第22話

 真奈実はイタズラ気な微笑みを浮かべて友恵と、今も清吉と言い争いをしている俊介を交互に指差す。

「似たもの姉弟です」

「そう? あたし俊介と似てるなんて言われた事無いけど、顔立ちだって全然違うし」

「似てますよ。人に優しくするときや、心配するときにわざと茶化した口調になるところとか、口ではなんて言っても本当は家族の事を心配してるところとか。そう言う素直じゃないところ、そっくりです」

 とっさに反論しようとするが、反論する材料が見つけられなかった。それはつまり、図星を突かれたという事なのかもしれない。

 そうか、あたし達って似てるのか。

 そう思うと、不思議とどこか腑に落ちたような気さえしてくる。

 そして、ふと思った。

 散々に俊介や清吉のことを素直じゃ無いと行ってきたが、自分はどうだろう?

 あたしにも、何か素直になれていないことが有るんじゃ無いだろうか。

 心辺りなら……ある。

「……ねぇ、真奈実ちゃん」

「はい?」

 俊介達に聞こえないように声を潜めて、そっと真奈実に耳打ちをする。

「これからすんごく、立ち入った事を聞くけど、もし答えたくなかったら素直に断ってね」

 脅しのようなその言葉に、若干戦いた様子ながらも、真奈実は小さく首を縦に振った。

 それを承諾と取り、友恵は聞きたかった事を真奈実へ投げる。

「真奈実ちゃんは、どうして俊介と結婚しようと思ったの?」

 そう聞くと、そんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、真奈実は少しビックリしたような顔になった。

 別に聞いて何かしたかったわけじゃない、ただなんとなく聞きたくなっただけだ。

 真奈実は恥ずかしそうに逡巡しながらも、質問に答えてくれた。

「もしこのまま、この人と一緒にならずに終わってしまったら、私は絶対後悔する。私にとって俊介くんはそういう人だったから。だから後悔しないためにこの人と一緒になろうってそう思ったから……」

「……そっか」

 やっぱりこの娘、肝が据わってる。

 後悔したくないから、一緒になる。

 それは多分当たり前の事なのだけど、それを言葉にするとなんと剛胆な事か。

 視線を相変わらず父と言い争っている弟へと向ける。

 俊介は今まで避けてきた、父と向き合うために帰ってきた。

 目をそらして後悔をしないために、素直じゃ無かった弟が少しだけ素直になって一歩前へ進むことを選んだ。

 それはきっと、それなりに勇気と覚悟が必用な事だっただろう。

 それなら姉の自分がいつまでもウジウジとしているなんて、そんなのは嘘だ。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。直ぐに戻るから」

 そう言い残して、友恵は居間の外へ出た。

 部屋の中とは違い寒さが刺さる廊下を歩き、宣言通りトイレの中に入るなり友恵はポケットから携帯を取り出すと、画面に一通のメールを呼び出した。

 そのメールが届いたのは、今から半年前。

 差出人の名前は無く、表示されたのはメールアドレスだけだったが、相手が誰なのかは直ぐに分かった。

 メールのタイトルは【迷惑だったら迷わず消してください】

 そのメールは友恵にとって無心ではいられないようなものだったが、それだけにどうすればいいのか戸惑う代物だった。

 だからメールが届いてから今になっても、返事を返せないままでいる。

 これだけ待たせてしまうと向こうも、もう返事なんて期待していないんじゃないだろうか? 

 今更、返事なんてしても迷惑なだけじゃ無いのか?

 そんな弱気な言い訳を振り払うように頭を振って、そのメールを開くと本文にはこう書かれている。

【今度、新潟市の支社へ転勤することになりました】

 添付されていた、画像は新潟駅をバックに、丸いフォルムのタヌキみたいな男が脳天気な笑顔で写っている写真。

 そして本文の最後には、短くこう書かれ締められている。

【P・S 二人の間にもう距離はありません】

 これ以降、連絡は何も来ていない。

 どうして今更、とそう思った。

 潔く、さっさと消してしまおうかとも思った。

 だけど結局それは出来ず、今もこのメールは友恵の携帯の中に居座っている。

 我ながら未練がましいなと、自嘲気味に思う。

 こんなんだから、愛想尽かされて浮気とかされたのかもしれない。

 だとしたら悪いことをしたなと、今更ながら元旦那への罪悪感がちくりと胸を刺す。

「後悔したくないから……か」

 真奈実はそう言っていたが、自分にとってこのメールの差出人との関係はどうなのだろう?

 どうせもう待っていないと、勝手に見切りを付けて割り切れる相手だろうか?

 このまま何もせず終わった物にして、後悔せずにいられる相手だろうか?

 それは違う。そう思った。

 だとしたら、やることは一つだ。

 弟の俊介は、勇気を持って一歩前に進み父に歩み寄ったのだ。

 弟に出来たことを、姉である自分が出来ないなんてプライドが許さない。

 友恵はその場で、一度大きく深呼吸をしてから電話を掛けた。

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