第21話

「ずいぶん時間がかかったな」

 居間に戻るなり清吉がそう尋ねて来る。お茶くみに、いつもより時間が掛かったことを言っているのだ。

「ごめんなさい、向こうで真奈実ちゃんと少し話込んじゃってさ、待たせちゃった?」

「別に。気にすることはない」

 清吉は短くそう言って、それ以上はなにも言ってこなかった。

 用意してきたお茶とお茶菓子を、座卓に並べてささやかなお茶会とする。

 俊介達が持ってきたお土産は甘すぎず、中々に美味しく、清吉もお茶をすすりながらもそもそと満更でもない様子で食べている。

 ちなみに如何しても肌に合わないということで、清吉のお茶だけ紅茶ではなく緑茶にしてある。

「……真奈実さん」

 不意に清吉が口を開いた。

「その……なんだ、一つお伺いしたいのですが」

 清吉はそこで一度、自分のお茶を一口すすると改めて口を開き。

「あいつは……俊介は、向こうで上手くやれていますか」

 ばつが悪そうにそう尋ねた。

 そんなもん、本人に聞きゃあいいじゃ無いのまったく。

 友恵がそう呆れかえっていると。

「それは、俊介くん本人に聞いてあげて下さい」

 一瞬、心の中の言葉が口から漏れたかと思ったがそれは違った。

 声のした方を見れば、真奈実がまっすぐに清吉の事を見ている。清吉と俊介の言い合いを、見守っていたあの時の顔だ。

「きっと、俊介くんも喜ぶと思いますから」

「どう……でしょうな」

 清吉が自嘲するような、笑みを浮かべる。

「あいつは、本来であれば私の顔など見たくも無いでしょう。今回にしたってきっと、あなたとの事があったから、仕方なく顔を出しただけで本当は」

「そんなことは有りません」

 はっきりと断言するように。

 真奈実は清吉の弱気な言葉を、真っ向から否定した。

「なぜ、そう思うので?」

 清吉の言葉に僅かな険がこもる。

 お前になにが分かる。案にそう言っているような声。

 しかし真奈実は、その声に怯む様な事は無く、視線は清吉を見据えたまま動かない。

「今回、ここに帰ってきたいって言い出したのは俊介くんなんです」

 その事実は友恵にとって、意外なものだった。

 てっきり今回の帰省は結婚するに当たって、真奈実の方から説得されてきたものだと思っていた、きっと清吉も同じ事を思っていたのだろう虚を突かれたような顔になっている。

 それだけ、今までの清吉に対する俊介の態度は頑なだったのだ。

「このまま、お父さんと確執を持ったままにしたくない。このままだときっと後悔するからって、彼は言っていました」

「だから」そう言って彼女は言葉続ける。

「差し出がましい事なのは分かっています、でもどうか、俊介くんの話を聞いてあげてもらえませんか。俊介くんはあなたと仲直りするためにここに帰ってきたんです」

 その時玄関の開く音がした。

 ズンズンと廊下を歩く音がしたかと思うと、居間の扉がガラリと開けられ、外から帰ってきた俊介が姿を見せる。

 俊介は清吉に一瞥をくれると、何か言うでもなく、まっすぐに自分の荷物が置いてある場所に歩み寄り、中身を漁ったかと思うとある物を取り出した。

「んっ!」

 そう言って、俊介が清吉向かって突き出したのは、自分で渡せと友恵が突き返した結婚式の招待状だった。

「結婚式、あんたも参加してくれ」

 ぶっきらぼうにも程がある言葉で突き出された招待状を、清吉は受け取るでも無く見つめて。

「……お前は、俺に出席して欲しいのか」

「あたり前だろ」

 怒ったようなその言葉は、とっさに口を突いたものだったようで。言った瞬間、言った本人が仕舞ったと言わんばかりに顔をしかめた。

「……結婚式に、双方の親が出席するのなんて当たり前だろう。こっちだけ喧嘩してるから出席しませんなんて、そんなの相手側に失礼なこと出来ないだろう」

 言い訳のように俊介がそう言ったその時、一瞬、ほんの一瞬だけ清吉の驚いているようなでも少し嬉しそうな、そんな顔になっていたことを友恵は見逃していなかった。

 俊介は頑ななまでに清吉の方を見ようとしていないのでその事に気が付いていないだろうが、それでも突き出した結婚式への招待状を引っ込めようとはしない。

 不意に清吉が真奈実を見て。

「いい人を見つけて来たな、俊介」

「まあね」

 なんの躊躇もなくさらりとそう言ってのける俊介に、清吉は家族で無いと気づけないほど小さな笑みを浮かべて。

「分かった。確かにそんなことになれば、お相手のご家族に失礼だからな」

 また言い訳がましい事を言って清吉は俊介の手から結婚式の招待状を受け取った。

 別に二人が明確に仲直りしたわけでも、諍いが完全に消えて無くなった訳じゃないだろう。

 だた何かかが、ほんの少しだけ良い方向に向かいだしたようなそんな予感がした。

「それで? 式はいつになるんだ?」

 受け取った封筒を、なんとも無しに眺めながら清吉がそう尋ねると俊介は何でも無いように「十二月二十八日」と答えた。

 その言葉を受けて、友恵は頭の中でカレンダーを開く。

 えーと、今日が十二月九日な訳だから、二十八日まであとー……って。

「式まで、後一ヶ月も無いじゃないの!」

「そうだよ」

「そうだよって、あんた」

 何でも無いことのように言う俊介に、友恵は二の句を告げられずにいた。

 一ヶ月足らずで結婚式を、上げることが出来るのは知っている。以前、自分の結婚式を挙げるとき興味本位で調べたことがある。

 しかしそれは、あくまでやろうと思えば出来るというだけで、本来であれば式までは何ヶ月も準備をして行うのが普通なはずだ。

「なにも、そんなに急ぐことは無いんじゃ無いのか?」

 清吉もコレはどうかと思ったのか、眉をひそめる。

「事情が有るんだよ、色々と」

「事情とはなんだ」

「事情は事情だよ、他になんかある」

「その事情がなんなのかと聞いとるんだ! 大体、その事は真奈実さんや親族の方々は承知しているのか」

「真奈実とはちゃんと話し合って決めたよ、向こうのご両親にも話はして了承してもらってる」

「それは本当に、納得していただいた上での物なのか? 一生に一度の晴れの舞台をそんないい加減な」

「いい加減ってなんだよ。確かに準備期間は短いし、その分何かと簡略はするだろうけど。だからって、いい加減なものにするつもりなんてないよ」

「いい加減なものにしたくないなら、それこそ時間を掛けて、しっかりしたものするべきだろう」

「ああもう、うるさいな! もう決まったことなの、いまからギャアギャア言わないでよ」

「一言の相談も無く、勝手に決めておいて、なにを言うかお前は」

 あーあー、少しは良くなったかと思ったのに。ヒートアップしていく二人を眺めながら、友恵は深くため息を付く。

「ゴメンね、結局こんなことになっちゃって」

 言い合う二人を横目に、ため息交じりに真奈実に声を掛ける。彼女もちょと困ったような呆れるようなそんな顔をしている。

「でも、俊介くんちょっと嬉しそう」

 そう言われて、今も言い争いを続けている二人に視線を戻す。

 言い合いをしていることには変わりは無いが、でも確かに最初の時よりも何処か憑きものが落ちたような、そんな風にみえなくもない様な気がしないでもない気がする。

「まっ確かに、そうかもしれないわね」

「ねっ、そうですよね」

 真奈実が嬉しそうに笑う。それに釣られて気が付けば友恵の口元も笑みを作っていた。

「まったく、もっと素直になれば良いものを、ほんっと似たもの親子なんだから」

「でも、それはお義姉さんもですよね」

 突然投げられた言葉の意味が分からず「へっ?」と間抜けな声が友恵の口から漏れた。

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