第33話

 俊介の話を聞いて、真奈美はただ呆然とするしか無かった。

 ファンタジーかSFか、とにかく現実味のなさ過ぎるその話をすぐに呑み込むことが出来ない。

 困惑をする真奈美を見て、俊介は自嘲のような笑みを浮かべる。

「信じなくてもいい。自分で話してても、なんの冗談だよって話だし」

「冗談……なの?」

 そう聞くと、俊介は自嘲のような笑みを浮かべたままなにも言わなかった。

 十二月三十一日に俊介は死んで、だけど一ヶ月だけ時間を戻して今ここにいる。俊介はそう言った。

 仮にその話が本当だとすれば、今ここにいる俊介は一か月後の未来から来たいうことになる。

 俄には信じられない。

 でも俊介は確かに、今日天気予報も言っていなかった雨を言い当てた。

 それは、未来を知っていたから言い当てることが出来たと言うことなのだろうか?

 でも。だけど。

 真奈美の頭が混乱する一歩手前。

 不意に俊介が手でぽんっと真奈美の頭を叩いた。

「ごめん、訳わかんないよね。俺もそうだよ、何が何だか解らなくて、正直混乱してる」

「だから話の続きは明日にしよう」そう言われて真奈美は頷くことしか出来なかった。

 その後はいつもと差して変わらなかった。

 俊介と一緒に夕食を食べて、お風呂に入って床につく。

 あんな話をした後とは思えないような、いつも通りの日常。

 違いがあるとすればお互い極端に口数が少なかった事くらいだ。

 ベットに入り、すぐ横に俊介の温もりを感じながらさっきの話を思い出す。

 長い時間、考えていたと思う。

 さっきの話が本当なの、そんなことがあり得るのか、またからかわれてるだけじゃないのか、もし本当なら自分はどうすればいいのか、どうしたいのか。

 考えて、考えて、考えて。

 一晩中考えて、そして――


 翌日の朝。

 いつも起き出す時間に、真奈美は体を起こした。

 昨晩は殆ど寝ていない。今、鑑を見たら自分の顔はとんでもないことになっているのだろうが、今はそんなことに頓着しするつもりは無い。

「俊介くん、起きてる」

 声を掛けると隣で横になっていが俊介は、むくりとその体を起こした。

 目元には隈が浮いていて、俊介も昨日はあまり眠れていないようだった。

「どうして、昨日別れようなんて言ったの」

 言葉はすんなりと、口から出てきた。

 悩むのは昨日散々やった、今更ためらうことなど何も無い。

「……俺は、もう長くないかもしれない」

 どことなく、いつもより覇気の無い声で俊介が答える。

「もうすぐ死んでしまうかもしれない俺と一緒にいても、真奈実に迷惑を掛けてしまうかもしれないそう思ったから……」

 そこで言葉を切って、俊介はうつむきなにも言わなくなった。

「……ねぇ俊介くん」

 そんな俊介に真奈美は重ねて問いかける。

「私のこと好き?」

 俊介が俯いたまま、怪訝なキモチを乗せた瞳を真奈美に向ける。

 自分がこんな馬鹿みたいな事を聞く日が来るだなんて、思ってもいなかった。

 普段ならこんな事、恥ずかしくて絶対に言わない。

 でも、今だけは聞かないわけにはいかなかった。最後の一歩を踏み出す勇気を出すために。

 いつもなら、ペロッと平気で言う癖にその時の俊介は中々口を開こうとしない。

「正直に言って欲しい。お願い」

「……好きだよ、当然だろう」

「一緒にいたいと思ってくれる」

 二つ目の質問に俊介は頷いて答えた。

「そっか、ありがとう」

 俊介の言っていたことが、嘘か真か。

 そんなことは解らない。そもそも話がとんでもなさ過ぎて全然ピンとこない。

 だって俊介は今、確かにここにいる。

 未来から来ただとか、一ヶ月後に死ぬとかいきなり言われても、すぐに受け容れることはできそうにない。

 だから、正直に俊介が言ってることが正しいのかどうかなんてそんなこと自分にとって大した問題じゃないように思えた。

 多分、答えを出すべきはそこじゃ無い。

 嘘なのか本当なのか、疑いたくなってしまうような理由で、俊介は別れを持ちかけてきた。

 そんな彼に対してどうするべきなのか、自分はどうしたいのか。

 俊介は今も真奈美のことを好きだと言ってくれた、まだ一緒にいたいと答えてくれた。

 それで覚悟は決まった。

 真奈美は徐にベットから降りると、タンスからある物を取り出して、元いた場所にもどる。

 持ってきたそれを俊介が見た瞬間、彼の顔が驚いた様な顔になる。

「これ、結婚指輪だよね?」

 様子見も何も無く、まっすぐに言葉を投げる。

 俊介は何も言わなかったけど、そのバツの悪そうな顔が答えだった。

「ねぇ俊介くん」

 もう迷いは無い。

 ただ、自分の出した答えを俊介に伝える。

「私と結婚して」

 言った瞬間、俊介が驚愕の表情を浮かべて、でもその後すぐに痛そうな顔をして。

「……だけど、俺はもう」

「そんなこと知らない」

 俊介の言葉を遮るように、真奈美が言葉を紡ぐ。

 そんなことを聞きたいわけでも、言わせたいわけでも無い。

「俊介くんがこれをいつ渡してくれるのかって楽しみにしてた。結婚して将来子供が出来たら、ここを引っ越さないといけないかなとか、そんなこと考えたりもした。そんな幸せな日が来ることを、根拠も無く信じてた」

 だけど、それはムリなのだと俊介は言った、自分はもう長くないのだと、真奈実が夢想したような未来は来ないのだと。

「昨日俊介くんが言っていたことが本当なのか嘘なのか私には分からないし、正直今すぐには信じられないと思う。でももし、俊介くんの言っていることが本当だって言うのなら」

 俊介の手を取り、キッと眉根に力を込めて、強く言い放つ。

「今、全部頂戴」

 俊介の手を両手で強く握る。

 これが自分の覚悟だと伝えるように、一人でどこかえ消えてしまいそうな俊介を、つなぎ止めるように。

「もし俊介くんに残された時間があと少ししか無いっていうのなら、その残された分も、この先あったかもしれない分も全部今、私に頂戴」

 もうすぐ死ぬ自分と一緒にいてもって、あなたは言ったけど、そんなこと勝手に決めないで。

 私の気持ちを勝手に見積もって、勝手に諦めないで。

「私は最後まで俊介くんと一緒にいたい」

 そう言ってまっすぐに俊介の瞳を見つめる。

 長い間そうやって見つめあっていたような気がする、実際にどれくらいかは分からない、でも、少なくとも真奈美にとっては決して短くはない時間二人は見つめあった。

 そうしてまるで根負けしたように、俊介はうつむき。

「……あなた、ちょっと格好良すぎ」

 そう言った瞬間だった。

 握っていた手を引かれて、そのまま俊介に強く抱きしめられる。

 耳元で声が響く。

「それに比べて、俺かっこ悪いな。真奈美にこんなこと言わせてさ。ああホントかっこ悪い、情け無い、男として落第点」

 俊介は、散々に自分を嘲り苦笑する。 

「……そんな俺と、一緒になって本当にいいの?」

 その質問は愚問だ。

「いいの。あなたと一緒にならなかったら私、きっと一生後悔すると思うから」

 俊介の後ろに手を回して、真奈美の方からも抱きしめる。

 耳元で「ありがとう」と言われたけれど、お礼を言われるようなことした覚えは無いので、聞こえないふりをした。

 どれくらいそうしていただろう。

 どちらでも無く、抱き合っていた体を名残惜しそうにゆっくり放し。

「「あ」」

 何気なく時計を見て、二人して間抜けな声を挙げる。

 二人とも、出勤しなければいけない、時間が迫っていたのだ。

「やっば、遅刻しちゃう!」

 真奈実が悲鳴の様にそう言って俊介も同じように慌てながら、仕事へ向かうための準備を急ぐ。

 さっきまでの雰囲気は一体どこへやら。いざ落ち着いてみれば待っていたのは生活感に溢れた日常で。

 現実はどこまでもシュールだった。

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