第14話

 昨日の面接で人当たりの良いフィンは薬店に向いているだろうし、力仕事ができる男手も必要だと思いミュリエルは採用を決めた。


 ミュリエル薬店を始めてからそろそろ1ヶ月が経とうとしていた。薬店の営業の傍らで貴族の商売も勃起薬や美肌薬、毛生え薬などで順調に売り上げを伸ばしていた。


 ZEROの仕事を知っているのはモーリスだけだ。


 そろそろ平民になった本来の目的、ロベール・カルヴァンを討ち取る作戦を始めようと、ミュリエルは鳥たちに情報を集めてくるよう命じ送り出した。


 薬草園の手入れをしているとフィンが裏庭に回ってきた。


「おはようございます。広い薬草園ですね、寒くなったら手入れが大変そうだ」


「おはようございます。秋も深まってきましたから、あまり薬草は成長しないのですが、手入れは欠かせません。愛情をかければかけるほど植物は元気に育つのです」


「薬草が成長しない間ポーション作りは乾燥した物を使うんですか?」この前チラッと工房を覗いた時に、乾燥した薬草が天井からぶら下がっていたのをフィンは思い出した。きっとあれは飾りなどではなく、ポーションに使うためのものに違いない。


「そうです。夏の間に薬草を採取し乾燥させておくのです。そうすれば1年中ポーションが供給できますし、冬は特に流行り病が頻発します、余分に薬草を確保しておかなければならないのです。フィンさんもお気を付けください。貴族と違って平民は少々の風邪くらいでは治療をしませんし、貴族よりもお互いの距離が近いです。流行り病が発生し広がるのはあっという間です」


「市井の冬は初めてですからね気を付けます。薬草は乾燥によって効能が落ちたりしないんですか?」


「乾燥には日乾法と陰乾法があります。長時間の乾燥で成分が分解してしまう薬草は日乾法で素早く乾燥させます。水分の蒸発と共に成分まで失われてしまう薬草は陰乾法で乾燥させます。なので効能に違いはありません」


「医師が扱うような薬は扱わないんですか?」


「それは法律で禁じられています。薬師が作ったポーションを貴族は飲んでも違法ではありませんが、平民は医師が処方する薬を飲むと違法になります」


「何故なんでしょう?ザイドリッツにも医師と薬師がいますけど、どちらを選ぶのかはその人の自由です。もちろん医師の治療は高額なので、誰もが診察を受けられるわけではないですけどね」


「薬師の魔力低下が顕著になり始め、まだこの国に医師が少なかった頃、平民よりも貴族の命を優先させた名残です。そのため薬師は独自に発展を続けてきました。法律でいくつか禁じられていることがありますが、知識も技術も代々受け継がれ、医師に劣らないほどです。フィンさんも言ったように医師はある程度裕福な人でなければ治療をお願いできません、ですが薬師の治療代なら払えるという平民は多いです。この法律ができた当初は貴族の命が優先という考え方でしたが、今では価格統制の意味合いが強いのです」


「なるほど、方法は違うけど、平民も貴族と同じような治療が低価格で受けられるということですか」


「そうなりますね。また、多額の学費を納めなければならない大学とは違い、薬師は弟子入りすればなれますから、一般庶民の手が届きやすい職業と言えますね」


 フィンはミュリエルが笑ったのを見逃さなかった。「笑いましたね」


「え?」


「ようやく笑ってくれたなと思ったんです。どうして笑わないんですか?」


「笑っているつもりです——笑うのは私にとって、とても難しいことなのです」ミュリエルは申し訳なさそうに視線を落とした。


「そっか、まあ笑わなきゃならない理由は無いんだし、ミュリエルさんはそのままで十分魅了的だし、無理して笑う必要ないですよ。俺が代わりに笑ってあげます」フィンは歯を見せて笑った。


 笑えと言われるといつも困ってしまうミュリエルは、笑わなくていいと言われたことにホッとした。


 裏庭のゲートを通るギャビーが見えた。この時間は庭の手入れをしていると知っているので、ギャビーはいつも裏に回ってくる。


「そろそろ開店の時間です。準備をしましょう。覚えていただくことがいっぱいありますよ」ミュリエルが言った。


「はい、記憶力は結構いい方なので任せてください」フィンが答えた。


「ギャビーさん、おはようございます」


 よほどに嬉しいのか、ギャビーはミュリエルに買ってもらったメイド服をいつも着ている。誕生日には普段着をプレゼントしようとミュリエルは決めた。


「おはようございます。ミュリエルさん、フィンさん」


「おはよう。ギャビー」明るくて元気がいい、それがギャビーを採用することにした最大の理由なのかもしれないとフィンは思った。


 ミュリエル自身は明るいとか元気なんて言葉には縁がないが、ミュリエルの周りにいる人たちは明るくて元気な人が多い、何故だろうかとフィンは首を傾げた。


「今日からフィンさんに働いてもらうことになりました。ギャビーさんが色々教えてあげてください」


「分かりました。フィンさんよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


「それではギャビーさん、開店の準備をしましょうか」ミュリエルは裏口から工房へ歩いて行った。「フィンさんには薬の処方をお願いしたいので薬の種類を覚えていただきます。ポーションにはこのように全てラベルが貼ってありますから、診療録と照らし合わせて、間違いのないように確認をお願いします」


「はい、昨日モーリスさんがやっていた係ですね」


「そうです、それ以外にも治療のお手伝いをお願いすると思います。フィンさんは私の助手といったところですね」


 店内で作業をしていたギャビーが工房に顔を突き出した。「開店の準備できました」


「分かりました、では、ドアを開けて患者さんを中へ入れてください」


「よう、手伝いに来たぜ、ミュリエルは安心して治療にあたるといい、このひよっこの世話は当分俺が見てやるよ」モーリスはフィンの肩に手を回した。


「モーリスさん、ありがとうございます」ミュリエルは診察室に向かった。


「ただ見張りに来ただけだがな」モーリスは自分の目を指さし、その指でフィンを指さし見ているぞと伝えた。


「だから、お嬢さんには手を出しませんって、俺は自分の手も命も大事なんです」


「ミュリエルに魅力がないって言いたいのか」モーリスはムッとした。


「魅力的ですよ。美人だしスタイルだっていい」


「やっぱりお前ミュリエルを狙ってやがるな。何がスタイルがいいだ、じろじろ見やがって、いやらしい目で見るんじゃないぞ、ミュリエルが腐っちまうだろうが、あの子は純粋でいい子なんだ」


 親バカは面倒くさいと思いフィンは大きな溜め息を吐いた。

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