母さんの墓参りにいく▢
第25話
車窓から見える視界の大半を占めるのは白色だった。
辺り一面に雪が降り積もり、今も粉砂糖のような雪が空から降り続けている。
曰く最近は雪が少ない方だというが、街育ちの真奈実からすれば十分大雪と言ってもいい雪量だ。
これで電車もバスも止まらず、平常運転を続けているのだから、雪国の逞しさを感じずにはいられない。
「ねぇ俊介くん、良かったの?」
窓の外の景色を見たまま、助手席からそれとなく問いかけると「なにが?」という返事が、隣の運転席から返ってくる。
「お義父さん達の所で、もっとゆっくりしていかなくて。時間はまだあるんだし」
この日のために二人とも、有休を貰えるだけ貰ってある。あと一~二日くらい、のんびりしていられる余裕はあったのだ。
しかし俊介は「良いよ別に」と、気にした様子は無い。
俊介の実家から出発したのが、今から大体十分ほど前のことだ。
「いつでもとは行かないだろうが、ここはもうあなたにとっても家みたいなものだ、なにかあればいつでも尋ねてきなさい」
別れ際そう言ってくれたのは、俊介の父親である清吉だった。
肝心の親子同士の会話は「じゃあね」「またな」と、淡泊も良いところだったが。それでも二人の顔は、ちゃんと親子の顔だったと思う。だから、多分これでいいのだろう。
友恵からも「いつでも遊びにおいで」と言ってもらえた、それと「俊介をお願いね」とも。
「やることはやっただし、あんまり長いこと、居座ってもね」
「でも……」
「大丈夫だって。それにさ」
そう言って、俊介の手が助手席へ伸びてきて真奈実の事を抱き寄せた。
「今は可愛い奥さんと、二人の時間を大事にしたいしね」
突然の事に、驚くやら、恥ずかしいやら。
どうにか脱出しようともがくが、回された腕とシートベルトで二重に拘束された状態では、大して抵抗も出来ない。
「ちょっと! 今、運転中!」
「大丈夫、信号赤だから」
確認してみると、確かに雪国特有の縦並びになっている信号機は、赤いランプを点灯させている。
「それにしたって、こんないきなり」
「嫌だった?」
「……別に、嫌って、訳でも無いけど」
ごにょごにょそう言うと、俊介はへへっと子供っぽく笑った。
正直、いきなりこういうことをさせるのは困る、すごく困る。
今だって自分の体温が上がっている事が、はっきりと分かる。付き合ってもう数年になるが、こういった不意打ちには未だになれない。
俊介としてはこうやって、照れたり困ったりしている真奈実を見て楽しんでいるのが分かるだけに、思惑通りになってしまうことが少し悔しい。
「心配してくれてありがとう、でも本当に大丈夫だから」
俊介が耳元囁くようにそう言った。
からかうでも無い切なげなその声色に、胸が切なくきゅうとしまる。
俊介の手が真奈実の元から離れると、それに会わせるように信号も青になり、二人を乗せた車は再び走り出す。
「ねぇ、そういえば、今はどこに向かってるの?」
気を取り直すため、さっきから気になっていた事を尋ねてみた。
帰る前に寄りたいところがあると、俊介の実家を出て直ぐに言われていたが、どこにというのを聞きそびれていた。
「ああ、うちの菩提寺」
「ぼだい?」
謎の言葉に、真奈実が眉をひそめる。
「しらないの?」と俊介はニヤニヤと聞いてくる、その表情は完全にからかっているときのそれで、わざわざ聞き慣れない言葉を使ったのもわざとだろう。
ここで下手に意地を張ったら、いじられるのは分かっているので「知らなかったよ、悪い?」としれっと答えてやると、俊介はちょっとだけつまらなそうな顔をした。
毎度毎度、振り回されるだけだと思うなよ。と内心で勝ち誇る。
「先祖代々の法事とかを頼んでいるお寺のことで御墓とか、位牌なんかの面倒を見てくれてる所なんだけど」
御墓というワードでピントきた。
俊介がどこに向かっていて、なにをしようとしているのか。
「お義母さんの?」
「そ、最後にお墓参りでもしてこうかと思ってさ」
途中スーパーに立ち寄り、お墓参り用のお花と線香を買ってさらに車を走らせること四分弱、俊介が車を止めたのはそこそこ大きなお寺の前だった。
「何か……結構、由緒正しいお寺だったり?」
想像していたよりも、広くて立派な境内を見回しながらそう尋ねると、俊介は「別にそう言うもんじゃないよ」と何でも無いことのように答える。
「田舎だからね、都内なんかと比べると土地が余ってる分、大きいってだけ」
お寺の敷地内にある駐車場で車を降り、雪に埋もれた砂利道を歩くと、雑木林に囲まれた墓地へと辿り着いた。
雪を乗せた冷たいそよ風が、葉を揺らして木々がサワサワと歌っている。
真奈実がいつも両親と墓参りに行く墓地は整然としていて、きっちりとした印象の場所だったが。
ここはそれとは違い整地も何もせず、ただ森の中に墓石をそのまま起いたみたいな大らかな作りだった。
木の根でも下に潜り込んでいるのか、墓石が幾つかは明らかに傾いてしまっている。
「久し振り母さん。あんまり顔見せ無くてゴメン」
言いながら、俊介が御墓に積もった雪を払いのけていると、その途中で不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたの?」
「や、随分と綺麗だなと思ってさ」
そう言われて真奈実も気づく。
周りにある御墓は堀文字の中が苔むしたり、墓石が汚れていたりしてるのに宮原家の御墓だけ綺麗で、雪の積もり具合も心なしか他よりも少ない気がする。
花生けに生けられた花を見てみれば、雪の中でも萎れること無くシャンとしていてつい最近生けられたばかりのようだった。
そんな綺麗で整理された御墓を見て、俊介の顔がわざとらしく苦る。
「たく、昨日はどこ行ってるのかと思ったらこんな所まで来てたのか。歳の癖してさ」
やれやれとでも言いたげな口調で俊介は呟くが、真奈実からすればわざと悪く言おうとしてるのが見え見えだ。
「なにが可笑しいのさ」
考えが表情に出ていたのか、俊介が不満そうな顔でそう言った。
「俊介くんって、お義父さんの事になると直ぐ不機嫌なふりするから、なんだかおかしくて」
「ふりじゃなくて、実際不機嫌なの。墓参りに来たのなら一言、言っとけよ。買ってきた香華が無駄になったじゃないか」
不機嫌そうにそう言うが、決して清吉が生けた花をどけて、自分たちの花を生けようなんてことは言わないのだ、俊介は。
「しょうがない、困らせちゃうかもしれないけど、持ってきた花はお隣の御墓にお裾分けさせて貰おうか」
そう言うと俊介は隣の御墓に一度手を会わせ、花生けの中にたまった古い水を捨て桶に汲んできた水で一度軽く濯ぎ、最後に綺麗な水を注いで花を生けた。
右隣の御墓は俊介が生けたので左隣の御墓は真奈実の担当だ、俊介と同じように一度手を合わせてから水を入れ替え、花を生ける。
花のお裾分けを終えて、改めて宮原家の墓の前に立ち、線香を上げて手を合わせる。
写真でしか見たことが無い、俊介の母の顔を思い浮かべながら祈る。
結婚の挨拶やその他諸々は昨日仏壇の前ですましたので、今日は控えめにしておこうと思っていたのだが。
「随分長かったね」
会わせていた手を下ろすと同時に、俊介にそう指摘されてしまった。真奈実本人としてはできうる限り短く纏めたつもりだったっが端から見るとそうでも無かったらしい。
「一分くらいは手を合わせてたんじゃ無いかな。で? なにを話してたの?」
「別にそんな変わった事話してないって。昨日はお家にお邪魔しましたとか、これからよろしくお願いしますとか、そんなんだよ」
「ふーん、そっか」
俊介は桶を手にとると、空いた手で徐に真奈美の手を取り自身の上着のポケットへ突っ込んだ。
「水仕事で手、冷えちゃったでしょう? 暖めて上げる」
いいながらポケットの中で指を絡めてくる。なんだかその感覚が生々しくて、頬が熱くなる。
それでも彼の手の温もりが心地よくて、ゆっくりと真奈美からも指を絡め、歩くのに邪魔にならない程度に軽く俊介の方へともたれかかる。厚着が邪魔で、彼の温もりを感じられないのが少しだけ寂しかった。
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