第46話

 メモに書かれた場所に行くと、先生はもう来ていて、優雅な仕草でワインを飲んでいた。

「すいません、お待たせして」

「いいのよ、私が早く来すぎたの。……あなたも飲む?」


 勧められるままに、俺もワインを一口含む。


「純平くん、だったわね」

「はい」

「じゃあ、あなたがお兄さんの方ね」

「え?そう、ですが」

「弟は、強太くんだものね。君子さんから聞いたのよ」

「ああ、そうでしたか」

「いつだって、あなた達のことを気にかけていたのよ、君子さんは」


 母を想い、切ない気持ちで胸がいっぱいなる。


「それで、純平くんは君子さんの何が知りたいの?」

「僕の父と、唯志の親父さんと、それから……母が自殺した理由です」


 俺の言葉に、先生は驚いたように目を見開く。


「そんなこと、どうして……そういえばどうして、私が君子さんの事を知っているってわかったの?」

「それは……」


 一瞬、話そうかどうしようか迷った。

 しかし、やはり一人で抱え込むには荷が重すぎる。それに、


(……この人なら、信用できる)


 なんとなく、そう思った。


「公一に聞きました。公一とは大学が一緒で。それから、公一の親父さんからも、あなたのことを聞きましたし」

「そう。あなた、勝雄さんにも会ったのね」

「はい」

「で、勝雄さんは、あなたが君子さんの息子さんだってこと、ご存じなの?」

「はい」

「そう。じゃあ、私よりも勝雄さんに聞いた方がいいんじゃないかしら?」

「いえ、聞けないんです」

「あら、どうして?そりゃ、今は自宅で療養中だけど、痛風だって聞いたわ。話くらいなら」

「いえ、そうじゃなくて……あの家には唯志がいるし」


 先生は、怪訝そうな顔で俺を見た。


「ねぇ、今こうして話していることもそうだけれども、どうして唯志くんには内緒なの?」

「弟だからです」

「えっ?」

「唯志は、強太なんです。俺の、弟なんです」

「えっ……?!」


 しばらく、沈黙が続いた。

 静かなBGMが、うるさいくらいに耳に流れ込んでくる。


「そう、だったの……養子に出したとは聞いていたけど、まさか有野の家だったとは、ね。君子さんがそれを知っていれば、もしかしたらあんなことにはならなかったかもしれないのに」


 顔を上げた先生の瞳が潤んでいた。


「どこからどうやって話したらいいかわからないけれども、私が知っている限りのことはお話するわ。そうね、まず、君子さんと勝雄さんが許嫁だった、ってことは知っているかしら?」


 俺は、一言も聞き漏らすまいと、先生の言葉に集中した。

 先生の語った事実は、こうだった。

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