第五話 グランベル公爵家
時刻は
エターク王国首都・
入り口から正面にはテラスへと続く大きな窓があり、今は換気のために開け放たれている。
そよぐ微風が
向かって右手、ゆったりとした大きさのベッドの上に、先日の魔獣討伐任務の折、公爵家が身柄を預かった彼女の眠る姿があった。
(……まさかこんな形で再会する事になるとは)
ルーカスは彼女を知っていた。
最初は見間違いかと思った。
でも、間違えるはずがない。
光に反射して輝く長い銀糸。
たった一人で領域魔術を行使する優れた力。
そして何よりあの歌声。
間違えようがなかった。
(何故、君があんな場所に……)
理由はわからない。
本来であればあのような場所にいるはずがないのだ。
怪我を負って倒れていたと聞いた時も、内心信じられなかった。
だが現実として彼女は
それは認めざるを得なかった。
手を伸ばせば届く距離、
家族でも恋人でもない異性、ましてや意識のない相手に気安く触れるなんて
不自然に静止した拳を握りしめ、力なく下ろす。
今日も彼女が目覚める気配はない。
「……イリア」
ルーカスは静かに彼女の名を呼んだ。
あれから一週間、イリアは
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはようございます。お兄様」
客室を出たところで目覚めの挨拶が聞こえて、ルーカスは自分を「お兄様」と呼んだ人物を探した。
長い廊下へと視線を向けると、そこに居たのは桃色の髪の少女だ。
ふわふわのウェーブがかった髪は腰まで伸びており、くりっと大きな瞳はルーカスと同じく
彼女は今年、
シェリル・フォン・グランベルだ。
「おはよう、シェリル。早いな」
「お兄様こそ。お客様の様子はどうですか?」
「目覚める様子はないな。医者の話では怪我は完治、術の反動によるマナ
「そうですか……。早く目を覚まして下さる事を祈るばかりですね」
「……ああ」
ルーカスは無意識のうちに口を引き結び視線を下へ向ける。
すると、下がった眉根と
表情から読み取るに、妹がこちらを心配しているのは
余計な心配を掛けたくない、そう思ったルーカスは、話題の転換に何か話す事はないかと考える。
そうしてはたと気付く。
「シェリル、シャノンは起きてるか?」
「シャノンお姉様ですか? お姉様ならぐっすり夢の中でしたよ?」
「それは……困ったな」
シャノンとシェリル、二人は一卵性の双子の姉妹だ。
シェリルは数分早く生まれたシャノンを「お姉様」と呼んでいた。
「そう言えば昨晩『明日はお兄様と一緒に出勤するんだー♪』と言っていましたね。なら、今頃慌てて起きた頃かも。お姉様ってば朝は弱いのに」
無茶な約束をするから、とシェリルがくすりと愛らしい微笑みを見せた。
シャノンの慌てっぷりを想像したのだろう。
ルーカスも釣られて笑みを
一緒に出勤——と言う言葉からわかるように、シャノンとシェリルも騎士団に籍を置く軍人であり、グランベル公爵家は古くから多くの軍人を輩出してきた。
王位継承権を破棄した王族が、降下する家系である事も関係しているだろうが、王国のためと言って騎士や魔術師の道を志す者が多く、才能を発揮して軍の要職を任せられる事も珍しくなかった。
現に
母もかつては
今はグランベル公爵領・ラツィエルを治めるため、領主としてかの地に
双子の姉妹も今年の春にアカデミーを卒業し、晴れて騎士団に入団。
騎士の
同じ騎士団本部に出勤するのだから「お兄様、たまには一緒に行こう?」とシャノンに誘われたのだ。
可愛らしく提案されては断ることが出来ず、妹の押しに甘いと言う自覚はあったが、共に出勤する事で不都合が生じる訳でもない。
ルーカスは二つ返事で
「シャノンの慌てる様子を見に行くのもいいかもな。そしたらその後は、みんなで一緒に朝食を
「ふふ。そうしましょう、お兄様」
ルーカスとシェリルは歩幅を合わせ、仲良くシャノンの部屋へと向かい——寝ぼけたシャノンがちょっとした事件を起こしたが、無事起こすことに成功した。
そうして、三人は朝食を
訪れた食堂の内装は、壁に照明のための
その下には純白のテーブルクロスがかけられた、
三人が椅子に着席すると、食堂の使用人達がいそいそと準備を始める姿が見えた。
料理を待つ間、
「それにしても、お姉様の寝覚めの悪さには困ったものですね」
「ああ、まさかあんな事をしてくるとはな」
そう言ってルーカスは、正面の席に座る桃色の髪の少女——シェリルとうり二つの容姿を持った双子の姉妹の姉、シャノンを見た。
シャノンとシェリルはとなり合って座っており、
ルーカスの赤と黒を基調とした布地に、金のラインと細工が施され
容姿も服装もそっくりな二人が並ぶと、ぱっと見では見分けがつかない。
唯一、外見の
シャノンの髪は、髪質こそシェリルと同じくふわふわでウェーブがかっているが、肩上で切り揃えられており、後ろ髪が三つ編みのハーフアップで綺麗にまとめられていた。
「……だからって、あんなに笑わなくてもいいじゃない。シェリルもお兄様も、酷い!」
シャノンが赤くなった頬をぷくーっと風船のように
「だってお姉様、寝ぼけていたからってまさかお兄様をぬいぐるみと間違えるだなんて。ね、お兄様?」
「大きくなってもシャノンはそそっかしいな」
見た目はそっくりな双子だが、その性格は
とりわけしっかり者のシェリルに対し、シャノンはどこか抜けたところがあって——ルーカスは先ほどあった出来事を思い出して、笑いがこみ上げた。
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