第26話



 その日の夕方、虎太郎の部屋には長谷川と城ヶ崎の姿があった。二人はテーブルの上に置かれた紙切れを眺めている。

「これで確定したな」

「確定とは言えないかもしれないがほぼ、だな」

「ほぼは確定だろ」

「刑事の息子がそんなこと言っていいのか」

「お前は細かいんだよ」

「いや、お前の方が細かいはずだ。確定と言うからには何か証拠でもつかんでいるのか」

「証拠というか、だいたい最初から変だっただろ。同じような境遇の生徒会長が二人も自殺するなんて。偶然にしてはいくらなんでもさ」

「そりゃ誰だっておかしいとは思うさ。だが警察がちゃんと調べたんだろ? それで自殺と言われたら納得するしかないだろう」

「若葉高校の生徒会長は呪われているとでも思ったか」

「そっちの方がまだ真実味はあるな」

「お前も気をつけろよ。呪われるかもしれねえぞ」

「俺は大丈夫だ。呪われても気づかないだろう」

「ああ、お前こう見えても天然だからな。呪った人が気の毒だな」

「失礼な。そんなことに構っている暇がないだけだ」

「あの……」

 長谷川と城ヶ崎の会話を黙って聞いていた虎太郎がしびれを切らしたのか口を挟んだ。

「お、悪い虎太郎。で? これを持ってきた奴は見てないんだよな?」

 長谷川がやっと自分の方を見てくれたことに虎太郎はほっと安心していた。

「はい。ドアを開けて見ましたけどもう誰もいませんでした。少し時間が開いてしまったので。すぐに見ればよかったです」

「バカ。そしたらお前はどんな目にあってたかわかんねえぞ。よかったよ、すぐに出なくて」

「はあ……それで、確定したって言うのはまさか」

「ああ。おそらく伊吹さんは自殺ではなく殺された」

「菅谷誠もな」

「そう、ですか」

 長谷川と城ヶ崎は虎太郎の顔を見つめていた。

「あ、僕なら大丈夫です。もう何があっても」

「おっ」

「なんだ虎太郎。急に成長したな」

「僕だって最初から兄が自殺なんてするはずないと思っていたからこうやって若葉高校にまで来たんです。でも自分が実際に兄と同じようにひとりで暮らしてみて、もしかしたら本当は兄は何か悩んでいたのかも、何か苦しんでいたのかもしれないと思うと耐えられなかった。まさか殺されたとは考えてもいなかったけど、自殺よりは納得がいきますから」

「そうか。またわんわん泣き出すんじゃないかって思ってたけど、大丈夫そうだな」

「はい。それで、これを持ってきた人が犯人なのでしょうか」

「犯人なのか犯人が誰かに頼んだのか、それはわかんねえけど」

「これでずいぶん絞られるな」

「そうだな」

「どういうことですか?」

「まず、犯人はここに虎太郎が住んでいることを知っている人間だ」

「誰が知っているかい?」

「えっと、先生たちならすぐにわかるはずです。あとは……部長と城ヶ崎さんと岸谷刑事、あ、ホウライ軒の店長も知っています」

「その中で、虎太郎が今日は応援に行って早く帰ってくるということを知らなかった人間は誰だ」

「えっ?」

「つまり、虎太郎くんが普通に学校にいるものだと思って犯人はその時間に行動した。まさか家にいるとは思ってなかっただろうね」

「そうか。だったら先生たちじゃないはずですね。学校にはプリントを提出しますから」

「だな」

「残ったのは岸谷刑事とホウライ軒? ホウライ軒ってあのラーメン屋のことか?」

「ああ、あのラーメン屋。お前は行ったことないだろう」

「ないな」

「でも岸谷刑事もホウライ軒の店長もどっちも犯人だとは思えません」

「だとすると、まだ俺たちの知らない新たな人物か」

「さあ、どうだろうな」

 三人はしばらく黙って考えていた。

「あの、このことは警察には?」

 虎太郎が聞いた。

「いや、虎太郎、心配かもしれないがまだこのことは三人だけの秘密にしておいてくれ」

「いいですけど」

「おい長谷川、大丈夫なのか?」

「警察に言ったところで、だ。どうせこの紙を調べたって何もわからない。指紋も何も出ないだろう。警察が警護をつけてくれたとしても無駄だ。もうこんな危ないことはしないだろうからな、犯人は。だったらことを大きくしない方がいい」

「だとしても虎太郎くんが危ない目にあったりしないか?」

「今のところは大丈夫だろう。虎太郎はおとなしくしておけばいい。普段通りに過ごせ。あとは俺が動く。俺のところにはこんな手紙は来てないからな」

「お前何屁理屈言ってるんだ?」

「ははっ。で、城ヶ崎。生徒会の金の管理は誰だ? 先生か?」

「いや、先生は通さない。直接校長だ」

「ということは経理が作った書類をそのまま校長に渡すってことか?」

「経理の作った書類は一応みんなで確認するけどな」

「その書類を見て校長が金を出し入れする?」

「校長本人がやっているのか誰か別の人間がやっているのかは知らんが」

「別の人間なら、例えば?」

「さあ、PTAの役員とか?」

「PTA……PTAって生徒の親だよな。だったら毎年変わる」

「そうだな」

「そのPTAのまとめ役は? 先生か?」

「PTAの顧問は校長だ。あ、でも確か、俺が調べた書類の中には校長じゃない時もあったな」

「誰だった?」

「確か、猪又って書いてあるサインを見た」

「猪又? それ間違いないか?」

「ああ、間違いない。校長の名前が猪狩いがりだろ? 字がよく似てるから見落とすところだったんだ。何度も見直したよ。水沢伊吹の前までは猪又のサインが何回かあった」

「猪又コーチ」

「ああ」

「コーチ?」

「あ、猪又コーチは兄がいたバスケ部のコーチだったんです」

「その猪又は伊吹さんが亡くなったのを知って酒に溺れた。そして事故をおこした」

「なるほど。それで今は行方がわからないって言ってた奴か」

「ああ」

「怪しいな」

 長谷川は祈るように顔を上にあげ宙を仰いでいた。

「安村ぁ……頼む~」





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