6話 シスコンなんて気にしない

「自分の居場所は自分で決めると言ってたけど、<フェロウ・インダストリーズ>に入る前から決心はついてたの?」

 ゆるい坂を下りていきながらトニーは訊ねた。

「はっきり意識したのは、アントニアさんが公園で撃たれたあと、アントニアさんがいる場所を帰る場所にしたいと言葉にした時です。ぼんやりした期待なら、レストランで助けられた時からありました」

「ソニのことは精一杯考えてたつもりだったけど、空回ってたかな……」

「アントニアさんの考え、聞きたかったです。自分で決めると言いましたが、誰の言葉も聞かずに決めるという意味ではありません」

「訊いてくれても、聞こうとしなかったかもしれない。視野が狭くなってたから」

 ソニだけではない。養父母の家庭に入ったフロラの気持ちを確かめないまま、ずっと会わずにいた。これで間違いない、ベストの案だと思い込み、会いたいという希望を抱えさせたまま逝かせることになってしまった。

 同じ間違いを繰り返した……。

「わたしも悪かったと思います。反対されるのが怖くて、はっきり言わずにいました」

 街灯の明かりが届かない、薄暗い足元に視線を落としたままでトニーは苦く笑う。

「新人の立場じゃ、教育係に言い出す余裕はなかったでしょ。ブックマーカーをあたしに渡すっていう難事も抱えていたんだし」

 重くて、つらかっただろう。

「……すいません」

「いいって」

「もうひとつ、すいません」

「ん?」

 気まずげに、今度はソニがうつむいた。

「<フェロウ・インダストリーズ>にいることをバイロンさんに教えたのは、わたしです」

「ああ……それも気にしなくていい。ソニから知らせたくなるように仕向けるぐらい、バイロンにはお手のものだ」

 ルジェタを撃ったP 224は、ルジェタが捨てたものではなく、バイロンから渡されてたP 224だった。これはバイロンとの繋がりの強さを表している。

 銃を与えたままにするほど、バイロンはソニを手懐けていた。

 トニーがソニを<ジュエムゥレェン掘墓人>から離れさせようとしたのと同様に、バイロンもソニを<ジュエムゥレェン掘墓人>に引き込む算段をたてていた。

 どちらを選ぶかは、ソニの自由だ。



 やっと駐車場まできた。トニーはポケットから取り出したキーを手のひらで遊ばせる。

「わたしは<ジュエムゥレェン掘墓人>に戻っていいですか?」

「バイロンが銃を預ける待遇をしてる。ソニのこれからはもう、とっくに決着がついてる」

「まだです」

 ソニが足をとめた。

「ほかならない、アントニアさんの答えをまだ聞いていません。一般社会がとか、正しいかどうかなどではない、アントニアさんだけの考えを聞きたいです」

「あたしの答えは……」鍵を握りしめる。

 ソニが息を呑んだ。

「わからない」

「……え?」

「自分が何を望んでいるかはわかってる。けどそれが本心からのものなのか、妹が忘れられない気持ちからきているのか、判断がつかなくて——」

「バカですか」

 ソニに返答をさえぎられた。何をか言わんや、といった表情。

「ばか……?」

「バカです」

 リピートさせてきた、バカ。

 ストレートな言いように、トニーは目を点にした。

「シスコンもアントニアさんの一部です。いまさらです。シスコンのアントニアさんのままの気持ちを聞きたいのです」

「シスコンって……」

 あるがままを肯定してくれているのだが、喜ぶには複雑な気分。あと、シスコンなんて言葉は学習してほしくなかった。

「たとえ妹さんの代わりであっても、アントニアさんはわたしを助けようと盾になって動いてくれました。そのアントニアさんの答えが欲しいのです。依存も我がままも全部含めてです。

 わたしもアントニアさんに気に入られようと、そのことばかりを気にしてました。これからは、まず自分がどうしたいかを大事にします。アントニアさんとは、お互いの本音を出し合えるようになりたいです」

「なんだか……」

 トニーは頬が緩むのを感じた。

「ソニの姿が見えてきた気がする」

「わたしは、アントニアさんに言われたことをやってみただけです」

「なんか言ったっけ? 別の誰かと間違えてない?」

「『欲しいと思ってこそ、かなうものだよ。欲望が、意欲にも希望にもなることがあるんだから、持ち続けてみて』です」

「よく覚えてるな。言葉の学習速度からして、記憶力がいいとは思ってたけど」

「初めて遊びに出かけようというとき。何が楽しいのかさえ、わからなくなっていた、わたしに言ってくれたんです」

 すでに車まで戻ってきている。なのに外で突っ立ったまま、夜の寒空の下でソニを見つめた。

「アントニアさんたちの元に戻ることは、わたしにとって後退ではないんです。

 食卓にあるブレッドパンと同じくらいの感覚で、銃弾が日常のなかにある。そんな世界に入る前から、わたしは似たような世界で生きていました。

 家庭という閉ざされた空間の中で、血の繋がった者へとふるわれていた暴力のほうが、むしろ醜悪です」

「どこも似たようなもんだな」

 トニーのまわりで、聞き飽きるほどあることだった。

「ルジェタに拾われたあと、違う世界に入った気がしませんでした。だから早くから銃のある生活になじみ、初めて身につけた力をふるうすべに夢中になり、撃つことに高揚するようになったのかもしれません。

 けれど<ジュエムゥレェン掘墓人>では、これまでにはなかったものがありました。普通の人からみれば歪な繋がりであっても、普通から外れたところにいた、わたしにとっては歪ではなかった。

 警察に保護を求めず、アントニアさんのもとに留まったのは、フロラさんから言葉を託されたからだけじゃない。アントニアさんと生活をともにするうち、〝家(ホーム)〟とはこういう所じゃないかって思えたからです。居場所にしたい気持ち、ずっと変わっていません。

『地獄の最奥』であっても、自分から選んだのであれば、意味のある場所になります」

 トニーは苦笑するしかない。

「Home sweet home……『やさしいsweet』には程遠いホームでいいの?」

「社会の正解じゃなくて、自分にとっての正解を選びたいんです」

「わざわざ楽じゃないとこ選ばなくてもいいのに」

 対話に道草はいらないとばかりに、ソニが単刀直入に訊いてきた。

「それで、アントニアさんの答えは? わたしは、あなたに認められる存在になることが目標です。もっと力をつけますから、チャンスをください」



 誰かさんが同じようなことを言っていた。

 ——常識がいつも正解なわけじゃない。

 この答えをソニは、いつ見つけていたのか。

 離れていた二ヶ月で変わったというより、すでに答えはわかっていて、表現する言葉と機会を得ただけなのかもしれない。

 存在そのものが許されない仕事である。もたらされる結果は、ネガティブなもののほうが大きい。

 それでも、消去法の結果であっても、トニーがここを居場所に選んだのは、自分を見失わずにすむ唯一だからだった。

 究極の罪を糧にする、最悪で最低の場所。

 こんなところに来ることを歓迎してはいけないと思いつつも——

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