第45話

 「ピストルは持った、予備の弾倉は5つ、全部で42発打てる。簡単だ狙って引き金を引くだけなんだからな。前線には出ない、海賊との攻防戦は親衛隊に任せて、いざって時にミュリエルを援護できるよう背後に陣取る。やるのはそれだけだ。俺にならできる!」


 フィンは気合を入れてホテルを出た。港へ向かって隠れながら進む。


 港では銃撃戦が続いていて、近づくにつれ銃声が耳をつんざいた。


「ありゃ何だ?なんであの男が持ってる剣は青く光ってるんだ?ったく何で普通の剣じゃ駄目なんだよ、銃だって打ちすぎだろう?そんなにバンバンバンバン打ったら弾が勿体無いだろうが、その弾だって国民の血税で買ってるってこと忘れるんじゃないぞ」


 フィンはぶつぶつ文句を言いながら、陣営の脇を目立たないよう身を屈めて通り過ぎた。


「で?どうやって甲板に上がればいいんだ?」


 船と港を繋ぐ桟橋には海賊がウヨウヨしている。親衛隊が苦戦している海賊相手に正面突破は自殺行為だ。


「海に入りたいとは言ったけどさ、こういう方法じゃないんだよな。俺はミュリエルとイチャイチャしたかっただけなんだよ」フィンは上着を脱ぎ捨てて嘆息した。


 落ちていたフックのついたロープを肩に担いで、離れたところから静かに海に沈み込み、顔だけ出して船の裏側まで泳いだ。引っ掛かりますようにと願いながらロープを投げた。三度目の正直で船の端にロープをひっかけることに成功したフィンは慎重にロープをよじ登り、音を立てないようそっと甲板に降り立つと物陰に隠れた。


 ミュリエルは邪魔なジャケットを脱ぎ、マジックワンドを掲げていた。白い薄手のワンピースが風にはためいていて、息をするのも忘れてしまうほど美しく勇壮な姿を眩しそうにフィンは見つめた。


「《揺れ動けノーム!レストレイント!》」

 ミュリエルが呪文を唱えると床の木がガタガタと動き枝がにょきにょきと生えてきてカルヴァンを捕えた。


 カルヴァンは驚きに目を細めた。「お前も魔法が使えたのか!役立たずと思っていたが、なかなか使えるじゃないか」カルヴァンは凶悪な笑みを満面に湛えてエクスカリバーで木の枝を叩き切った。


「《怒れよウンディーネ!ウォータートルネード!》」


 海が動き船が大きく揺れて投げ出されそうになったフィンはマストにしがみついた。


 海からゴーっと唸り声をあげて水柱が立ち上がりカルヴァンを襲った。カルヴァンはエクスカリバーで水柱を叩き切っていく。


「《飛べよシルフ!ウィンドブレード!》」


 ミュリエルは畳み掛けるように魔法を放った。


「ミュリエル?」アンドレはミュリエルが海を操り、風を操っているその不思議な光景を疑った。


(魔法なんて過去の遺物だ、ミュリエルに使えるはずがない——私は知らされていない)


 港の上空に数十羽のカラスがどこからともなく飛んできて頭上を渦のように旋回し始めると、その異様な光景に親衛隊も海賊もポカンと空を見上げた。


「《揺れ動けノーム!レストレイント!》」


 ミュリエルはカラスたちの目を借りて港にいた海賊たちの場所を特定し、木製の桟橋から生えてきた枝で捕えさせた。


「《轟けサラマンダー!ライトニング!》」


 雷がカルヴァンめがけて天空から吹き荒れた。

 

 次から次に叩きつけられる攻撃をカルヴァンは必死に薙ぎ払った。エクスカリバーは魔法の力が宿る素晴らしい剣だが、それを使っているのは伝説の王ではなく常人だ。大魔術師であるミュリエルの力に当然の如くエクスカリバーは劣勢に追い込まれた。


「《飛べよシルフ!ウィンドフライ!》」


 ミュリエルは風に乗って上空へと飛び上がりマジックワンドをエクスカリバーに叩きつけた。その衝撃は凄まじく、船の床に穴が空きカルヴァンは下の階へと叩き落とされた。エクスカリバーで受け止めていなければカルヴァンは今頃ぺちゃんこになっているばずだ。


 ミュリエルがすっぽりと抜けてしまった穴に近づき覗き込もうとした瞬間、エクスカリバーに引っ張られてカルヴァンが飛び出てきた。


「ごちゃごちゃとうるさいぞ小娘がー!その首叩き斬ってやる!」カルヴァンの怒号が港に響き渡る。


 体勢を崩したミュリエルの上にカルヴァンがのしかかり、ミュリエルはマジックワンドでエクスカリバーの刃から自分の首を守った。


「ミュリエル!」フィンが叫んだ。


 フィンの腰に挿していた銃が勝手に宙を舞い、フィンは仰天した。


「ハハハ!力ではどうにもなるまい、小娘ごときが救国の乙女ともてはやされていい気になるから痛い目を見るんだ。大人しくしてれば生きていられたのに残念だったな、後でお前のお仲間もちゃあんと天国に送ってやるから安心しなお嬢ちゃん」


 カルヴァンの後頭部にヒヤリとした金属が当てられカチャリと音が鳴った。カルヴァンの顔に汗が一筋流れた。


「終わりです。カルヴァン侯」


 パン!と乾いた音と共にカルヴァンの頭が吹き飛んだ。


 あの距離で打ったなら弾が貫通して下敷きになっているミュリエルにも当たってしまう——血の気が失せたフィンは駆け寄った。


「ミュリエル!ミュリエル!」


 ミュリエルに覆い被さっているカルヴァンの体をどかしてフィンはミュリエルを引き摺り出し、顔中血まみれの反応のないミュリエルを抱き抱えた。


「ミュリエル、答えてくれ、何か言ってくれ」フィンは自分のシャツを脱ぎ震える手でミュリエルの顔から血や肉片を拭い、怪我をしていないか確認した。「怪我は?どこも怪我はしていないか?痛むところはないか?」


 ミュリエルはうわああと声を上げて泣き叫んだ。


「大丈夫、君は悪くない、何も悪くない」フィンはミュリエルの耳元で囁き、体をゆすって宥めた。


 たとえどんなに憎く思っていてもカルヴァンは実の父親だ。初めて人を殺してしまったという罪の意識と血の繋がった父親を殺したという罪悪感に押し潰されそうになっているのだろう。


 感情を表に出さないミュリエルが、今は赤ん坊のようにフィンの腕の中で泣き叫んでいるのだからよほどに応えているのだ。それがフィンの心に鋭く突き刺さり、ずきりと痛んだ。


「ミュリエル、家族の所へ帰ろう。ミュリエルの本物の家族の所へ」


 ミュリエルはひとしきり泣き叫んだあと気絶するように眠った。


 フィンはぐったりとしたミュリエルを抱え上げ船を降り、桟橋にくくりつけられた海賊たちの間を縫って歩いた。


「アンドレ王子、上で寝てるのはブリヨン侯爵だ奴の頭を吹き飛ばしたのは俺のピストルだから俺が撃ったってことにしてくれ」


 泣き叫ぶミュリエルの所へ駆けつけたかったが、アンドレは何故か足が動かずミュリエルとフィンを離れた所から、ただ見ていることしかできなかった。その理由を知るのがアンドレは怖かった、ミュリエルとフィンの間に割って入ることは出来ないのだと、ミュリエルが頼りにしているのはフィンなのだと気づいてしまったら最後、その先でアンドレを嘲笑うように待っているのは敗北だ。


「フィン、どこへ行く?」


「そこのホテルに部屋をとってる。ミュリエルについた血を洗い流してやらないと」


「そのまま行けば人目につく、馬車を貸すからペルティエ男爵邸へ向かってくれ、先程、親衛隊の第2班から制圧したと報せが入った」


「助かる。遠慮なく馬車を使わせてもらう」


 ミュリエルを抱えたフィンは馬車に乗り込んだ。


 アンドレは指示を出した。「隊長、甲板のピストルとエクスカリバーの押収、それから海賊たちを牢獄に放り込め」


「了解です。ただ問題が、海賊たちの足に絡みついている木の枝が切れないんです」


「エクスカリバーで切ればいい」


 魔法の力が宿るという建国の王が使っていた伝説のエクスカリバー、そのエクスカリバーにしか切れないならば、やはりミュリエルが使っていたのは魔法ということになる。


 ミュリエルを国で保護しなければとアンドレは考えた。


「エクトル、俺たちもペルティエ男爵邸へ向かうぞ」

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