亡霊急行

ペアーズナックル(縫人)

亡霊急行「臨終」

それはある夏の夜の出来事だった。

お盆だというのに毎度のごとく夜遅くまで働かされた俺は這う這うの体で駅まで歩いたんだが、ベンチに座ったとたんに今までの疲れがどっと吹き出てしまい、うっかり寝てしまった。


ぼんやりとした目で時計を見たらすでに終電が発車してから10分もたっていてうわー、どうしようと途方にくれた。この駅はだいぶ前から無人化されてて知らせてくれる駅員がいないし、いつも乗ってる銀色に青い帯の電車はワンマンだし、お盆と言う繁忙期真っ盛りと言う時期もあってか俺の事に気づく余裕なんてなかったんだろう。


既に切符は買ってしまったけど、電車がないんじゃどうしようもない。かといってタクシーで戻ると余計高くつくので、今日は仕方なく会社で泊めてもらおうかと踵を返して改札口へ続くこ線橋へ向かったその時、突然背中にぞくぞくっ、と冷たいものが走って思わずうわあ、と声を出して振り向いた。すると、ホームにかなり古めの車両が何両も繋がれて止まっているのが見えた。おかしいな、終電は上り下りもとっくに終わってるはずなのに、と怪訝な目を向けてたら、よくみると自分に一番近い車両の行き先を示す幕に「臨終」とだけ記してあった。


インターネットで鉄道の知識を広く浅く知っていた俺は、これは業界用語でいう所の「時最列車」の略だと思い込んで、これ幸いと言わんばかりに全く危機感を抱かないで乗り込んでしまった。そして自分が乗り込んだのを見計らうように、その列車は動き始めた。


ガタゴトと揺れる列車は外も中も古臭くて、薄暗い明りの中にボックスシートがずらりと並んでるタイプの車両だったが、ここで妙な違和感を覚えた。この車両、全く人気が無いのだ。そして、びっくりするほど涼しい。冷房が強い電車はこの時期とても有難いのだが、この時は妙な不気味さも相まってものすごい寒気がした。すると突然、列車がごおお、と音を立てて大きな橋を渡り始めた。

窓からは水面が写り、なぜか真っ赤に色づいた満月が水面に反射してさざめいていた。

そんなばなかな、この路線は山岳地帯を通るとはいえこんなに大きい橋はないはずだ、何より自分の家は乗った駅から3つしか離れていないうえ、そんなに山奥という訳でもない。

いよいよただ事ではないぞと思い始めて体中に嫌な汗が出始めた時、突然ブツッ・・・と言う音が響いたと思うと列車の走行音に負けないくらいの大きさで車内に車掌?の声が響き渡った。


「ご乗車有難うございました。列車は間もなく終点の彼岸へと到着します。なお、現在わたっておりますのがかの有名な三途の川に渡された三途大橋でございます。この橋を渡り切った際には現世へはどうあがいても戻れませんので、ご了承ください。」


冗談じゃない!どうやら自分はとんでもない列車に乗ってしまったらしい。急いで席を立ち、車両のデッキへとつながるドアを開けようとするが、ガチャガチャと音がするだけで全く開かない。しまいには思いっきり体当たりしてみたが、ついにドアは開かなかった。くそっ、と悪態をついてドアの窓をたたくと、ぬっと目の前に音もなく車掌らしき人物が現れて思わず飛びのいてしまった。


車掌は不自然なくらいに口角を釣り上げて歯をむき出しにしてニヤニヤと気持ち悪く笑い、ドア越しに腰を抜かした自分に話しかけてくる。


「だめですよだめですよ、むだですよむだですよ、あなたをぜったいにがしませんよにがしませんよ、ははは、ははは」


そういい終わったとたんに、自分の体が顔以外突然動かなくなった。金縛りか?いや、ちがう。顔を左右に動かすと、それまでがらんどうとしていた車内に顔のない乗客たちが集っており、そいつらがうー、うー、と声にもならないうめき声を発して自分の両腕、両足を絶対に逃がさないぞと言わんばかりに強く握りしめていたのだ。よく見るとその腕はひどく焼けただれていた。列車は刻一刻と三途の川を渡り続けている、このままでは自分は永遠に現世へ戻れない。しかし動きたくてもこの亡者共の力が強くて全く動けやしない。くそう、死にたくない、まだ俺はやりたいことがいっぱいあるのに死ぬなんて嫌だ、だがこの高速はどうあがいても解けそうにないことを察し、ついに俺が諦めかけたその時だった。


突然デッキへの扉がばん!と開いたかと思うとそこから一人の男が躍り出てきて自分から亡者を引きはがし始めたのだ。


「亡者は亡者らしくおとなしくしてやがれってんだ!未練たらたらだからって現世の奴らにちょっかい出していい理由にはならねえだろうが!!」


突然現れた謎の男が亡者たちを数人引っぺがしたところでようやく自由が利くようになった俺はその男に連れられて亡者たちの手をかいくぐって一目散に最後尾の車両へと走り抜けた。あんたはいったい何者なんだ、亡者ではないのかと聞くと、


「俺か?俺は大好きな鉄道が亡者たちのうっぷん晴らしの道具に使われてることが許せないただの鉄道ファンさ。あんたも運が悪いな、現世の人間が一度乗ったら、戻れないんだ、この列車は。」


最後尾の車両には展望デッキみたいなものがあって、すぐ左にはおそらく三途の河らしき水面が見える。ここまで来て一体どうするのかと男に聞くと、


「飛び込むのさ。今ならまだ途中下車に間に合う。飛び込む時は思いっきり目をつぶるんだぞ。」


幽霊列車とはいえ走っている列車から飛び降りるのは気が牽けたが、何故だかこの男のいう事は不思議と信用できる気がしたので意を決して飛び込もうとした。すると、


「うあああ」


という声が隣から漏れてきた。亡者たちが自分を消して逃がすまいと隣の窓から必死に自分をつかまえようとしていた。デッキから見た車掌も乗客もまるで達磨のようにやけどで膨れ上がった顔から恨めしそうに此方をにらみつけて、木炭のように焦げた腕を伸ばして。


「はやくしろ!!もう列車がわたりきっちまうぞ!!」


男の怒号が思わず固まっていた自分をようやく奮い立たせて、デッキの右端に戸をかけた俺は、目をぎゅうっと力強くつぶって「うおおおおお!!」と大声を上げて俺は思いっきりデッキから飛び降りて川の中に飛び込んだ。ばっしゃーん、と言う水しぶきの音が聞こえたそのすぐ後に、さっきまでいた列車の方向から瞼越しでもわかるくらいには何かとてつもなくまぶしい閃光が光ったのを最後に、俺の意識はしばらく途切れてしまった。


「・・・さん、お客さん!お客さん!」


揺さぶられてはっ、と目が覚めた俺は、まだ駅にいた。時刻はちょうど終電が発車する2分前で、電車はすでにホームに止まっている。いつもの銀色に青い帯を巻いたワンマン電車だ。俺を揺さぶっていたのは、この駅の駅員だった。名札の所には「クロハ」と書かれている。


「やっと起きた・・・いつまで寝てるんですか、終電行っちゃいますよ!」

「ああ、すいません!つい疲れてて・・・」

「さあ、早く乗った乗った!もう二度と終電は逃さないでくださいよ!」


駅員に催促されて俺はいそいそと電車に乗り込み、ややあってから発車ベルの合図とともに電車は動き出した。電車に揺られながら俺は先ほどのやけにリアルすぎる悪夢を思い返して嫌な夢を見たものだとぼやいたが、その時ふっと、最後に駅員が言った言葉が気になった。


『もう二度と終電は逃さないでくださいよ!』


・・・まるで、さっきの悪夢にリンクするかのような言葉のようであった。そしてなにより、あの駅はもうずいぶん前に無人化してたはずなので駅員なんていないはずだが・・・いや、よそう。もうこれ以上考えると夜を明かしてしまいそうだ。明日も早いんだ・・・そう自分に言い聞かせて、この日はもうこれ以上悪夢について考えるのをやめたのだった。そしてそれ以来、俺はその駅で悪夢を、クロハという駅員をみてはいない・・・




「宇宙人が何で幽霊なんか退治せにゃならんのだ・・・」

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亡霊急行 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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