第9話



「やっぱり僕は兄の死の真実が知りたいです。それがどんな結果でもいい。全て受け止める覚悟はあります。後悔もしません。だから部長、協力してもらえませんか? どうかお願いします」

 新聞部の部室で虎太郎は長谷川に深々と頭を下げていた。

「まあ、そう言うだろうとは思ってたからな。早速伊吹さんのこと調べてきたぞ」

「え」

 頭を上げた虎太郎は驚いた顔をしていた。

「伊吹さんが三年生の時の担任はもうこの学校にはいなかった。自分が受け持ったクラスの明るくて頼りになる人気者の伊吹さんが死んでショックだったらしい。責任を感じたのかすぐに退職してる。それからは教師の仕事はしてないみたいだな。どこで何をしてんのか」

「担任……お葬式に来てました。近藤先生、でしたよね」

「ああ。で、二年生の時の担任だった安村先生。これが今のバスケ部のコーチだ」

「コーチ? あの、猪又コーチは?」

 忘れもしない自分のことを憐れんだ目で見ていたコーチだ。

「猪又コーチは解雇されたらしい。これも伊吹さんが亡くなった後、すぐだな」

「解雇ですか? なんで」

「飲酒運転で捕まった」

「そんな」

「バスケ部の監督はずっと変わらず犬飼監督だ。話を聞くならまずは監督だな」

「監督……あ、クラスメイトのバスケ部の友達に頼んでおきました。自分のクラスに水沢伊吹の弟がいるってことをそれとなくみんなの前で話してみてって」

「そうか、なら噂はすぐ広まるだろうな。これで話が早くなるぞ」

「……やっぱり部長はすごいです。一日でもうここまで調べられるなんて。僕なんかこの一ヶ月間なんにも出来なかった」

「ははっ、一年と三年じゃそうなるだろうよ。俺は地元だしある程度なら顔もきく。それにこの情報は別にあちこち嗅ぎまわったわけじゃないしな」

「じゃあどうやって?」

「情報屋とでも言おうか、何でも知ってて調べもしてくれる便利なおっさんがいるんだよ」

「そんな人が」

「管理人のおっさんだよ。見たことないか?」

「管理人、さん?」

「なかなか外に出てこないレアな存在だからな。お前が屋上に行くのに抵抗がなければ案内してもいいけど?」

「屋上ですか? 実は見てみたかったんです。でも鍵がかかってて立ち入り禁止って書いてあったから」

 虎太郎がそう言うと長谷川はズボンのポケットからじゃらじゃらと音を立てながら鍵の束を取り出した。

「どうする? 行ってみるか?」

「はい!」

 屋上へ行くには校舎に入り三階の三年生の教室が並ぶ廊下を通らなければならなかった。虎太郎が前に長谷川の姿を見たのも屋上に行こうとしてこの廊下を通った時のことだった。

 放課後の校舎は静かだった。一番奥の三年D組の教室を過ぎて屋上への階段を上る。

「屋上が立ち入り禁止になったのは伊吹さんが亡くなってかららしい」

 そう言いながら長谷川は頑丈そうな屋上へのドアの鍵を開けた。

「で、使い道の失くなった屋上に管理人のおっさんの部屋を建てた」

「わあっ」

 広い屋上の奥にどんっと不自然に建っているプレハブ小屋が虎太郎の目に飛び込んできた。そしてそれと同時に兄が飛び降りたとされている四方を取り囲む高い塀も目に入った。虎太郎は妙な違和感を感じた。普通屋上にこんな高い塀を作るだろうか。屋上の囲いのイメージは鉄の柵や金網のフェンスだ。ここはまるで頑丈に守られたお城の壁のようだと感じていた。

 長谷川の後ろをついて歩きプレハブ小屋の前にたどり着いた。長谷川がドアをノックした。

「おっさん、俺」

「どうぞ」

 中から声がするのを確認して長谷川がドアを開けた。

「お邪魔します」

「失礼します」

 中に入ってまた虎太郎は驚きを隠せずにいた。

「なんなんですかここは」

 正面の壁一面には大きなモニターのようなものがあった。さらにそれはいくつもの画面に別れており、よく見ると映っているのは教室や体育館、グラウンドといったどれも見たことのある場所だった。

「もしかして、監視カメラ?」

「ああ、監視カメラがあるって気がつかなかっただろ? おっさん、彼が伊吹さんの弟の虎太郎」

「あ、はじめまして。水沢虎太郎です」

「ほう、確かによく似てますね」

 モニターの前に座っていた管理人は椅子をクルリと回転させて振り向いた。長谷川はおっさんと呼んでいたが虎太郎からすれば作業着を着た白髪まじりの薄い髪の毛という見た目はおじいちゃんと呼んでしまいそうな雰囲気だった。

「この監視カメラは伊吹さんが亡くなってから付けたんだ。各教室と部室、体育館にグラウンド。あとは生徒会室に職員室、まあ学校内の全てだな」

「そんな、気付かなかったです」

「ははっ、これはオヤジたち、つまり警察が付けたものだからな。気付かれたら意味ねえよ」

「はあ? 警察が? えっ? 部長、どういう」

「ん、実は俺も最近知った。虎太郎、お前のおかげでな」

「僕?」

「ああ、言っただろ。オヤジも伊吹さんの自殺に納得いってないって」

「えっ、そんな……えっ、じゃあ、まさか兄ちゃんは」

「それを調べるためにおっさんがこの若葉高校に管理人として潜入してんだよ」

「潜入?」

「はは、さっきから聞いていると喋り方もお父様にそっくりですな新之助坊っちゃんは」

「坊っちゃん?」

 虎太郎は訳もわからず長谷川と管理人の二人を交互に見つめるばかりだった。

「挨拶が遅れました。新之助坊っちゃんのお父様、長谷川警部にお世話になってます岸谷です」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 慌てて管理人に頭を下げた虎太郎だったが一気に入ってきた情報量の多さに少しばかり混乱していたのも確かだった。





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