第50話

(何故公一が唯志を?あの『さよなら』は、どういう意味なんだ?)


 答えが見つからないまま、何気なくバックに手を伸ばし……俺はそこに見覚えのないものを見つけた。

 A5サイズのノート。


(何だ、これ?)


 ペラペラとめくり、文字からそれが唯志のノートだとわかる。

 そして、その内容は-。


(観察日記?)


 そこには、あの人の、公一の父親、勝雄の容態の変化と、唯志の私見、心情、計画、全てが書かれていた。


(どうしてこんなものが、ここに?)


 さらにページをめくると、インクのにじんでいる部分が出てきた。

 あきらかに、涙のあと。


(公一は、これを読んで……?!)


 バックの横には、公一の愛読書、ハムレット。

 公一の言葉の意味。

 公一と、ハムレットが重なる。

 俺はいても立ってもいられず、病室を抜け出した。


「あら、純平くん。どこへ行くの?」


 病室から出たとたん、先生に見つかった。

 でも、ちょうどいい。


「先生、公一はどこにいるんですか?教えて下さい、俺、公一に会わなくちゃならないんです」


 必死の形相に、先生は黙ってメモを差し出す。

 俺は先生に一礼すると、メモの場所に向かって走り出した。



 俺は公一に会うことはできなかった。

 それでも俺は、何回も公一に会いに行った。


「頑張るねぇ、キミも」


 受付の人にもすっかり顔を覚えられてしまった。


「でも、何度来ても無駄だよ」

「いいんです。あいつが生きているのが確認できれば」

「ははは……大丈夫だよ、ここは衛生管理もしっかりしているし。それに、警備も万全だから、自殺なんてありえないよ」


 しかし。

 ありえないことは起こった。

 メスで頸動脈を切り裂き、公一は命を絶った。

 何故、メスがそこにあったのか?

 それは公一がたった一度だけ受け入れた差し入れ。

 唯志が持って行った好物のバナナ。

 その日の夜に、公一は命を絶った。

 それは奇しくも、母君子の命日だった。

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