【氷の女王】と呼ばれる剣道日本一の超絶美少女が、俺と稽古する時だけ全力で殺しに来るんだが何でだ?

すぎモン/ 詩田門 文

【氷の女王】と呼ばれる剣道日本一の超絶美少女が、俺と稽古する時だけ全力で殺しに来るんだが何でだ?

「突きぃいいいいっ!!」


「ぷぎゅる!!」




 俺の喉元に、竹刀しないが突き刺さる。


 剣道の防具越しなのに、のどちんこが抉り取られそうな一撃だ。


 トラックに跳ねられたような勢いで吹っ飛び、俺の魂は異世界転生寸前まで行った。




 武道場の床をズザーッ! と何メートルもスライドし、隅に置いてあった掃除用バケツに突っ込む。


 めんがねの隙間から水が流れ込んできた。

 冷たさで、なんとか意識を取り戻す。


 ただいま、地球。

 また今度な、異世界。




 激しく咳き込みながら身を起こすと、俺を突きで吹っ飛ばした剣士と目が合う。


 彼女はめんを外し、絶対零度の瞳で見下ろしてきた。


 恐ろしく整った目鼻立ち。

 艶々な黒髪のポニーテールがしい。




「自分の実力が分かっただろう? 不知火しらぬい、もう私と稽古したいなどと考えるな」


「嫌だね。高校在学中に、絶対一本取ってやる。ひょうてい! インターハイ女王のお前からな。……ゲホッ! ゲホッ!」


「……ふん。公式戦では万年1回戦止まりの男が、よく言う」


 氷帝はなめらかなのに凄まじい早足で、体育館を出て行ってしまった。


 あいつ稽古中なのに、しょっちゅう武道場の外に出て行っちゃうんだよな。

 すぐ戻ってはくるんだけど。




「不知火ィ~。お前なんで、いつも氷帝からフルボッコにされるんだ? 俺達が相手の時は、もうちょっとマシだぞ?」


 主将が俺を抱き起こしながら、不思議そうに尋ねてくる。


 「氷の女王」と呼ばれるほどクールな氷帝。

 試合では、女王の名に相応しい苛烈な剣を振るう。


 だけど部内で稽古する時は、多少手加減をしてくれる。

 あんまり一方的だと、相手の練習にならないからな。


 ……俺には手加減一切なしだけど。


 何でかなぁ?




「お前何か、氷帝に嫌われるようなことをしたんじゃないのか?」


「うーん。アレかな? 以前教室で、『氷帝っていい匂いするな』って言っちゃったんですよ」


「あー、それだな。自分の匂いを嗅いでくる男なんて、キモい」


「うへっ、マジっすか? 俺って鼻だけはいいもんで、近くでクンクン嗅がなくても感じちゃうんですよ」


「ちなみにオレの匂いは?」


「主将は歩くシュールストレミングって感じっス」


「不知火だけ、かかり稽古10回追加な」






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 主将の理不尽なシゴキのせいで、ヘロヘロになっちまったよ。


 鉛のように重くなった体を引きずって、俺は武道場を出ようとした。




 ……あっ。

 雨が降ってやがる。


 かなりザーザー降りだな。




 ん?


 武道場の玄関前で、途方に暮れているあの後ろ姿は……。




「なんだ氷帝。傘忘れたのか?」


「不知火……。私に近寄るな」




 おお怖っ。

 

 道着とはかまから学生服に衣装チェンジしても、「氷の女王」様はご健在ですねぇ。




「じゃあこれ以上は、近寄らないよ。ほれ、使いな」




 俺は5mほどの距離を保ったまま、持っていた傘を氷帝に投げ渡した。




「……何のつもりだ?」


「俺はかかり稽古のやり過ぎで、汗臭くなっちまった。天然のシャワーを浴びて、さっぱりしたいと思ってな」


「そんなことはない! 不知火の匂いは……。いや、何でもない。とにかく、貴様のほどこしなど受けん」


 氷帝は、俺に傘を投げ返してきた。




「施しじゃない。つぐないってところかな。俺、キモいこと言っちゃったろ? 『氷帝はいい匂い』だとか」


 俺は再び傘を、氷帝に投げ渡した。

 叩き落とされずにキャッチしてくれて、ホッとする。


「別にキモくなんか……。やっぱりこれは返す。受け取……うわっ!」


 なんだかモジモジしているような変な体勢から傘を投げようとしたせいか、氷帝はバランスを崩した。


 危ない!

 武道場の玄関前は、階段になっているんだ。




 2段しかない高さだけど、氷帝は落ちて足をひねってしまった。






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「いいか。絶対に息をするなよ」


「俺に死ねっていうのか?」


 現在俺は、氷帝をおぶって雨の中を歩いている。

 彼女が俺の傘を差してくれているから、2人とも濡れることはない。


 しかし、この体勢は色々マズいな。


 背中に巨大な質量を感じる。


 制服や道着の上からじゃ分からなかったけど、氷帝ってかなり立派なモノをお持ちだ。

 着瘦せするタイプなんだな。




「不知火より、私の方がよっぽど汗臭い……」


「そうか? いい匂いしかしないけど?」


「だ・か・ら~。臭いを嗅ぐな! 息をするな!」




 傘を差していない方の手で、後頭部をポカポカと叩かれる。


 全然痛くない。


 これぐらいなら殴られても、可愛く感じる。


 竹刀でこいつから殴られると、生命の危機だけどな。




「私は……。自分の体臭が気になって仕方ない。臭いって言われるのが怖い……」


「そうなのか? 俺達剣道部が、汗臭いって言われるのは宿命じゃん」


 汗の染み込んだとか、ドラゴンでも倒せそうな兵器だからな。




「小学生の頃、『剣道ばっかりやってて臭い! 臭い!』っていじめられたんだ。いじめてきた奴らの中には、当時好きだった男の子もいた……。ショックだった……」


 首に回された氷帝の腕が、キュッと強く締まる。


 悲しみと悔しさが伝わってきた。




「そうか……。稽古中でも、しょっちゅう武道場の外に出ていくのは……」


「汗を拭いたりスプレーをかけたりして、臭いをケアしている。……主将は何も言わないでくれているが、良くない練習態度だということは自分でも分かっている」


「そうかぁ? サボっているわけじゃなくて、周囲に気をつかってくれているんだろ? 気にし過ぎだとは、思うけどな」


「不知火は、鼻がいいからな。お前基準で、臭いケアをしている」


 会話しているうちに、氷帝家の前まで来ていた。


 ああ、もうちょっと話していたかったな。

 背中に当たるおっぱいの感触も、充分楽しんだとは言えない。




「私みたいな奴が部にいても、皆の士気が下がるだけだ」


 俺の背中から降りながら、氷帝はボソリとつぶやいた。


「おい、氷帝。お前まさか……」


「私が辞めても、女子部員はまだ5人いる。団体戦のメンバーは足りているさ」


「ふざけんな。……お前、部活だけじゃなくて剣道自体をやめちまうつもりだな?」


「……怖いんだ。絶対臭いと思われたくない相手が、部内にいる。そいつから『臭い』なんて言われたら、私はもう生きてはいけない」


「そんなこと言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる! 先輩だったとしても、容赦しないぜ」


「ふっ……。相変わらず、暑苦しい奴だな。話を聞いてくれて、ありがとう。少しスッキリした。そして……さようなら」


 氷帝は俺に傘を返すと、走って家の中に駆け込んでいった。


 何だよ。

 足、大丈夫じゃん。




 俺はしばらくの間、氷帝家の前にたたずんでいた。


 せっかく返してもらった傘を、差すことすら忘れて。






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 翌日の昼休み。


 俺は主将の教室まで行って、謝罪した。




「昨日は『歩くシュールストレミング』なんて酷いこと言って、すみませんでしたー!!」




 床に頭をこすりつけて謝る俺を、主将は優しく起こしてくれた。


 そしてさつのような笑顔で、こう告げてくる。




「毎日練習後に、跳躍素振り300本で勘弁してやる」






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 放課後俺は、武道場にいた。


 他の部員は、まだ誰も来ていない。


 当然だ。

 腹が痛いと仮病を使って、最後の授業を抜け出してきたからな。


 こうでもしないと、あいつより早くは来れない。

 あいつはいつも、部活1番乗りだからな。


 道着に着替え、胴とたれも着け、面や竹刀もスタンバった状態で正座。


 もくそうしながら、お目当ての相手を待つ。




「不知火……。もう来ていたのか」


「氷帝より早く来るのは、初めてだよな」


 学生服姿の氷帝がやってきた。


 手には書類を握り締めている。


 十中八九、退部届だ。




「氷帝……。他の部員達が来る前に、俺とげいをしよう」


 地稽古っていうのは、試合練習みたいなもんだ。

 試合みたいに技の応酬をするけど、勝敗はつかない。




「何で私が、そんなことをしなければならないんだ?」


「傘のレンタル料金と、おんぶタクシーの運賃代わりだ」


「わかった、相手をしてやる。だからおんぶの件は、周りに言いふらすなよ」




 女子更衣室に消えた氷帝は、あっという間に着替えて出てきた。


 さすが、「速攻の鬼」と呼ばれるれるだけあるぜ。




 防具をフル装備し、軽く切り返しなどをしてウォーミングアップ。


 体がぬくもったところで、地稽古開始だ。


 開始直前、俺は氷帝にある条件を吹っ掛けた。




「この地稽古中に俺が一本でも取れたら、退部を諦めてもらおうか?」


「なぜそんなことを、貴様に決められなければいけないんだ?」


「万年1回戦敗退の男が、怖いのか? インターハイ女王」


「ふん。すぐに減らず口が叩けなくしてやる」




 2人とも、竹刀の切先を相手ののどもとに向ける正眼の構え。


 さーて。

 どう氷帝を切り崩すか?




 なんて考えていたら、いきなり氷帝の姿が視界いっぱいに広がった。


 一瞬遅れて、脳天に衝撃。


 クッソ!

 いきなり神速の飛び込み面を食らった。

 試合だったら、完全に一本だ。


 その後も、嵐のような連続技を叩き込まれる。


 反撃の面を放とうとしたら、カウンターで小手を押さえられた。

 ばなだ。


 なんつうスピードだ。

 とても目がついていかない。




 もろきを食らい、あおけに倒れてしまった。


 起き上がろうとしたところに、追い打ちで面を食らう。


 これも試合なら一本だ。

 倒れた相手に対しての追い打ちは、審判の「め」コールがかかる前に決めれば認められる。




「無様だな。そんな有様でよく、私から一本取るなどと言えたものだ」


「ぜえ……。ぜえ……。ぜえ……。うるせえよ。まだまだこれからだ」


 ガクガクになってしまった足をげきれいしつつ、俺は立ちあがった。




「……そのガッツだけは、認めてやる。中学時代、私に叩きのめされた男子達は、みんな私と竹刀を交えるのを嫌がるようになった。女子から一方的にやられる屈辱に、耐えられなかったらしい」


「へっ! そいつらもったいないことをしやがる」


「……不知火。貴様まさか、叩きのめされて性的興奮を覚えるタイプなのか?」


「ちげーよ! 氷帝もえの剣を目に焼き付ける機会を、放棄する奴らは勿体ねえって言ってるんだ。……俺、お前の剣が好きだ」


「ふえっ!」


 面金の奥から、氷帝のとんきょうな声が聞こえた。




「自分の匂いが気になるお前は、汗をかく前に相手を仕留めようとこの神速剣を身につけたんだよな? すげえ努力したんだろ? すじを見れば分かるぜ」


「ほ……めても手加減なんか、してやらないんだからね!」


 手加減はしてくれなさそうだけど、動揺はしたようだ。

 変な口調になっている。




「お前が積み上げた努力の剣に打ち勝つためには、俺も覚悟を決めないとな」


「……! それは!!」




 俺は構えを変えた。


 左足を前に出し、竹刀を大きく振り上げた状態で静止する左上段の構え。


 「火のくらい」とも呼ばれる、攻撃特化の構えだ。


 守りは弱くハイリスクな構えだから、試合で使う選手は少ない。




 ――魂に火を灯せ。

 ――このひとに、全てを賭けろ。




 俺は面を放った。


 まだ間合いの外だと思っていた氷帝は、意表をつかれたみたいだ。


 甘いぜ。


 上段といえば、リーチの長い片手面だろう?




 防御しようとした氷帝の竹刀を弾き飛ばして、俺の片手面が決まった。


 試合なら、文句なしに一本だ。




「あ……」




 氷帝は、信じられないといった様子でほうけている。




「面ありだ。約束通り、退部は諦めろよ、氷帝」


「はい……」


 なんだ?

 急にしおらしくなっちまったぞ?


 面金の隙間から見える顔が、妙に赤い。

 ひょっとして、熱がある?

 体調不良だから、俺に負けたのか?




「も……もうダメ。私、我慢できない!」


「おわっ!」




 氷帝は急に竹刀を置いて、俺に飛び掛かってきた。


 衝撃で互いの面が外れて、素顔が晒される。


 なんだ?

 組み打ちの稽古か?

 ウチは普通の剣道部で、実戦剣術の道場とかじゃないんだぞ?


 俺にタックルをかました氷帝はそのまま抱きつき、スンスンと臭いを嗅ぎまくる。




「ああ~♡ やっぱり不知火の匂い、好き♡ 入部した頃から、ずっと思ってた。こんな匂いを嗅がされ続けたら、私おかしくなっちゃう♡」


「ふえっ!」


 今度は俺が、変な叫び声を上げてしまった。


 美少女な氷帝だと可愛いけど、俺だとキモいと自分でも思う。




「だから不知火と稽古する時は速攻でやっつけて、匂いを嗅がないようにしていたのに……。クンクン。はぁ~♡ たまらんぜよ♡」


 なぜ土佐弁!?


「え? え? お前、自分の匂いが気になるから、俺との稽古を短時間で切り上げたがっていたんじゃ……」


「もちろんそれもあるけど、不知火の匂いの方が深刻。私を変態に変えちゃう、魔性のフェロモン臭よ♡」


「俺のせいにすんな! そりゃ元々、お前が変態だったってだけだ!」


「もう変態でもいい!」


「あっ、コノヤロ! 開き直りやがったな! ならばこれでどうだ!」




 反撃開始だ。


 白くて細い氷帝の首筋に鼻を近づけ、今度は俺がスハスハと匂いを嗅いでやる。




「やぁん♡ やめて~♡ 今の私、汗臭いからぁ♡」


「……臭くなんかねえよ。俺の汗も、お前の汗も。本気で何かに打ち込む奴の汗が、嫌な臭いのはずないだろ?」


 ハッと何かに、気付いたような表情をする氷帝。


 ワンテンポ遅れて笑顔になったかと思いきや、俺の胸元に頬を摺り寄せてきた。




「やっぱり好き♡ 匂いだけじゃなくて、不知火が全部好き♡ 本当は、入部した頃からずっと……」



 そこで氷帝の台詞が途切れた。


 絶句したまま真っ赤な顔で、ハクハクと唇を動かす。


 なんだ?

 何が起こった?




 氷帝の視線は、俺の背後を向いている。


 釣られて振り返ると、そこには菩薩のような笑みを浮かべる主将の姿があった。


 主将の背後には、ニヨニヨ顔で俺達を見守る剣道部全員の姿も。




 この日、「氷の女王」の神話は崩壊した。






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 ――1年後。




 「烈火の上段剣士」と呼ばれるようになった俺と、氷帝萌流が仲良くインターハイ個人戦アベック優勝を決めることになる。




 だけどそれはまた、別のお話。





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【氷の女王】と呼ばれる剣道日本一の超絶美少女が、俺と稽古する時だけ全力で殺しに来るんだが何でだ? すぎモン/ 詩田門 文 @sugimon_cedargate

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