



「クリスティア…私と約束しろ、目的を果たした暁には殿下を必ず生きてこのヴィルヘルム国へ返すと。」



「……もし殺したら?」



「その時は私が貴様を細切れにしてやる…。」


彼女はそう言い残すと去って行った。

クリスティアも散策の為に歩き出そうとした時、急に1人の老人に呼び止められる。服装は街の人間が着ている物よりも古い気がした。

黒く長い髭を生やした彼の歳は恐らく70歳程。だがそれを超えている様に見えた。


「…先程の戦い、見させて貰った。」



「あ?誰だよアンタ。」



「名乗る程の者では無い…ついて来い、復讐者よ。其方に相応しい力をくれてやる。」


そう言われてクリスティアは半信半疑で彼へとついて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「なぁ、何処まで歩くんだよ?」


クリスティアが話し掛けるも彼からの返答は無い。

辿り着いたのは街からだいぶ離れた場所で人の気配すら感じられない。暫く歩くと2人の前に崩れ掛けた教会の様な建物が姿を現す。老人は此処で漸く立ち止まった。


「此処は…?」



「この中だ…ついて来い。」



「未だ歩くのかよ……。」


建物の中へ入り、奥へと進むとクリスティアの目に飛び込んで来たのは異様な物だった。

それは石で作られた彫刻なのだが象っているモノは人間では無くローブを纏った何者かで

よく見ると顔の部分は髑髏の形をしていた。


「これは…石像…か…?」



「これは死の神を象った石像。其方に渡すモノはこれでは無い。」


その像の付近にある格子へ老人が立つと何かを唱えた途端に格子が勝手に開く。青白い炎が左右に姿を現すと階段が明るみになり今度はそこを伝って下へと下り始めた。まだ歩くのかとクリスティアは呆れた顔をしながら彼の後ろをついて行く。


「おい、未だ着かないのか?」



「直に着く……此処だ。」


通路を右へ曲がった先にある奥の部屋の前で立ち止まり、鉄の扉を開く。部屋の奥には先程と同じ像が人型の大きさで置かれていて、その手には何かを握り締めているのが解った。


「…これが其方に渡すモノ。命を狩り取る為の刃。」



「何だこれ…?」


ゆっくりとクリスティアが像へ近寄るとその手には柄が赤い鎌が握られていた。刃の部分は綺麗な銀色をしていて、柄の下側には赤い刃が付けられている。


「……名はファルクス。その刃の一振りで数多の命を狩り取る事が出来る…そして其方の右腕のそれは古の技術により作られた魔法の根源。」



「…魔導書の事を知ってるのか?」


振り返ると老人は頷く、そして話し出した。


「元来、魔法というは現世に存在せぬ力だった…だが人々はその力を欲したのだ。他者をも寄せ付けぬ圧倒的な力を…だが、そんなモノは何処にも存在しない。模索し続ける中…やがて1つの答えに辿り着いた…魔法というのは神が授ける神聖なモノであるという事に。」



「ッ……!!」



「そして魔導書というのは元は魔術の詠唱を記した書物にしか過ぎぬ。だが、その魔導書自体も形を変える…それが武器であったり、書物であったりと…形は様々。其方の場合はそれが腕となった。」


老人がクリスティアの右腕を指さして呟いた。

彼女もいつの間にか視線を自分の右腕に向けている。


「…じいさん、アンタ何者なんだ?」



「復讐に飢える死神…と言えば良いか。儂も孫娘を殺されたのだ。嘗てのヴィルヘルム王が裏で行っていた非人道的な人体実験…その被験者に選ばれた者は皆帰って来なかった…そんな中で儂の元に帰って来たのはこの破れた赤い上着だけ…兵士らはこれがお前の娘だと嘲ける様に笑って投げ捨てて行きおった…。」


すっと老人が椅子に掛けてあった破れてボロボロになった上着を手に取って彼女へ見せる。所々に赤黒い染みが付いているのが解った。


「……その子の名前は?」



「アルレア…生きていれば其方と同じ歳だ。優しくて何より笑顔が良く似合う子だった……。」



「それで…アンタはあたしに何を望む?」



「願わくば魔法の消失…そして魔法の発端に関わった者達の死…頼む、復讐者よ…孫娘の…アルレアの無念を…果たしてくれぬか…!!」


老人はクリスティアへ近寄ると彼女の左手を掴む。その手はか細く、肉は殆ど付いていない様にも見えるのだが彼の両目は未だ生きていた。

孫娘の仇を討って欲しいというその目だけは。


「解った…アンタの復讐はあたしが引き受ける…この鎌、そしてその上着をあたしにくれ。肩が出てると夜は寒くて堪らない。」


クリスティアは老人から上着を受け取り、鎌を像から取り外す。両肩からその上着を掛けてマントの様に羽織ると右手にファルクスを握り締めた。

そして彼女は老人と共に外へと出ると

クリスティアは立ち止まり、彼へ再度尋ねた。


「…本当に良いんだな?」



「構わぬ…孫娘の無念が晴れるのなら……。」


彼女は頷くと彼の元を去った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

街へ戻る頃には既に夜でクリスティアは建物の屋根の上に居た。そして1人の兵士を見つけると彼女は屋根から飛び降りて彼の後ろへ立つ。すっと彼の喉元へファルクスの刃を宛てがうと後ろから話し掛けた。


「動くな…動けばお前の首が宙を舞う。聞かれた事だけに答えろ…!」



「なッ…何だ貴様…ッ!!」



「…アルレアという名は知っているか?」



「ッッ…し、知らない!!」



「なら誰が知っている…答えろッ!!」


クリスティアは鎌の刃をより近付ける。

そして彼女は名前を聞き出すと彼を殴って気絶させると立ち去った。その足で次に向かったのは街を守る為に兵士らが借りているとされる宿舎でギルバートという名の兵士なら知ってるかもしれないという事を先程の兵士から彼女は聞いていたからだ。

同じ様に屋根から見下ろしているとヘラヘラ笑いながら1人の兵士が仲間と共に出て来る。


「アイツか…?」


クリスティアは屋根伝いに彼を追跡すると

途中で飛び降り、彼の後を更に追う。

その足で彼が向かったのは古い空き家だった。

中へ入った彼が2階へ向かうと部屋の中から呻き声の様な声がする。尾行していたクリスティアも足を止めて物陰へと身を潜めた。

彼が部屋へ入ったのが解るとドアが閉まる一瞬の隙間から見えたのは裸にされた女の子、そして彼の横顔。途端にその呻き声も大きくなった。


「間違い無い……アイツだ。」


クリスティアは上着を少し握り締めると立ち上がり、ファルクスを背中から外す。そしてドアへ近寄るとそれを振り翳して斬り裂いた。木製のドアが斜めに斬れて彼女が残りを蹴飛ばして部屋へと押し入る。ベットへ目を向けると猿轡をされた少女に覆い被さるギルバートと彼の横に2人の兵士が立っていた。


「な、ななな何だお前!?」



「…アルレア、貴方様を殺しに地獄から来た者です。」


その名を聞いた途端、ギルバートは少女から飛び退くと驚いた顔で見つめていた。


「あ、アルレア!?知らねぇな…そんな名前!」



「あらぁ…知らないのですか。これを見てもそれが言えますか?」


すっと自分の羽織っている上着を見せる。

余計にギルバートの顔が凍り付いていくのが解った。今度は彼の取り巻きが2人、剣を抜いてギルバートを守る様に立ちはだかる。


「お嬢ちゃん、大人の事情に口出しするのは良くないよなぁ?しかもそんな格好で…混ざりにでも来たのか?」



「解ったなら回れ右して早くママの所へ帰りな!」


片方は自分より大きい、もう片方は自分より頭1つ大きい痩せた男。ペロリとクリスティアは舌を出して上唇を舐め、ファルクスを向けた。


「…そこのお嬢さん、怖かったら布団にでも包まってると良い…用だけ済ませたら出て行くから。この騎士の恥晒し共を全員殺してから…ね。」



「何ふざけた事を抜かしてんだこのガキぃッ!!」


先に仕掛けて来たのは大柄な男。

だが彼の剣はクリスティアへ届かなかった。

当の男は自分の身体が宙に浮いたのかと思って此方を見ている。いや、そうでは無い。床にあるのは自分の身体…‪‪つまり舞っているのは自分の頭。

ドチャッとまるで水気の入った何かを落とす様な音を立てて床へとそれが落下した。

噴水の様に首の切断面から血が噴き出すとクリスティアの顔やファルクスの刃を真っ赤に汚していく。


「え、え、エルヴァー!!?おいッ…嘘だろ…あのお前が一瞬で……ッッ!?」



「…おいおい、セブンス騎士団ってこんなに弱いのか?仮にも国王陛下を守る騎士サマなんだろ?胸の刻印が泣くぜ?」


つかつかと前へクリスティアが進むとニヤリと微笑んで痩せた男との距離を詰め始める。


「悔しかったらご自慢の魔法でも使ったらどうだ?女神アレス様の加護って奴…持ってるんだろう?」



「こッ、後悔するなよ貴様ァァッ!!」


彼が右手を向けて女神アレスの名と共に詠唱すると

手から複数もの光の玉がクリスティアへ向けて飛んで来る。しかし、それを避けようとはせずそのまま立っていた。


「ぷッ、ふはははッ!!バカかお前!魔法を避けずに自分から喰らいにいくとは!!」


すると硝煙の中からドスっと何か鈍い音がし、それと同時にズキズキと痛みが走り出す。何事かと思って腹部を見てみると何か細長い物が自分の身体を刺し貫いていた。


「そんなッ…馬鹿な…ッ!?何故…何故…ッ!!?」



「立っていられるか……?あたしに魔法は効かないんだよ…クズ野郎がぁッッ!!」


途端にそれが腹部から引き抜かれると

ボタボタと床へ血が滴り落ち、思わず膝をついて地面へしゃがみ込んでしまう。そしてふと彼女の方を見上げると此方を見て笑っていた。


「何が…目的で…こんな真似をする…ッッ!?」



「…魔法の実験は今も未だ続いてる。そうだよな?あたしで最後とか抜かしておきながら…結局は未だ同じ事を続けている……腐った国だな、このヴィルヘルムってのは。神の次は何だ?ドラゴンでも呼び出す気か?」



「ッッ…!?」



「……被検体ナンバー3450…本名アルレア・エヴァンスを攫って殺したのはお前達だろ?」



「な、何故それを…貴様は一体…ッ!?」


血塗れのクリスティアは彼へ顔を近付けて

その口を開いて話し出した。


「あたしは被検体ナンバー001‪‪…クリスティア…お前達が生み出した偶像の女神…アレスの依り代であり…」


そう呟くと彼女は彼の首を左手で掴み、そして不気味な笑みを浮かべながら見据える。

無理矢理立たせて窓枠へ彼を押し付けた。


「…復讐者だ…ッッ!!」


そして突き放すと2階の窓から彼を放り投げた。

手を伸ばし、掴もうと必死に足掻く彼の身体は落下し通りへと鈍い音を立てて叩き付けられてしまった。

臓物や骨が肉体を突き破って出て来るとそこから赤い血液が地面を汚し始める。

残ったギルバートはいつの間にか逃走してしまったらしい。しかし、彼が向かう先は解っている。

クリスティアは血塗れのまま外へ飛び出ると器用に着地して路地を駆けて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「はぁッ…はぁッッ…!何なんだよアイツはぁッ!?」


一方のギルバートは自身の居る宿舎とは全く異なる方向へと走っていた。立ち止まった時にはいつの間にか街から離れ、遠くまで来てしまっていた。

ヴィルヘルム郊外から離れた此処一体に広がるのは草むらと木々のみで人なんか通りはしない。

流石に此処迄は彼女が来る事は無いと思い、内心安堵していた。


「アルレア…まさか生きてたとは…くそッッ、完璧に証拠も全て消したハズだったのに…!!」


彼、ギルバートは魔法の更なる研究と発展の為に連れて来られる被検体の少女らを商人から特別にと譲り受けた。それこそがアルレアだったのだ。

何より彼が気に入ったのは彼女のブロンド色の髪と整ったスタイル。そして仲間であるエルヴァーやディナルドと共に彼女を犯し続けた。

嫌がっても、泣いても、叫んでも、彼等は辱めの限りを尽くしたのだ。

そして彼女は度重なる陵辱の末に衰弱して死んだ……その後、彼女の遺体は魔法を用いて焼却。彼女の遺品となったコートは別の兵士へ渡して返却させた。


「…兎に角今は城へ戻って…それで…賊に襲われたと団長へ伝えれば……!!」



「1人だけ助かろうだなんて…ムシの良い話だよな?ギルバート。」


木の上から声が聞こえ、その上を見ると空き家に居た少女が見下ろしていた。アルレアの赤いボロボロのコートを身に付けた彼女がそこに居たのだ。


「お、お前ッ…どうやって…!!?」



「さぁな?それより…お仲間の事は良いのか?アンタの事を慕ってるんだろう?」


木の上からクリスティアが降りて来ると

ギルバートの方を見つめていた。

我に返った彼はクリスティアを指さして叫び出す。


「俺の仲間…エルヴァーとディナルドはどうした!?エルヴァーは兎も角…ディナルドは生きてるんだろうな!?」



「…‪‪…あぁ、あの細くて骨みたいな奴の事か?残念だが…アイツは死んだよ……。」


悲しそうな声と表情を見せ、クリスティアが呟く。すると突然態度が変化した。


「……あたしが殺した。くく…ッ、あっははははッッッ!!良い最後だったよ…アンタにも見せてやりたかった。そのディナルドって奴なら地面にトマトみたいに潰れてる…誰かも解らない位にぐちゃぐちゃだぁッ!!」


ニヤニヤとクリスティアは笑ってギルバートを見ている。彼は怒りのあまり彼女を恐ろしい形相で睨み付けた。


「おのれぇッッ!! 」



「騎士に必要な剣も何も無いお前に何が出来る…?」



「言わせておけば…小娘の分際で俺を侮辱しやがってぇッ!!」



「……その小娘に負けるんだよ、お前は。」


すると彼は右手を突き出して詠唱をしようとするものの、全てを言い切る前に彼の右腕が宙を舞って地面へどさりと落下する。

クリスティアがファルクスで斬り落としたのだ。


「いぎゃあああッッッーー!?俺の、俺の腕…俺の腕がぁあッッ!!?」



「残念…魔法の詠唱なんてさせる訳無いだろ?もう見飽きたよ。とは言え、直ぐ魔法に頼るのは騎士としてどうかと思うけど……。」


泣きながらギルバートはクリスティアを睨み付ける、傷口からドクドクと血を流しながら。

止血しようにも何も出来ない。


「此奴…殺してやるッ…殺してやるぅッッ…!! 」



「殺してやる?……アルレアも同じ事言ったんじゃないのか?お前達3人に向かって。苦痛と辱めに耐えながら…何度も何度も…!!」


クリスティアは彼へファルクスを突き付けると

血に染った鎌の刃が月明かりでギラギラと輝いていた。するとギルバートはクリスティアへ突然命乞いをし始める。ペコペコと何度も頭を下げて。


「な、何が欲しい!?金か?金なら有るぞ…それとも…アレか?新しい服か?!」



「…どっちも要らない。あたしが本当に欲しいのは……」


クリスティアは手にしていたファルクスを振り上げると最後に呟いた。


「…お前の命だ。」


そしてファルクスを振り翳して彼を切り裂く。

ギルバートは何かを訴えながら目線だけでクリスティアを追っていた。すると彼女は斬り落とした右手の中指に嵌められていた指輪を取り外す。


「コレだけは貰っといてやるよ…確か願いの指輪だっけか?王族や貴族が喜んで欲しがる代物だからな。」


そう言い残すと彼女は立ち去った。

3人の兵士を相次いで斬り殺したその顔は何処か笑っていたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして翌朝。

ウィリアムが部屋で目を覚ますと室内の隅で座り込んで眠っているクリスティアの姿が。

昨晩はアレからずっと帰って来なかった事から心配だったのだ。


「…お帰り、クリスティア。何か凄く血の匂いがするんだけど…それにその鎌は何処から……。」


すると彼女は目を覚まし、ウィリアムを見つめる。

そして立ち上がると彼へ近寄って呟いた。


「…今日中に街を出る。この先の通りを進んだ先にある抜け穴から外に出られる。」



「うん…それで抜けた後はどうするつもり?」



「……森を抜けて此処から先、北にあるディオールを目指す。あたしはそこに用がある。」



「それは良いけどディオールに何が有るの?」



「……どうしても殺さなきゃいけない奴が居る…名はマリアンヌ。ディオールに居る王女様さ。解ったならさっさと支度しろ、お前ん所の兵隊が押し寄せて来る前に離れる。」


彼女はそう言い残すと部屋を後にした。

そしてウィリアムは住み慣れた故郷、ヴィルヘルムと別れを告げて長い長い旅路へと赴くのだった。









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