#2 向き合う

当ての無い旅が始まった頃、丈二は車の中で麗奈の話を聞いていた。


「いくら医者の娘でお金あってもね、欲しいものがそれじゃなければ意味なくない?って話!」


 麗奈は医者の娘で由緒正しい生活を強要されていたため自由な丈二に憧れたのだそうだ。

 家出して行き場のない時に現れたのだから余計に運命だと錯覚したのだろう。


「酷いよ、友達も全部親が決めてさ?習い事も部活も何もやりたい事やらせてもらえない。修学旅行も休まされた時は流石にしんどかったなぁ」


 どれだけ抑圧された生活を送ってきたのかこの話だけでよく分かった。


「この服装だって隠れてやってるからね?普段はこんなの着させてもらえない。趣味だって相応しくないとか言って何も好きなことやらせてもらえなかったし」


 アメカジのスタイルは隠れてやっているようだ。察するに普段はお淑やかなお嬢様のような服装をさせられているのだろう。この性格でそれは大変辛いだろうな。

 話を聞けば聞くほど丈二は彼女に共感して行った。


「って私ばっかり話しすぎちゃってごめんね」


 しかし突然我に返った麗奈は丈二に謝る。


「いや全然、むしろもっと話してくれよ。あ、もしかして音楽とかも決められたりしてた?」


 ロック好きな丈二はそれまで止められるとなったら耐えられないので恐る恐る聞いてみた。


「もちろん!クラシックとかジャズばっかり!こっちはもっとロックとか聞いてはしゃぎたいのに!!」


 すると見事に食い付いて来た。やはり音楽もそうか。


「じゃあ聞かせてやるよ、最高のロックってやつ」


 そう言って丈二はスマホと車のスピーカーを繋いで音楽を流した。


「何これ?全然ロックじゃなくない?」


「まだイントロだから、ここから盛り上がるぞ~」


 スピーカーからはクリーンサウンドのアルペジオが聴こえて来る。ここまでだととてもロックには思えないが、、


「!!!」


 突然明らかに麗奈の目が輝く。イントロが終わり激しいディストーションサウンドとドラムのロールが鳴り響いたのだ。


「Doctor!Doctor!」


 ボーカルに合わせて丈二は歌い出す。そう、この曲はマイケルシェンカー率いるUFOの名曲、「Doctor Doctor」だ。


「おぉー!すごい!これがロック!!」


 麗奈も頭を振って楽しんでいる。よかった、喜んでくれて。


「お兄さんは音楽好きならさ?」


「ん?」


「楽器とかやらないの?」


「っ!!」


 ノリノリになっている麗奈がふと疑問に思った事を聞いて来た。単なる好奇心だろうが丈二のノリを止めてしまう。


「どしたの?」


「いや、ちょっと嫌な思い出を……」


 何かを思い出したようで明るい音楽が流れながらも暗い表情を見せている。


「ギターやっててさ、バンドも組んだんだよ。でもやっぱいつもの事で……」


 チラっと心配するような眼差しで麗奈の顔を一度見る。


「第一印象が良かったからバンドに誘われたんだけど段々と合わない事が分かってクビになったんだ」


「ええ……」


「俺は俺なりに一生懸命やってたんだけど全然人気出なくて、最終的に足引っ張ってるって言われて追い出された途端そのバンドはちょっとずつ人気出たんだ……」


 思い出すだけで悔しさが溢れて来る。


「本当だったんだよ、俺が足引っ張ってたってのは」


 皮肉にもそのタイミングで流れている曲はサビに入る。重厚なサウンドが虚しく車内に響いた。


「だから昨日も第一印象がどうとか言ってたんだ?」


 麗奈も昨日の丈二の言葉の意味を少し理解する。


「あぁ、正直お前も幻滅するぞ?俺の中身を知れば。正真正銘の嫌われ者だよ」


 必死に見た目ばかり取り繕って中身を変えられなかったつまらない男であるという事は自分自身が誰よりも分かっている。


「もっと自信持ったらいいのに」


 すると麗奈はそんな事を口にした。それが丈二には酷く刺さる事となる。


「何言ってんだ、こんな人生歩まされて自信なんて持てるかよ……」


 始めは出来るだけ優しく否定をした。しかし彼女は引き下がらない。


「他人からどう思われるか気にしすぎじゃない?自分がどう思うかが大事でしょ」


 そしてその発言が丈二の心を更に貶める。


「いくら自分が良いと思ってもな、他人から認められなきゃ生きていけないんだよ……!多数決で世の中は決まっちまうから……」


 つい感情的になってしまった。言い終わってから少し反省するが後悔はしてない。自分が正しいと思う事を言ったまでだから。


「はぁ……」


 すると意外にも麗奈はため息を吐いたのだった。


「そんなの生きてて楽しいの?生きてるって言える?」


 そして決意に満ちたような表情で言った。


「そんな人生歩まされるくらいなら死んだ方がマシ」


 力強くそう言った声と表情はどこか刹那的で少し危うかった。


「……俺は認められたいよ」


 小さく呟く丈二。麗奈とは違い先を見ているような目をしていた。

 

 ……プルルルル

 すると音楽が止まりスマホから大音量で着信音が流れた。画面には『母さん』の文字が。


「お母さんだって」


 出ないの?と言うように麗奈が視線を向けて来る。しかし丈二はやはり出たくない。


「いや、母さんは……」


 その言葉に違和感を覚えた麗奈はある行動に出る。


「えい」


「あっ、ちょ!」


 ハンドルを握っている丈二の隙を見て母親からの電話に応答したのだ。


『もしもし丈二⁈やっと出てくれたぁ』


 車のスピーカーから母親の安堵する声が聞こえて来る。


「いや、まぁ久しぶり……」


 運転しながらぎこちなく応答する。


「あの、今俺が何やってるか知ってる……?」


 恐る恐る自分が犯罪者になってしまった事を知られていないか確かめる。


『え?なになに、また新しい仕事もらったの~?』


 しかしそれがまずかった。現状の真相は知られていないらしいがうっかり嘘の情報を言わせるように誘導してしまった。


『優秀な息子を持てて幸せだなぁ、これでやっと報われた気がする……!』


 少し涙ぐんでいるのが声の震えから分かる。今の丈二は複雑だった、母親に嘘をついてしまっている事とそれが麗奈にバレてしまった事だ。


「っ……」


 麗奈の顔を見るとジト目でこちらを見ている。思わず目を逸らしてしまった。


「あぁ、俺は大丈夫だからそっちも元気にやってよ」


 そう言って半ば無理やり電話を切った。改めて麗奈の顔を覗くと、、


「ウソツキ」


「いや本当にさっ、事情があるんだって!」


 慌てて事情を説明しようとするが今の母親とのやり取りで麗奈には大体伝わったようだ。


「私も親と上手く行ってないけどさ、流石にコレはねー?」


「ちゃんと理由があるんだよ、、」


「見栄張って嘘つくってどんな理由があってそうなるの?」


 そう言う麗奈だが意外にも丈二がそうする理由はちゃんとあった。


「母さん病んでるから……主に俺が上手くやれないせいで」


 それだけ言われて理由を察した。


「なんか、、ごめん」


 暗い空気になり思わず謝ってしまう。


「別にいいよ、バカな事ってくらい自分でも分かってるからさ」


 思えばこのような旅に出るのも母親に本当の事をバレないようにするためだった。


「この車の持ち主と言い合いになったのもそのせいだよ、いい加減現実と向き合えって」


 急にシリアスな話になり麗奈も少し戸惑っているが何とか思うことを口にした。


「現実ねぇ、、向き合えなんて言えるのはそこで上手くやれてる人だよ」


 遠くの虚空を見つめるような瞳で語り出す。


「私みたいに自由がない、お兄さんみたいに上手くやれない。そんな人にまで言うなんて酷すぎる、地獄しか待ってないって言うのに」


 地獄を知らないからそんな事が言えるのだと言う麗奈。しかし丈二は分かっていた。


「どの道帰って来るんだ現実に」


「え?」


「いくら現実逃避したって現実の中にいるのは変わりない。最終的には追いつかれて引き剥がされるんだ、いずれ向き合わなきゃいけないんだよ」


「じゃあ何で今こうして逃げてるの?」


「心を休ませて欲しいから。向き合わなきゃいけないのは分かってる、分かってるんだけどせめて今だけは……」


 弱き者の小さな嘆き。それは麗奈の心にも少し刺さった。


「だから君もいつまでも逃げ続けるつもりでいちゃダメなんだ、いつかは両親とも向き合わなきゃいけない」


 それはこの束の間の旅の終わりを意味する言葉。この時間にもいつかは終わりが来る。割とすぐ来るだろう。


「…………」


 麗奈は暗くなり黙ってしまう。その様子を見て丈二は少し言い過ぎたと感じていた。


「あーごめんな、別に傷付けようって訳じゃなかったんだ」


「分かってるよ、でもまだ心が休まる気がしない」


 その言葉を聞いてピンと来る。


「じゃあよ、思い切り心を休ませよう」


 ひとつ提案をしてみる事にした。


「どうやって?」


 丈二は初めて麗奈にとびきりの笑顔を見せて言った。


「やりたい事やりまくるんだよ!」


 ハンドルを切り返して丈二はある場所へ向かった。





丈二が向かった場所とは銀行だ。一度車を降りて口座からあるだけのお金を引き出した。


「ちゃんと下ろすんだね、強盗でもするのかと思った」


「そこまで追い詰められちゃいねぇ」


 ただちょっと現実から目を背けたいだけだ、強盗をするほど自暴自棄になってはいない。


「それでそのお金どうするの?」


「んー、お前次第かな?」


「え?どう言う意味?」


「どっか行きたい所とか欲しいものないか?候補くらいなら聞いてやる」


「連れてってくれるの⁈」


「その代わり俺の行きたい所にも付き合ってもらうからな」


 少し照れ臭そうにカッコつける丈二に麗奈は思い切り抱き付いた。


「もー!カッコつけちゃって!!」


 そう言いながらも麗奈は非常に幸せそうな表情をしていた。


「離れろ、人も多いから……」


 恥ずかしそうに麗奈を離すと改めて車に乗った。


「行くぞ、どこがいい?」


 しかしカッコつけたい気持ちは残っているようでサングラスから目を覗かせて片手でハンドルを握った。

 そのまま麗奈も助手席に乗り2人は全力で心を休めに向かったのだ。



 ☆



 一方警察署では直樹が協力のために刑事と話していた。丈二の友人であるため彼の情報を提供しているのである。


「悪いね今日も付き合ってもらって」


「いえ、アイツのためですから」


 ベテランの刑事と直樹が机を挟んでやり取りをしている。そこに部下である新米刑事がお茶を淹れてやって来た。まず客人である直樹の前にお茶を置く。


「友達思いっすね、散々酷い事されてるのに」


 お茶を配り終えたあと新米刑事は離れた椅子に座り自分の分に用意した分を啜る。


「俺ならすぐ縁切っちゃいますよ」


 空気を読まずにこう言った発言をする。その言葉で少し直樹の心は傷付いた。


「だってアイツには俺しかいないんですもん。どうしようもない事情を知ってるから憐れで……」


 出されたお茶を啜りながら直樹は語る。


「ずっと嫌われてばっかで愛された事なんてない、本当に可哀想な奴なんです……」


 本心で訴えかけるが刑事には刺さらなかったようだ。


「そんな貴方の優しさに漬け込んで好き放題やったうえに窃盗と誘拐なんて信じられないヤツですよ!」


 鈍感な新米刑事は気遣いが出来ずに自分の考えをぶつけて行く。そこをベテラン刑事が咎めた。


「その辺にしておけ、彼にとっては親友なんだ」


「すんません……」


 上司に叱られてようやく過ちに気付き謝罪する。ベテラン刑事はその流れでたった今直樹から聞いていた丈二の話を切り出した。


「現に直樹さんは彼の誘拐罪を否定している」


「そうなんすか?」


「はい、アイツ誘拐なんて出来る奴じゃないですよ。車盗んだのも多分一時的に衝動を抑えられなかったからでわざわざ状況を悪くする事もしないと思うんですよね……」


 長いこと丈二との付き合いがあり彼を知っている直樹だからこそ言える事でもあった。


「多分今はどうするか考えてるだけで考えが纏まったらきっと自分から出頭します、だからこれ以上捜索して余計に追い詰めるような事はしないであげて欲しいって言うか……」


 なんと捜索を止めるように頼み込んだのだ。


「うーむ、君の意見は尊重したいが立場上我々も捜索をしない訳には行かないんだ……」


 申し訳なさそうに断るベテラン刑事。彼はいつでも犯人や身内の心に寄り添っている。


「そうですか……」


 残念がるがこればかりは仕方がない。彼らも仕事なのだ、協力している立場だが逆に友人のために協力してもらっているとも言える。ここは堪えた。


「愛されないのはアイツだって望んでないのに……」


 刑事たちに聴こえないほどの声で呟くとそのタイミングで刑事たちは連絡を受けた。


「はい、了解した。では行くぞ新米」


「は、はいっ!」


 立ち上がり去ろうとする刑事2人。どうやら手掛かりを掴んだらしい。


「見つけたんですか⁈」


「確証はないがロードスターにそれらしき2人が乗ってるって目撃情報があってな」


 ニュースを見た一般市民が通報したらしい。スマホに送られて来た付近の地図を確認する。


「うむ、テーマパークが近いな」


「テーマパーク?」


 地図を見ると予想と全然違う所にいた、付近には小さめのテーマパークが。何故急にそんな所に?


「その辺りの派出所に捜索を願うとしよう」


 自分たちが行くには遠すぎるので担当地区内の警察に捜索を要請する事にした。



 ☆



 一方件の2人は見事にその小さなテーマパークに来ていた。


「凄い、こういうとこ初めてなの!」


 子供のようにはしゃぐ麗奈。キョロキョロと辺りを見回してスキップしている。


「金持ちならたくさん来てたんじゃねーの?」


 逆につまらなそうに溜息を吐く丈二。2人はまるで対照的だった。


「全然っ!娯楽とか全部決められてたから、学びのないものは基本禁止!」


「今どきそーゆー家庭あるんだな……」


 麗奈の家庭を想像して少し恐怖を覚えながら立ち止まっているがはしゃぐ麗奈の姿に少し見惚れていた。


「大人ぶる癖に完全に子供じゃねーか……」


 すると突然こっちに寄って来て手を引かれる。


「何突っ立ってるのー?早く行くよ!」


「うおっ⁈」


 そのまま無理やりに近い形で丈二は麗奈の好きな所に連れて行かれまくった。


「これ乗りたい!」


 麗奈が指差したのはジェットコースター。丈二は少し恐る。


「じゃあ乗ってきな」


「何言ってんの、お兄さんも乗るの!」


「はぁ⁈」


 また無理やり手を引かれ共にジェットコースターに乗る事になってしまった。


「わーっ!!」


「髪がっ……」


 全力で楽しむ麗奈とは対照的に髪型が崩れる事を物凄く気にする丈二。降りた後に酷い髪型をしている丈二を麗奈は笑った。


「髪ボサボサすぎ笑笑」


「誰のせいだ……」


 休む間もなく色々なものに無理やり乗せられる。コーヒーカップやまたジェットコースター、お化け屋敷やまたまたジェットコースター。

 気がつくと丈二はボロボロの状態で麗奈と観覧車に乗っていた。これなら良い、座って休めるから。


「凄い!人がちっちゃい!」


 相変わらず麗奈ははしゃいでいるが。しかし丈二はこの冷静になれる時間のせいで脳裏に向き合わなければならない現実が過ぎる。いつまでこうしていられるだろうか。

 すると麗奈が……


「いつまでもこの時間が続いたらいいのにな~」


 ふとそんな事を口にする。ちょうど現実の事を考えていた丈二には辛い言葉だった。


「ダメだよ、やっぱいつかは向き合わなきゃ……」


 その焦燥感が空気を壊すような発言をさせてしまう。しかし後悔はしていない、自分は間違った事は言っていないのだから。


「っ……」


 するとこの瞬間まではしゃいでいた麗奈が一変、立ち止まり静かになった。


「ごめんな、せっかく忘れようって時なのに思い出させて……」


 現実と向き合うという発言で麗奈はきっと両親の事を思い浮かべただろう。せっかく忘れていたろうに、その原因を生んだ自分が更に嫌になる。


「結局また嫌われちまうな、こういう所だよ……」


 昨日麗奈に話した"いずれ失望する"という瞬間が訪れてしまったのかも知れない。

 恐る恐る彼女の顔を見てみると……


「ううん、ごめんなさい」


「何で謝る……?」


 何故かそちらから謝って来たのだ。理由が分からず戸惑っていると彼女は答える。


「お兄さんはちゃんと向き合おうとしてるのに無理やり私が着いてきて目を背けてる、足引っ張っちゃってるんだよ」


 少し涙目になりながら語ってくれた。


「嫌われるのは私の方だって……」


 まるで丈二と同じような雰囲気を出しながら言う麗奈に丈二は憐れみを覚えた。


「お前……」


 もしかしたら自分は他人にこんな感じに映っているのかも知れない。


「私、多分お兄さんと同じだよ。だから理解できる。嫌わないからね……?」


 優しくそう言ってくれる麗奈。そこで丈二はある事を思い出していた。


「……あの車の持ち主に言われたんだ、"他人のために何かしてやらないから嫌われる"って」


 思い出したのは直樹の言葉。


「ここに連れてきてやったからお前はそんな言葉を掛けてくれるのか……?」


 初めて麗奈のために何かをしてやった。だから彼女は他と違い自分を嫌わないのだろうか。


「うん、それもあるけど……それだけじゃないよ」


「……?」


「私のこと考えて旅に連れてってくれた」


 しかしそれは麗奈と自分が重なったから、自分のためにしている事と変わらないと思う。


「でもそれは同情したからで……」


 謙遜しそんな言葉を言ってしまうが彼女も反論した。


「同情してくれたんでしょ?今までそんな事なかったから私は嬉しかった、それだけでお兄さんを嫌わない理由としては十分だよ」


 とてつもなく優しく温かい雰囲気を麗奈は放っている。


「お兄さんは優しい人。誰も気付いてないだけで愛される価値のある人だよ」


 その言葉に一瞬胸が熱くなった気がした。


「俺を知った上でそんなこと言ってくれた人初めてだ……」


 そこで浮かぶのは母親の顔。


「ちゃんと正直に誠意を持てばもしかすると母さんも……」


 こんな自分を肯定してくれた事で少し自信になった。しかしまだ完全に受け入れられた訳ではない。

 少し震えが起こってしまう。


「まだ怖い?」


「正直言うとそうだな、でも少しだけ希望が見えた気がする」


 そして彼らの乗る観覧車は下に着き降りる事になるのだった。



 日が傾いて来たため遊園地を出ようと歩いていると麗奈が出口付近の射的コーナーを眺めているのに気付く。


「どうした、やりたいのか?」


「うん。でもお金ないし、お兄さんにはここに連れてきてもらったからこれ以上はね」


 そこで丈二は直樹の言葉をまた思い出した。誰かのために何かをしてやるという言葉の意味に気付きつつあったのだ。


「誰かのために何かしてやるって言葉のこと話したと思うけどさ、別にそれに限りはないと思うんだ」


「どういう事?」


「自分から何かしてやりたいって思った時にすれば良い、好かれるためのノルマなんかじゃない」


 そう言って財布を出す。お金は下ろしたため十分にあった。


「いいぞやって。遠慮とかいらないからな、俺がしてやりたいと思った事だから」


「おぉ……!」


「他にも何かやりたい事あったら言えよ?せっかくの現実逃避だ、その間は好きにやろうぜ」


 麗奈のためを想い心から行動している丈二。その期待に麗奈も精一杯応える事にした。

 ニヤリと笑ってお願い事をしまくる。


「じゃああの1番デカいモデルガン取って?そしてこの後は生バンドが観れる所に行きたい、年齢詐称してお酒も飲ませてね?とりま今はこれだけ、まだまだ増えると思うから覚悟してよね」


 図々しいお願いを一度に沢山するが丈二の気分は上がっていた。


「任せろ」


 カッコつけながらそう言ってみせる。お金を払い射的用の銃にコルクの弾を詰めた。


「ほらあのモデルガン!ボンドみたいでしょ?」


 007の話を出した事で気合が入る。狙って撃つがコルクの弾丸では威力が足りずに当たっても倒れる気配がなかった。


「ほら、取れるまでやるよ!」


 しかし麗奈は諦めない。こうなってはヤケだ、しかし何度も撃って行く内に丈二は少しずつ冷静さを取り戻していった。


「あ……」


財布の中を見て絶句する。もう幾ら使った?このままでは取れる気がしない。


「なぁこれ出来ないようになってんじゃねーの?」


「ふーん、じゃあ貸してみて」


 麗奈がおもちゃの銃を奪いスタイリッシュに構える。何かとてつもなく出来そうな感じだ。


「ふんっ!」


 そして一発撃ち込むとコルク弾は景品を支えている台に当たり少しズレた。


「おぉ!」


 なるほど、景品ではなく台を倒すのか。


「ほら、ヒントは見せたからやってみて」


 ドヤ顔でおもちゃ銃を丈二に返す麗奈。その姿は女スパイさながらだった。


「やるか……!」


 楽しそうな麗奈の顔を見ると金などどうでも良くなって来た。そこからは台に狙いを絞り続けてようやく……


「大当たりーーっ!!」


 台が崩れて景品が倒れた。麗奈が求めていたモデルガンを手に入れる事が出来たのである。


「普通に買った方が安く済んだんじゃねーか……?」


「気にしない気にしない♪」


 丈二は汗を拭く傍らで麗奈はモデルガンの入った箱を抱きしめながら喜んでいる。その笑顔が見れただけいいか。


「どう?ボンドみたい?」


 早速開封しハンドガンを構えてみせる。しかしその姿よりも先程の射的をしている姿の方が圧倒的にキマっていた。




その後、すっかり暗くなってしまったため次の願い事である"生バンドを観れる所"に向かう事にした。


「酒も飲みたいならライブバーがいいんじゃね?」


「そんなのあるんだ」


「バンド組んでた時よくお世話になったからなぁ」


「抜けたら人気出たあのバンドか」


「言うなそれは……」


 そしてやって来たのは地下にあるライブバー。降車したあと入口の看板を麗奈は確認する。


「お、丁度これから始まるって!」


 現在の時刻は18:30。ライブが始まるのは19:00からと書いてあった。


「ん……?」


 遅れて看板を確認した丈二はそこに書いてあるバンド名を見て驚愕する。


「『√'66』だって、見た目けっこう良くない?」


 バンド名の横に載っているアーティスト写真を見て更に驚愕。丈二の手は震え出した。


「嘘だろ……」


 頭を抱えるが麗奈は初めて観る生バンドが楽しみ過ぎて丈二の様子に気付かない。


「ねぇ、早く行こ?」


 無理やり手を引いて地下への階段を降りて行く。イカつい姉ちゃんに観覧料とドリンク代を支払い中に入った。


「わぁぁ……!!」


 その瞬間、麗奈は歓喜の声をあげる。そこは麗奈の夢見ていた世界そのものだったから。

 薄暗い空間の天井にはミラーボール。そこから眩いカラフルな光が射し人々が酒を飲みながら談笑している。その人々の見た目もアメリカンなロックンローラーという雰囲気だ。


「見てすごい!ミラーボールだ!」


 人が集まっている中で大声で言ったため少し恥ずかしい思いをする丈二。しかしそれどころではない。

 そんな様子を気にする事もない麗奈は辺りを見回して言った。


「結構お客さんいるね、人気なバンドなんだろうなぁ」


「ここバーでもあるからな、酒目的の客もいるだろ……」


「ん、どうしたの?なんかソワソワしてる」


 ようやく麗奈は丈二の様子に気付いた。


「何でもない……」


 そう言って誤魔化そうとしたその時……


「あれ⁈丈二じゃね⁈」


 甲高い声が聞こえて思わず肩が跳ねてしまう。

 振り返るとそこにはバサバサの金髪の上にサングラスを乗せてタンクトップに大きなチェーンネックレスを付けた一昔前のアメリカンスタイルの男が立っていた。


「何年振りだー?まさか未練タラタラとか?って違うか笑」


「未練はねぇよ……」


 しかしどう見ても動揺している丈二に麗奈は疑問を抱く。すると楽屋の方から似たような見た目の男たちがゾロゾロと出てきた。やはりそうか。


「丈二じゃん!」


「観に来てくれたのか」


 言動から察するに彼らは今日の出演者である√'66のメンバーなのだろう。しかし丈二と彼らは知り合いなのか。と言う事はつまり……?


「もしかしてお兄さんがクビになったバンド⁈」


 思い切り麗奈が空気を読まない発言をする。しかしそれは間違っていなかったようで。


「クビって言うかー、まぁそういう事になるな笑」


 現リーダーらしい男が半笑いで言う。しかし丈二は逆に項垂れていた。そのバンドマン達と丈二は対照的であった。丈二が抜けたお陰で人気が出た彼らとそれが理由で邪魔だった事が明らかになった丈二。


「良かったじゃねーか、人気出てるみたいで」


 気を遣って周りの客を見ながら言う丈二。


「お陰様でな」


 悪気はないのだろうがリーダーの言葉には少し皮肉を感じた。麗奈は少しムッとしてしまうが。


「でも記念のライブに創設者が来てくれるのは嬉しいわー」


「記念?何の?」


「それはMCで発表するからお楽しみにな」


 すると時計を確認したメンバーがそろそろ時間だと言ってバンドメンバー達は一斉に裏にはけていった。

 2人その場に取り残される丈二と麗奈。


「ねぇ、創設者ってどういう事?」


 ふと気になった事を麗奈が問う。


「このバンドは俺が作ったんだ、名前も俺が付けた」


 平静を装ってはいるが悔しさを隠し切れていない。


「じゃあお兄さんの所に集まって来た人が寄ってたかってお兄さんを排除したって事⁈嫌な感じ!」


 それに名前までそのままとは。


「言ったろ、俺は第一印象だけは良いから人が寄って来るんだって。でもすぐにつまらない奴だと気付いてみんな離れてくって」


 そして決定的な一言。


「誰も本当の俺を認めてはくれないんだよ……」


 それはこのバンドでの経験を話しているのだろう。しかし創設者をクビにするとは奴らの性格の悪さが見えた気がした。


「むぅ、お兄さん本当は優しいのに……!」


 先程の観覧車での会話を思い出す麗奈。しかし丈二の優しさには彼女しか気付いていないのだ。


「お、始まるぞ」


 辺りが暗くなり幕が降りた。ライブが始まる合図である。


 爆音でイントロが流れ始める。それと同時に観客たちの歓声も響き渡った。

 チカチカとした光が点滅し激しいドラムの音と重たいベースの音、そして歪んだギターの音が耳をつん裂く。ステージの幕が上がり逆光で影となった先程のメンバー達が現れた。


『ただいま東京ぉぉーーーーっ!!!』


 マイクに甲高い声を乗せてシャウトしたギターボーカルであるリーダー。厳密には丈二の次のリーダーなのだが。


『交差点のド真ん中で~♪ 迷う俺を見つけて~♫』


 シンセの音が支える事で70~80年代の邦ロックのようなサウンドが生まれる。観客は大いに盛り上がっているが丈二と麗奈は全くノれていなかった。

 邦楽よりも洋楽を期待していた麗奈は落胆の目をしていた。


「ねぇ」


「ん?」


 彼にだけ聞こえるように耳打ちで話す。


「お兄さん居た頃もこんなだったの?」


「いや、もっと洋楽に寄せてた」


 かつてのバンドの話をする。


「でもやっぱ人気は出なかった、でも今を見ろよ」


 そう言われて麗奈は辺りを見回す。そこでは多くの観客が歓声を浴びせていた。その表情は非常に明るかった。


「適応できてないのは俺たちの方なんだな。趣味も性格も」


 その言葉は核心を突いているような気がする。


「俺が抜けたらこんなに認められてる」


 かつて所属していたバンドが自分が抜けた途端に人気が出たという現実を目の前で見せつけられネガティブな感情に包まれる。こんな現実とも向き合わなきゃいけないのか?母親と向き合う事が余計に怖くなってしまう。


「怖い?」


「あぁ怖い」


 そんなやり取りをしている内にライブは終盤へ。汗だくになりながら観客の声を喜んでいるリーダーがMCを始めた。


『告知にもあったけど今日は報告がありますっ!』


 その声を合図にステージの上からくす玉が降りて来る。それをドラム担当が思い切り引っ張ると出てきた文字をリーダーが読み上げた。


『メジャーデビュー決定しましたぁぁーーーっ!!!』


 観客はドッと盛り上がる。歓喜の声を上げる者、涙を流す者など様々だった。しかしその中で丈二は。


「…………」


 意味深な表情でただ見つめていた。


『ここまで来るのに様々なドラマがありましたっ』


 すると突然の事が起こる。演出の人と打ち合わせしたのか丈二にスポットライトが当たったのだ。


「え……?」


『我々、√'66の始まりは彼でした……!』


 そう言うとリーダーはこのバンドの歴史を語り始めた。


『彼のもとに集ったメンバー、それが我々なんです!』


 周りでは観客たちがチラチラと丈二を見ている。


『方向性の違いで別々の道に進む事にはなっちゃったんですけど、、俺たちは彼に感謝してます!!』


 そう言ったタイミングで観客は全員盛り上がった。しかし丈二は複雑だ。綺麗に言ったが実際は思ってたのと違ったからクビにしたというものだ。足手纏いになっていたのを暴露されたようで胸の内はモヤモヤしていた。

 感謝してると言われてもこちらはそんなのどうでも良い、ただその気持ちは一切感じられなかったという事実があるだけだ。


「ぁ……」


 そこで丈二はまた直樹に言われたことを思い出す。自分ばかり都合よく他人に求めて逆は何もしてやらなかったという事。彼らには麗奈のように何かしてあげたいとは思えない。


「俺はコイツらのためなんかに……!」


 気付いたとてもう遅いと思うしかなかった。すると観客の1人が言う。


「昔のサウンド聞きたーい!」


 すると便乗するように他の観客たちも同様の声をあげる。もうやめてくれ。


『お、じゃあ久々にやるか?』


 リーダーは丈二に手招きをしステージに誘う。


「っ……!!」


 ダメだ、勇気が出ない。体が動かない。また期待されて失望されるのが、他人に何もしてやれないのが怖すぎた。

 すると……


「グビッ、グビッ……ぷはぁ!」


 目の前に酒の入っていただろう空のグラスを持った麗奈が現れた。


「お前……」


「良いじゃん、やってやりなよ」


 追加の酒を注文してバーテンダーから受け取る。


「コイツらの事なんか気にしなくて良い、私のために弾いて!」


 突然現れた麗奈に他の観客やバンドはシーンとなる。


「私の好きな音楽、魅せてよ」


 その言葉で少し胸が熱くなった。ようやく一歩踏み出せたのだ。そうだ、俺は麗奈のために何かしてやると決めたのだ。

 そして前に進む中で麗奈の肩に一度手を置き感謝を表しながらステージに上がる。

 すると観客はもう一度歓声をあげた。


『よぉし、ほらギター』


 リーダーがサブで持っていたギターを渡され手に取る。久々の感覚に少し手が震えて来た。しかし麗奈の顔を見て相殺。そうだ、彼女だけ見てればいい。


「ふぅー、やるか」


 ストラップを肩に掛け音出しを済ませ準備万端。演奏する曲は?


『アレでいいか?』


「あぁ、それしかない」


 かつてこのバンドを組んだ時に初めてカバーした丈二の大好きな曲を演奏する事になった。


 ドクンドクンと胸が高鳴るのが分かる。そうだ、向き合え。多くの人が求めずとも少なからず求めている人はいる。そんな味方のためにぶちかませ。

 

「……Into!the!arena!!!」



 ☆



 その声と共に大音量でディストーションサウンドが響く。丈二のパワーコードには文字通りとてつもない力があった。

 麗奈も圧倒されている。始まった瞬間に鳥肌が立った。


 この曲はインストゥメンタル、歌がない楽器だけの曲だ。Aメロから丈二のギターリフが細かく刻まれ先程のこのバンドとは違う、圧倒的に70~80年代の洋ロックを演出していた。リーダーはバッキングを担当している。


 そしてBメロというのだろうか、この曲は様々なパートに分かれているため一応そう呼ぶ。

 この曲の見せ場のひとつである最初のギターソロだ。メロディラインをリードギターで演奏する。

 丈二のテクニックは凄まじいもので麗奈は完全に見入ってしまった。

 細かい指捌きだろうと速弾きだろうと簡単に、そして魅力的に熟す丈二を見た麗奈は自然と体が動いていた。


 しかし他の観客は求めていた√'66のスタイルと違いすぎて少し戸惑っていた。そのため上手くノれずにいるのだ。

 正直言うと丈二の演奏より裏の他メンバーの演奏の方に注目していたがこの曲は丈二の独壇場のためなかなか盛り上がらなかった。


 そして曲は進み間奏という名のベースソロへ。そこでようやく他メンバーの活躍が見れて少し歓声が上がった。

 しかし逆に麗奈はその様子を見て心の中で激怒していた。


 一方丈二は自分の演奏が止まった途端に盛り上がり始めた事で心が騒ついてしまった。やはり自分は他人のために何かしてやる事が出来ない、そう痛感した。

 そしてそのまま続いて行くベースソロ。もうすぐギターが入るパートだが中々力が入らなかった。


「はぁっ、はぁ……」


 息が切れて来る。このまま恥をかいて終わるのか?そんなのは嫌だがどうしようもない。そんな時にあるものが視界に映った。


「がんばれ……!」


 麗奈が少しだけノりながら丈二を見つめているのだ。その表情は期待に満ちている。やってやれと言っているかのような表情をしていた。


 そうだ、麗奈の期待を裏切るわけにはいかない。彼女は初めて俺の中身を知った上でここまで付き合ってくれた。そしてまた今も新たに期待してくれている。

 そんな彼女を裏切る訳にはいかない!!


「おおっ!!」


 気合を入れてギターを掻き鳴らす。ここはシンセがメインのパートだが覆い被さるように思い切り弾いてやった。そして思い切り麗奈に向かって微笑む。最高の笑顔だっただろう。

 すると麗奈もノり始めて2人はステージ上と客席で共に踊り始めた。


 そして曲は最終盤へ。


 最後に残ったのは最高のメロディ、テクニックの見せ所となる最強のギターソロだ。

 超ノリノリで演奏する丈二に麗奈も見事に惹かれて行く。客席で1番目立っていたのは間違いなく麗奈のダンスだろう。


 そして曲は最後の一音へ。

 最後は思い切り弦を弾いて暴れ回ってやった。ようやく曲は終わり丈二の心は全て満たされたのだった。


 マイケル・シェンカーの「Into the arena」を見事に演奏し切った丈二には観客の静けさなど何も気にならなかった。

 ただ麗奈の歓喜の声だけが耳に届いていたのである。








 つづく


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