第41話 決着

 名残惜しそうな表情は反則だと思う。そんな表情を見せられたらさらに意識してしまう。けれどそんな時間はない。


 ヘイエイが尾で瓦礫がれきを叩いている。魔石の付いている綺麗な尾が血に染まっていく。私は唇を噛んでアランから身体を離した。


「ありがとうございました。アラン様は闇属性の魔力だったんですね。綺麗な漆黒です」


「魔力が反映されるのか」


「はい。これを装填して撃ちます。けど、チャンスは一回だけ。外せばヘイエイを止める手はなくなります」


「チャンスを作ればいいんだろ?」


「作るって、何を」


 私の問いに答える前にアランは剣を手にヘイエイと向き合った。魔力を吸収した直後なのに今からヘイエイと剣で戦おうっていうの!? 


 私が止める間もなくアランはヘイエイに斬りかかった。


 前脚や尾から繰り出される攻撃を上手くかわしながら少しずつダメージを与えていく。


 私がすべきことは彼が作るチャンスを逃さず人工魔石を撃ちぬくことだ。


 弾を装填して銃を構える。深呼吸して一点に狙いを定めてタイミングを待った。


 アランが引きつけて剣で斬りかかったところをヘイエイが避けた先には瓦礫がれきと氷柱の残骸だ。


 足場が悪くヘイエイがバランスを崩した。


「カレナ!」


 アランの声に反応して私は照準を額の人工魔石に定めて引き金を引く。


 魔力弾は真っ直ぐ人工魔石目がけて飛び、人工魔石を撃ちぬいた。


 けれど、人工魔石にヒビが入っただけだ。砕けない。他に手は……。


 そうだ。魔力弾は魔石と同じで魔力の塊のようなものだ。魔石と同じで力を解放すればいい。


 闇属性なんてレアすぎて効力が未知数だけどこれに賭けるしかない。私は唱えた。


「アペレフセロスィ」


 途端に宙に浮いていた魔力弾から影のようなものが出現して周囲を巻き込んで取り込んでいく。よろけた私に駆け寄ったアランが盾になるように私を庇う。


 彼の肩越しにヘイエイが闇に呑み込まれる瞬間を見た。


「あ……」


 助けるはずだったのに。発生した闇に呑まれたヘイエイに手を伸ばした私は何も出来ず力なく手を下ろす。


「カレナ」


 落ち込んだ私にアランが控えめに声をかける。どうすれば良かったんだろう。


 師匠ならもっとうまく事態を解決できていたのだろうか。考え込んでいる私の肩をアランが揺する。


 それに反応して顔を上げると、視線の先では闇が小さくなっていくところだった。闇が消えた後に残っていたのは、子ぎつねくらいの大きさになったヘイエイ。


 近寄って観察すると額に埋め込まれていた人工魔石は砕けていたが、傷跡として残っている。三本の尾も血で染まっているが、魔石は無事だ。


 お腹が上下していて僅かに呼吸している。


「生きて、る?」


「みたいだな」


「良かったぁ」


 安堵感が押し寄せてきて私はその場に座り込んだ。肩の力が抜けて涙腺が緩む。


「アラン様、ありがとうございます! この子無事です。良かった」


 安心したら今度は疲労と痛みが襲ってきて身体がぐらついた。


 身体を支えるだけの気力と体力は残っておらずこのままだと床に倒れ込むな、と考えていた私は力強い腕に支えられて床に倒れずに済んだ。


「あれ? あ。アラン様?」


「無茶しすぎだ」


 ため息混じりに言いながらアランは私を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこに一気に頭がクリアになる。


「ちょっと待っ、どこに!?」


 自分でも何を口走っているのか分からないくらい混乱している。


「どこって。手当の出来るところに連れていく。それと休める場所も必要だ」


「自分で歩けます!」


「その怪我で歩かせるわけにはいかない」


 指摘されて足を見れば傷だらけだ。あ、意識した途端に痛みが襲ってくる。


 声にならない悲鳴を押し殺して私はアランの服をきつく握りしめた。めちゃくちゃ痛い。


「でも! ヘイエイとか、報酬の魔石たちが!」


「……」


 気にするところはそこなのか、と呆れた視線が注がれている気がするけれど私にとっては一番重要だ。討伐報酬は貰わなくては!


「心配しなくても騎士団にすべて回収させて後程屋敷に届けてもらう。だから安心しろ」


「うっ……。魔石とヘイエイが手に入らなかったら怒りますからね」


「分かった」


 微かに笑う彼の気配と、ゆっくり歩く速度、揺れる心地よさに疲労と共に眠気が襲ってくる。私はアランの胸に頭を預けると意識を手放した。

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